第29話



「君に剣を向けたのに僕を、またこうして受け入れてくれた」


「それは仕方がないことですから……!」


「いいや。普通ならば許せないだろう。フランソワーズ、君は強い女性だ」


「……!」


「それに……大丈夫だとフランソワーズに言われた時、本当に嬉しかった」



フランソワーズの手を握っているステファンから緊張が伝わってくる。



「ずっとセドリックの婚約者だった君が、自由になりたかったことはわかっている……本当はこの手を離さなければいけないことも」


「……ステファン殿下」



ステファンは、そう言ってフランソワーズの手の甲に口付ける。

その手は僅かに震えているような気がした。

彼はフランソワーズの気持ちを一番に考えてくれていたのだろう。



「だが、君の手を離したくない……こんな気持ちになったのは初めてなんだ」



フランソワーズはステファンになんて言葉を返せばいいかわからなかった。

毎日続く聖女の仕事と突然の婚約破棄。

物語を壊して息の詰まるような日々から解放されたくて、国を飛び出してきた。

それからステファンに出会い、力になれればとフェーブル王国へとやってきた。


初めて悪魔を祓ったことでオリーヴとステファンを救い、こうして感謝されたことが嬉しかった。

人の役に立っていると実感できたからだ。

だが、このタイミングでステファンに結婚を申し込まれたことに正直、戸惑っていた。


(わたくしは一体、どうしたら……)


ステファンのことは嫌いではない。

同じで馬車の中で過ごしたことで、むしろ彼への気持ちは大きくなるばかりだ。

しかしフランソワーズはステファンのことや、この国を知らなすぎる。

今、軽率にこの申し出を受けることはできない。

けれど王太子である彼の申し出を断ってもいいのだろうか。

フランソワーズの中に迷いが生じていた。



「わたくしは……」


「フランソワーズの気持ちを正直に教えて欲しい」



ステファンの言葉を受けて、フランソワーズはゆっくりと自分の考えを話していく。



「正直に自分の気持ちを話していいのなら、ここで軽々しくステファン殿下の申し出を受けることはできないと思っております」


「……!」


「わたくしは、ステファン殿下やフェーブル王国のことは知らなすぎます。無責任なことはしたくないのです」



フランソワーズがそう言うとステファンは大きく目を見開いた。

やはりハッキリと言いすぎてしまっだだろうかとフランソワーズが心配になっていた。


(もしかして……ステファン殿下に嫌われてしまったのかしら)


ステファンから返ってきたのは、予想外の返事だった。



「フランソワーズ、それは前向きな言葉だと捉えていいのだろうか?」


「……!」



ステファンは真剣な表情でフランソワーズを見つめている。

確かにもし嫌ならば『結婚はできない』と、すぐに断っていたはずだ、

それなのにフランソワーズは『知らなすぎる』と言って答えを濁している。

ステファンに前向きと捉えられても仕方ないだろう。


(わたくしもステファン殿下のことを……?)


ステファンにこう言われて改めて自覚することとなる。

彼の人柄を知った今、ステファンを嫌うことなどできはしない。

他者への思いやりや妹を守ろうとする気持ち。

誠実な態度や優しさは温かくて一緒にいると居心地がいいと感じる。

フランソワーズはなんて言葉を返せばいいかわからずに口篭っていると、何故かステファンは嬉しそうに笑っている。



「やっぱり僕はフランソワーズのことが大好きみたいだ」


「……っ!?」



ステファンは自分の気持ちを伝えるようにフランソワーズの手の甲に唇を落とす。

フランソワーズは、ステファンの行動や言葉の意味がわからずに戸惑っていた。

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