第30話



「フランソワーズ、僕に時間をくれないか?」


「時間、ですか?」


「ああ、フランソワーズに僕のことやこの国のことを知ってもらいたい。それから答えを聞かせてくれないか?」


「…………」



ステファンの言葉にフランソワーズは静かに頷いた。

それにこんなに幸せが続くのなら、願ってもない申し出ではないだろうか。

このままステファンのそばにいたいと思う自分がいるからだ。

にこやかに笑っているステファンを前に、急に恥ずかしくなったフランソワーズは咳払いをして静かに頷いた。



「ゴホン……よろしくお願いします」


「よかった。オリーヴも君が城に滞在すると知ったら喜ぶよ」



ステファンはいつものようににっこりと笑った後に立ち上がる。



「フランソワーズ、夕食を一緒にどうかな?」


「……!」


「君と話したいことがたくさんあるんだ」



楽しそうなステファンは、以前よりもずっと感情豊かになったように感じた。


(悪魔の呪いに耐えていたんだもの……普通ならば呪いに耐えられずに気が触れてもおかしくないと聞いていたのだけれど)


ステファンがすさまじい精神力で耐えていたことも知らずに、フランソワーズは自分の知識との差異について考えていた。


(わたくしは宝玉のために祈りを捧げて抑えてばかりだったから、他の悪魔のことはあまり知らないのよね……)


己の知識不足を反省しつつも、夕食の誘いを断る理由もなくフランソワーズは頷いた。

ステファンは「楽しみにしているね」と言って、フランソワーズを愛おしむように髪を撫でてから部屋を出る。

気持ちを聞いたからか彼を強く意識してしまう。


(ステファン殿下が……わたくしに好意を寄せてくださるなんて信じられないわ)


ふわふわとした温かい気持ちは初めて感じるものだ。

フランソワーズは、侍女たちに身なりを整えてもらい準備をしてから夕食へと向かう。

先ほどよりも正装したステファンは眩しくてたまらない。


(ステファン殿下って、どうしてこんなにかっこいいのかしら……)


完璧なヒーローを具現化したような圧倒的なビジュアル。

高貴なオーラを纏う王子様が、フランソワーズを愛おしそうに見つめている。

フランソワーズは彼にエスコートされるまま、夕食の会場へと向かう。


フランソワーズはシュバリタイア王国では宝玉の前で祈りを捧げてばかりいたため、セドリックと夕食を共にしたことなどほとんどない。

フランソワーズの記憶の中で最後に二人で食事したのは数年前だ。

そこではこんな苦い記憶があった。



『無表情なお前と食事をすると料理が不味くなる気がするな』


『…………そうですか』


『もう少し感情豊かにできないのか?』


『善処します』



淡々と受け答えをしたフランソワーズだったが、その日からセドリックと一緒に食事をすることをやめた。

彼は軽口のつもりだったのかもしれないが、フランソワーズの心に傷は残っていたのだろう。


気持ちを踏み躙られ続けたフランソワーズは、誰ために休む間もなく祈っていたのだろうか。

だんだんと悔しい気持ちが湧き上がってくる。

たとえフランソワーズがセドリックの前で笑顔で食事をしたとしても、マドレーヌと同じようには接することはないのだろう。


そんなことを思いながらステファンと共に夕食の席へ。

今は前世の記憶が戻ったため感情があるが、マドレーヌやベルナール公爵家の侍女たちの前で、物語のフランソワーズと同じように振る舞っている時は窮屈だったことを思い出す。

それほどまでに感情を押し殺さなければいけなかった。


幼い頃からフランソワーズの自由は何一つ与えられなかった。

感情を無くしてしまったのも、そうして追い詰められてしまったのが原因だろう。

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