第八話…周辺大名の反応と今後の動き


――松岡城――


 松岡城の広間に、重國・劜呉・段蔵・景清が集まっていた。亮仙は今、元松岡城城主である義貞とその他家臣らと話をしている為離席している。

 時刻は昼、虫が煩く鳴く中でその広間にも穢らしい鳴き声が響く。


「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"疲れたぁぁ…おじさん、もう限界……」


 力無く畳へと寝そべった重國が、死ぬ一日前の蝉のような耳を突く唸り声を上げる。これが普段であれば煩いと一喝するのだが、今回ばかりはそんなことを言うことは出来ない。

 今回の城落とし、正直大半が捨て城に近しい使い方をされていたものばかりとは言え、一人で三つの城を陥落させたのだ。

 それに重國は異能の影響で外見と肉体は三十代のままとは言え、中身は途方もしれないほど歳をとっている。

 なので今の重國の精神はベキベキのボロボロなのである。


「わ、儂ももう…限界が…」


 と、その隣でも今にも力尽きそうな景清がいた。既に半分真っ白になり始めているが、彼も四十代ながらかなり面倒な仕事を押し付けられ今にも死にそうなのだ。

 何せ今回の城落としの主な目的は城の奪取では無く、兵を奪う事。その目的は無事果たされて行ったのだが、大半の城を捨てる事となったためその兵達を松岡城まで一人で先導したのだ。


 とは言え無理矢理着いてこさせたのでは無く、景清の説得で着いてきたため反発する者たちはいなかった。

 その理由としては、亮仙らの圧倒的な強さに惹かれたからと言える。

 場所が場所、立場が立場ゆえに光を浴びられなかったもの者、高遠頼継を嫌っていた者たちも快く着いてきた。


 だが裏切る可能性を危惧した亮仙は、目の利く重國と段蔵、異能で真偽を知る事の出来る劜呉と景清の四人に全ての兵を探らせた。

 結果として数名の間者がいたが、それ以外は本心から亮仙らに着いてくるということがわかった。


 かくして全ての体力と精神を削り切った景清は歳も相まってこのように死にかけの状態となっているのである。


「屍二つ転がっとるやん。何があったん?」


 そんな死にかけが二人いる状況の中、広間の戸が開き亮仙が入ってくる。その後ろにはには頼貞と刀を携えた二人の家臣らしき者たちが付き添っていた。

 それを見た劜呉と段蔵は目を子供のようにキラキラと輝かせている。


 亮仙はどうしたのかと二人に聞くと、服装やら顔つきは変わっていないが、付き添いがいる事から地位の高い雰囲気がありイカしていると興奮していたのだ。


「ほんなら幾ら戦仕掛けても違和感ないなあ」


「ないでござる!どんどん殺りましょう!」


「そうですよ!これっぽっちも無いです!お腹すきました!」


「君ら最後えらい欲でとるねえ…まーええけど」


 呆れながらも亮仙は家臣の一人に食事を持ってくるように指示を出す。家臣はそれに頷いて下がる。

 亮仙も皆と同じように座ると、今回の事を労いつつ早々に今後の事に着いて話を始める。そして最初に手を挙げたのは、何やら難しい顔をした劜呉だ。


「今更なのでござるが、この隙を突いて今川や木曽が攻めてくることは無いのでござるか?」


 劜呉は頭の上にはてなマークを浮かべて亮仙に対してそう質問する。劜呉のこの疑問は、戦国の世に於いては当然のものだ。

 少しでも隙が出来ればそこを刺し込む、それが今の時代だ。

 だが、


「寧ろ今攻めるんは悪手やろ」


「ですね。これ程までの速度で幾つもの城を落とした私達を相手にするにはそれなりの兵力が必要と考え、出撃する際に多くの城から兵を出すはずです。そうなれば守りは手薄、そうなれば逆にその隙を突かれます。そのまた逆にそう思わせて城を襲わせて敵軍を潰す、と考える者もいるでしょう。なのでそう容易に動くことは出来ないのですよ」


 と亮仙と段蔵が絆す。それを聞いた劜呉はならば高遠以外気にしなくて良いのかと嬉しそうにしたが、そう上手くいかないのがこの時代だと面白そうに笑った。





――高遠城――


 当然今回の侵攻、流石の高遠頼継と言えども容認できる範疇を大きく超えていた。

 大島城が陥落した当初はとんだ怪物が現れたという認識、こちら高遠城に向けて侵攻してくる可能性が高いと踏んでいたが、まさかの逆への進行により松岡城に至るまでの城が陥落。

 だがこれも全て、油断と甘い考えを持っていたからだ。


「一体、何が起きている?たった四人が大島城を落としたことから始まり、松岡城まで続く城を落としただと?……」


 協議が開かれ多くの家臣が集まる中、高遠頼継の身体が小刻みに震え出す。これに家臣らは怒り狂うかと身構えるが、


「はははははッ…こりゃあ思ったよりもやばいかァ?」


 なんと怒りではなく歓喜のような高笑をしたのだ。これに驚いた家臣らは惚けたが、すぐさまその内の一人が笑い事ではないと叫ぶ。

 それに続くように他の者達も反撃や援軍をと騒々しくなり始めるが、それら全てが頼継の『黙れ』と言う一言で静まり返る。

 その表情は先程の無邪気なえがおでは無く、真剣なものへと変わり目が鋭くなっていた。


「まぁ流石に今回ばかりは俺が悪ぃ。相手を甘く見すぎた。大島城の時からガチでやるべきだった…すまん…」


 そう言い頼継は深く頭を下げた。それに静まり返った部屋が止めるようにと言う声で騒然とする。

 そうして頼継が改めて頭をあげると、早々に指示を出し始める。


「松岡城近くに異能使いは何人いる?」


「は!近くとなりますと、飯田城に三名、次郎城に一名、座光寺城に二名、と言った具合に御座いまする。しかし座光寺北城は降伏する可能性が高いかと」


「んで?敵には最低でも四人、景清が加わって五人、その後落として行った城にいた異能使い含めれば十人近いわけだ…」


 それに家臣らは頭を抱えた。実の所、高遠氏に異能使いは比較的少ない。それでも敵が攻め入って来ないのは一重に、高遠頼継という男の個人的武力によるものだ。


「…はぁ〜…しゃーねぇな。筆と紙持って来い、文を出す。相手方が戦好きならこっちが万全の状態の方が嬉しい筈だ」


「持ってまいりました」


「おう」


 頼継は紙に停戦の文を綴る。

 内容は

『今回の侵攻、見事である。だが些か容易に進み過ぎて詰まらぬであろう。故に提案を記す。一時停戦の末、互いに万全の状態になり次第戦を執り行おう。断るのであれば、俺一人でそちらへ向かい捻り潰させて頂く』


 その内容を聞いた家臣たちは、そのような事を記したとしても手を弛める訳が無いと抗議するが、それでも頼継は必ず亮仙らは侵攻を止めると言った。

 それ程までに言うのであればと、家臣らは意を引いた。


「さて、戦の準備を始めよーかね」




――甲斐国――


 此処“躑躅ヶ崎館つつじがさきやかた”は甲斐の大名、武田が本拠地とする館である。

 そしてその城主である男、武田信玄は庭にて大太刀を力強く奮っていた。一振一振がとてつもない風圧を放っている。

 すると、信玄に近づく足音が聞こえ刀を止める。


「…何処ぞの馬の骨とも知らぬ輩に奪われてしまいましたなあ。大島城」


 声が背後から聞こえ信玄は後ろを振り返るとそこには、片目を閉じた初老の男が立っていた。


「…勘助かんすけか。問題は無い。むしろ好都合だろう?今大島城には異能使いが居ない」


 男の名前は山本勘助春幸。武田信玄に使えるの軍師である。


「だからといって攻める訳にも行きますまい?なにせ敵方は対大軍異能の可能性が高いのですからなぁ」


 現状武田が知る事は高遠頼継の支配域である伊那郡が侵攻され多くの城が陥落した事と、大島城に砂の巨人が現れたということのみ。

 そしてその巨人を生み出した者の異能が対軍異能である可能性が高いと言う事のみ。

 はっきり言ってそれ以上の情報が得られなかった。何故ならば一定の距離に近づいた者達が気付かぬうちに殺され、事前に仕込んでおいた間者の首も含め夜深い時間に信玄の寝室前に届けられたのだ。


「…首を土産にするとは、分かりやすい警告をしてくれるものだ」


 信玄は大太刀を鞘へと納めると、縁側に腰を掛け汗を脱ぐう。


「全くですな…高遠に援軍を出しますかな?」


「…高遠に手を貸すとみせて消耗した所を突くつもりか?」


 信玄の鋭い虎の如し眼が勘助を刺すように向けられる。それに勘助は不敵な笑みを浮かべた。


「そうですなぁ。異能使い数人と、兵を多少送り本気で戦わせましょう。そうすれば怪しまれる事もありますまい。此方に被害も出ましょうが、近場に伏兵の異能使いを配置しておき挟撃させれば両方殺れるやもしれませぬぞ?」


 勘助はケタケタと妖の類のように乾いた声で笑った。それを見た信玄は軽く溜息を吐いて下を向くくと、顔を強ばらせて思考を巡らせる。


「…いや、まずは諏訪を落とす。アレは今焦っている、高遠に隙が出来たと考えれば直ぐにでも侵攻するだろう。そこを突いて諏訪を貰う…勘助、松岡城を奪った奴に文を出す」


 思案が出した決断は高遠に気を取られている諏訪氏を奪いその領地を全て平らげる。亮仙らに対して文を送るのは諏訪を支配した後、地盤を固めるよりもよりも早く攻め入られるのを防ぐ為だ。


「兵を集めろ。戦を始めるぞ」




――駿河国するがのくに――


 とある城の大広間にて、少女?が鞠を蹴る音が鳴る。周りには刀を携えた者が六人、そして上段の間で鞠を蹴る少女を見つめる一人の老人。


「全くもって野蛮な輩じゃのぉ。その亮仙とやらは…そうは思わぬか?雪斎せっさいよ」


 蹴鞠をしながらそう呟く少女、彼女こそが駿河国の大名今川義元その人である。現在の歳を考えれば普通、声も姿も大人びている筈だがその外見は十代前半の正直そのものだ。

 傍から見れば大名だとは思わないだろう。だが彼女はこの戦国の世にて、最強の一角と呼ばれている。


「乱世とは野蛮な者達が鎬を削り合うもの…新たな未来を築き上げる可能性の者が現れたのです」


 雪斎の言葉を聞いた義元は、蹴っていた鞠を止め手に持つ。するとそこには、先程まで鞠を蹴っていた時の無邪気な笑顔は無く、真剣な面持ちへと変わっていた。


「…確か亮仙とやらは、対大軍異能じゃったな?これで何人目じゃ?」


「まだ可能性ではございますが、五人目にございますな」


「嗚呼、嫌じゃ嫌じゃ…面倒な輩が増えてしまったわ」


 対大軍異能は非常に珍しく、一人入れば一万の軍を叩き伏せられるとされる。そして彼女もまた、その内の一人。

 自身の国の近くに二人・・の対大軍異能使いがいる事は、義元にとって目の上のたんこぶと言える。


「…和睦を進めるべきかのぉ」


 そう呟くと、また鞠を蹴り始めた。




――相模国さがみのくに――


 相模国の大名、北条氏康は満面の笑みでこの現状を心から喜んでいた。


「ふふふ、伊那を襲ってくれた人にはお礼を言わなくちゃね。全く、本当に嬉しい状況だわ」


 何せ現在北条は敵に完全に包囲されている状態。

 武田・今川とは対立、山内上杉・扇谷上杉・里美とは敵対関係。扇谷上杉の隣、古河公方こがくぼには警戒されている。


 氏康としては今回現れた新たな敵のおかげで、武田と今川はそちらを警戒する可能性が高くなった。

 もう暫く様子を見て完全に意識が亮仙らに向いた瞬間、目的である関東方面への侵攻を開始する事を考えていた。

 だがこの三年後、彼女は最悪の状況に陥る事となる。


「今日はお酒飲んじゃおうかしら」


 そうして気分の乗った氏康は酒を飲み、小田原に笑い声を響かせた。




――松岡城――


 そうして各々の大名が大きな反応を見せてから二日後、亮仙らの元に二通の文が届いた。そしてその文が誰から届いたのかを知った景清や重國は流石にやばいと慌てふためいた。

 亮仙はその二人を引っぱたいてひとまず落ち着かせると、文を開ける。

 一通は高遠、もう一通は武田。


「――はは、おもろいやん」


 文の内容を見た亮仙は小さく笑い声を零した。その内容が気になった重國は亮仙から文を渡してもらい、その内容に目を通す。

 高遠の内容には正気かと言う考えが浮かんだが、武田からの文を見た重國は目を飛び出す程驚いた。


「な、なんでござる?!暫し拝借!」


 動かなくなった重國から文を奪った劜呉は、その内容を読み上げる。


「我は甲斐国大名、武田信玄である。今回の侵攻、見事也。だが我らとて信濃国を狙う身なれば、何れ相まみえる事となろう。されど貴殿らが伊那郡を支配した後、対談の場を設け互いの利になる内容であれば、同盟を申し出たい」


 その内容に、場が一気に冷え静まり返る。高遠頼継は兎も角とし、武田信玄は正に怪物。正面から殺り合うなど以ての外と言える強者だ。

 そんな男から同盟の申し出が届いた、これは驚愕以外の何者でもなかった。


「これどうするんですか?同盟、結びます?武田の間者の首送っちゃいましたけど?」


「…そうやねえ……」


 亮仙は頭をかきながら現状を含めて先の事を考える。

 確かに戦を心から望んでいて、戦の絶えない世を作ろうとは考えているが、そこに辿り着くまでに潰れてしまっては意味が無い。

 この戦国の世、亮仙は神から異能を貰い絶大な力を得たがファンタジーで言う所のチート的なものとは呼べない。

 探してみれば数人程度、亮仙のような規格外の異能持った者たちはいる。故に同等クラスの者達から一斉に襲撃を受ければ危うい。


 それらの事を考えれば、今回の武田からの同盟は願っても無いもの。少しでも肉盾…基味方が入れば優位に立ち回れる事がある。


「…とりま高遠優先や。一週間後に攻める文送れ」


「分かりました」


「さぁ、戦支度しよか?」



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