第48話
フランソワーズが誰かに声を掛けられないように見張っているのだろうか。
視線がひしひしと伝わってきた。
ステファンが戻ってくるまで、フランソワーズは心地よい風に身を委ねていた。
そっと瞼を閉じて深呼吸をする。
大きな声で呼び込みをする人や笑い声や会話が響いていた。
瞼を開いたフランソワーズは、その光景を見ながら呟くようにしていった。
「……素敵」
「ああ、皆が幸せそうに笑っているのを見るのは僕も嬉しいんだ」
いつの間にか何かを手に持ったステファンが、フランソワーズの前にいた。
ソーセージが挟んであるパンと、フルーツを絞ったジュースに気づいて目を輝かせた。
「ありがとうございます」
「ここのが一番美味しいんだよ。フランソワーズにも食べてほしくて」
「そうなのですね。楽しみです」
ステファンはフランソワーズの隣に腰掛けた。
それからジュースを受け取る。
肩が触れてしまいそうな距離に、なんだかドキドキしてしまう。
いつもと違った軽装のステファンは、変装して眼鏡をかけているのに女性たちの目を惹きつけているようだった。
フランソワーズはパンをフルーツジュースが入った簡易的なカップを傾ける。
荒々しく搾られているせいか、果肉がたっぷりだ。
一口飲み込むと果肉が舌を伝うザラザラとした感触と、柑橘系のいい香りが口内に広がっていく。
「フランソワーズ、初めての街はどう?」
「圧倒されてしまいます。ですがとても素敵な街ですね……だって皆さん、笑顔なんですもの」
「うん、そうだね。僕もフランソワーズにこの街を知ってもらえて嬉しいよ」
ステファンは本当に嬉しそうに街の人たちを眺めている。
そしてジュースを飲み終わったタイミングで、ホットドッグのようなパンを手渡される。
パンを包む紙から、じんわりと熱が伝わってくる。
(とても美味しそう……!)
フランソワーズは前世の記憶があるため、戸惑うことなくソーセージが挟んであるパンを口にする。
ジュワッと口いっぱいに広がる油とハーブの香り。
いつもの手の込んだ料理とは違う、シンプルな美味しさに頬を押さえたくなった。
それを見たステファンが驚いているのを見て、フランソワーズは食べる手を止める。
「驚いた。フランソワーズは街に行ったことがないと言っていたけど食べ方を知っているんだね」
「えっ……と、それは……」
確かに貴族の令嬢ならば戸惑いそうだが、フランソワーズは何も戸惑うことがなかったため驚いたのだろう。
フランソワーズは必死に言い訳を模索していた。
「その……街に密かに憧れていて、色々と聞いたり調べたりしていたのです!」
「……そうか」
「このパンの食べ方は侍女に聞いたことがあって、たまたま知っていただけですから……!」
ステファンは、フランソワーズの言っていることを信じてくれたようだ。
隣でステファンはパンを口にする。
その姿すら上品に見えて絵になってしまう。
(何もかもが完璧なのよね、ステファン殿下は……)
フランソワーズは満腹感にホッと息を吐き出した。
簡易的なコルセットのためか、まだまだ食べ物が入りそうだ。
それからステファンに案内してもらいながら街を見て回った。
気になる露店に寄っては食べ物を口にする。
フランソワーズの知識にもないものばかりで、すべてが真新しく新鮮に思えた。
フランソワーズが目を輝かせて、周囲を見ているのをステファンは優しい瞳で見ていたことも知らずに前を歩いていく。
一通り街を巡って歩いた後に、本来寄る予定だった宝石店とドレスが売っている店へと向かった。
フランソワーズとステファンが店に入ると、変装した格好のせいか最初は不思議そうにしていた店員たち。
しかしステファンの顔を見て、すぐに誰か気がついたのか深々と腰を折る。
「今日はお忍びで来たんだ。僕が想いを寄せている彼女に最高のドレスを用意してくれ」
「……ステファン殿下!?」
「僕がそうしたいんだ。だめかな?」
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