第47話

そんなことを思い出しながら、フランソワーズは窓から流れる景色を見ていた。

微かに指が震えるのは何故かはわからない。

そんな些細な変化にも、ステファンはすぐに気付いたようだ。



「フランソワーズ、どうしたの?」


「いえ……こうして街に出かけることが初めてなので、緊張しているのかもしれません」


「初めて……? 本当に?」


「はい。わたくしは城で聖女としての仕事をしてばかりでしたから」


「フランソワーズは、フェーブル王国でやってくれているようなことをしていたのかい?」


「……いいえ」



フランソワーズは顔を伏せた。

もうシュバリタイア王国と関係のないフランソワーズが、今更悪魔の宝玉のことをステファンに話す理由もない。

このことは、他国にひた隠しにしていた。


シュバリタイア王国にとって、宝玉の存在は大きな負担になっている。

しかしフランソワーズがそれを一人で抑えられるようになってからは、その大変さは忘れられていった。

当たり前のようにフランソワーズは国に尽くしていた。

自分の幸せを犠牲にしながら……。



「重要な役目があったのです。ですが……もう忘れたいですわ」


「……そうか。辛いことを思い出させてすまない」



フランソワーズは小さく首を横に振る。

ステファンは、これ以上この話題に触れることはなかった。

その気遣いが今はありがたい。



「こうしてフェーブル王国に来てから、心が潤っていくような気がするんです」


「フランソワーズ……」


「ステファン殿下と色々な体験ができて、わたくしは幸せです。毎日が輝いていて……」



休む間もなく王太子の婚約者と宝玉を守る役目を続けていたフランソワーズの心は乾いていた。

だが今は色々なことを少しずつ少しずつ取り戻していく。

ステファンの手がフランソワーズの無意識ににぎっていた手を覆う。



「これからは僕と色々なことをしよう」


「……え?」


「僕はフランソワーズを幸せにしたい。君には、ずっと笑顔でいて欲しいんだ」



フランソワーズはステファンの手を握り返す。

温かい体温を感じながら瞼を閉じた。



「ありがとうございます……ステファン殿下」



馬車が街に着くまで、フランソワーズはステファンに体を預けながら手を握っていた。

馬車が大通りに差し掛かる手前で止まる。

再びステファンのエスコートで、フランソワーズは馬車から降りた。

ここがフェーブル王国で一番大きな街だそうだ。


賑わっている街や熱気を感じて、フランソワーズは呆気に取られていた。

立ち止まっていたフランソワーズだったが、ステファンに腕を引かれて人混みの中を歩いていく。

ステファンはよくお忍びで街に来るそうで、街を歩くのにも慣れているそうだ。

「民の声を直接、聞ける機会なんてないからね」

ステファンの博識で行動力があるところも、フランソワーズは尊敬していた。


彼はなるべくフランソワーズを人混みから庇うように歩いてくれる。

フランソワーズは様々な店に視線を向けながら、キョロキョロと辺りを見回していた。


本来の目的はステファンがフランソワーズにプレゼントするためにドレスショップや宝石店も寄ることだ。

だが、その前に街の様子を見てみでもいいかとフランソワーズが申し出た。

ステファンは「もちろん」と快諾してくれた。


噴水がある広間まで辿り着いたフランソワーズは、ベンチに腰掛ける。

フランソワーズの前を楽しげに歩く人々を見ているだけで、なんだかわくわくしてくる。


ステファンが「少し待っていてくれ」というと、そばにあった露店の店主に慣れた様子で声をかけている。

フランソワーズの後ろには、変装したイザークやノアの姿があった。

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