第44話


こうして一カ月経っても、踏みきれない理由はわかっていた。

ただ『王太子の婚約者』という肩書きがフランソワーズを苦しめる。

ステファンとセドリックが違うことは理解していた。

しかしまだうまく気持ちの切り替えはできていないのかもしれない。


ステファンを待たせている心苦しさもある。

それを考えないようにするためにフランソワーズはひたすら聖女の仕事に励んでいたのかもしれない。



「すまない、フランソワーズ。君を困らせたくはないんだ」


「……!」


「焦りすぎてしまったかな」



ステファンはそう言って、いつものように笑みを浮かべた。



「だけどフランソワーズへの気持ちは本物だ。それにプレゼントだってそうだよ。君の喜んでいる顔が見たくて……つい」


「……!」


「僕の気持ちを受け取ってほしい。これからもプレゼントさせてくれないか?」



ステファンの申し出を断る理由もなく、フランソワーズは頷いた。

このまま黙って受け取るだけでは不誠実な気がしたフランソワーズは、まだ自分がステファンの婚約者に抵抗感があることを話していく。



「まだフランソワーズには時間が必要なことはわかっているよ。だけど君がまたどこかに行ってしまいそうで怖いんだ」


「ステファン殿下……」



フランソワーズは申し訳なさから、顔を伏せた。

こうして曖昧な態度でいることは、互いによくないこともわかっていた。

するとステファンはフランソワーズの頬を撫でる。


ステファンはフランソワーズの気持ちを一番に考えてくれているようだ。

彼はいつもフランソワーズの気持ちに寄り添って理解しようとしてくれる。

それが何よりも嬉しいのかもしれない。


ステファンは出会った時よりも、感情を露わにするようになった。

フランソワーズの前だけでしか見せない特別な表情を見るたびに心がときめくのだ。


今、フランソワーズはシュバリタイア王国にいた時のような孤独や疎外感を感じていない。

フェーブル王国ではフランソワーズのがんばりを正当に評価してくれている。

シュバリタイア王国にいた時、フランソワーズはまるで道具のようだった。

完璧にやって当たり前……そのことが彼女を追い詰めていったのだ。


フェーブル王国の人々の『ありがとう』という言葉を聞くたびに胸が熱くなる。

フランソワーズも自分の意思で自由に動けて、役に立ちたいと心から思えた。

今ではこの力で役に立てることを誇りに思う。


それに心を許せる友人のオリーヴがいるのも大きいのかもしれない。

フランソワーズは誠実な愛を与えてくれるステファンに惹かれていた。

できたら彼のそばでずっと過ごしたい、そう思うほどに……。

だけどこんなに早く決めていいのかと、一歩が踏み出せないでいる。



「ステファン殿下のことは好きです。ですが……」


「……っ!」


「こんなわたくしが、フェーブル王国という素晴らしい国の王妃になれるのでしょうか?」



フランソワーズがそう言っても彼から返事がない。

不安に思ったフランソワーズが、ステファンの顔がほんのりと色づいていることに気づく。



「……ステファン殿下?」


「今、フランソワーズが……」



自分が何かおかしなことを言っただろうかと考えてみても思い浮かばない。

フランソワーズが首を傾げながら、彼の言葉を待っていると……。



「フランソワーズが僕のことを〝好き〟と言ってくれたことが……とても嬉しいんだ」


「……っ!」



口元を押さえているステファンの頬は更に真っ赤になっている。

つまりフランソワーズがステファンを好きだと言ったことに喜んでくれているということだろう。


(わたくしったら……つい、自分の気持ちを!)

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