第六話…絶えぬ戦乱の世を創る為に


 大島城に攻め入る、宣戦布告の言伝を送れば間違いなく万全の状態で迎え撃ってくる。どんな馬鹿であろうともそうするだろう。

 これに重國は呆れる他なかった。


「え〜と待ってね…何で態々そんな事を?それも三日の猶予とか、落とせなくなるかもだよ?普通に無理なんじゃない?」


 重國は口元をヒクヒクとさせながら当然の疑問を投げかける。


「そっちの方が面白そうでええやないの」


「でござる!」


「…」

(なんなのよこの戦闘狂達は。おじさん着いてけない…)


 それに応えた二人の言葉に、より重國は頭を抱えた。

 まさに脳が筋肉、戦う事でしか出来ていない狂人が二人。暴れたい男と斬りたい男か女か分からない剣士、普通に考えて決して混ぜてはダメな二種類だ。

 そして狂人を掛ればより凶悪になるが、その中に狂人以外を入れたとしても引かれないのだから重國ではどうしようも出来ない。

 だがそれでも重國は質問を続ける。


「第一にだ。なんで大島城、高遠氏の支配する伊那郡の城を攻めるのさ?天下でも取りたいの?」


「天下に興味はあらへんよ。寧ろ天下統一させない為に勢力伸ばすんのも考えとるしな」


「某は戦ができるからにございまする!重國殿も着いてまいりますよね?」


「…え?」


 重國の口から小さな鳴き声がこぼれ、空いた口が塞がらなくなっていた。きっと思っても見なかっただろう。

 昨夜襲撃してきた狂人×2に、馬鹿げた城攻め計画に巻き込まれるなどとは。

 されど重國は劜呉の事を一剣士として気に入っている。


(正直行きたくない…けど着いていかないと亮仙は確実に劜呉ちゃんを見捨てる。なんなら盾にしかねない……)

「…うん…大丈夫、着いていくよ……」


 なんと重國は口の端を血が出る程噛み締め身体を震わせながらも、劜呉を見捨てる訳には行かないという理由で着いて行くと言ってしまった。

 後悔あとに立たず、その表情は家族友人でも殺されたのかと錯覚するほど悲痛なものとなっていた。


「そ、それで私はどうすれば?…言伝を終えれば逃げてもよろしいでしょうか…?」


 そんな空気の中で、未だ木に縛り付けられている女忍びが目頭に涙を潤ませながら聞いてくる。

 亮仙はそう聞いて来た彼女に約束は守る質だと言い鎖と縄を解いて解放する。

 これでもう何処にでも逃げられるのだが、


「あ、あの!で、出来れば雇って頂くなどは…だめ?」


「僕弱い子嫌いなんよ」


 三人の命を狙っと言っても差し支えない事をしたと言うのに彼女は雇ってくれと言ってくる。亮仙は別段命を狙って来たからとかでは無く、単に弱いから要らないという理由で跳ね除けようとしたのだが、


「い、異能!異能持ってますよ!私!役に立つ異能!」


 一体どこまで必死なのか、自身が異能を持っていると叫んだのだ。当然これに対して亮仙は信用が行かない。

 そこで先程同様、劜呉に真偽の炎を使わせて彼女にもう一度聞くと、首に巻き付いた青い炎がスっと消えた。

 ならば何故、亮仙から逃げる際に異能を使わなかったのかと聞けば、使おうとしたら全身に激痛が走ったというのだ。


 だが実はそれもそのはず。何せ亮仙はこの世界に降り立った時すぐに異能を理解して、砂を広範囲に渡り警報装置兼防御装置として撒き散らしていたのだ。

 黒ずくめの集団に気付いたのもこれのおかげだ。そして運悪く彼女はその砂が服の中に入り込み、皮膚を傷付け続けていたのだ。


 それから亮仙は、又もや真偽の炎を使い彼女たちへ異能の内容を問いただした。


「わ、私闇に潜れます!か、影とか!い、移動もできますよ!影から影にとか!距離とかに制限はありまふけど!あ、よ、夜なんかは制限ないです!どこからどこにでも行けます!暗殺も情報収集も出来ます!だ、だから雇ってください!餓死したくないです私!美味しいものいっぱいだべたいよぉおお!」


「そ、そうなんやね…」


 生きるのに必死な人間は凄いとは言うが、ここまで赤裸々に話すのかと亮仙は少し引いた。最後の方なんか異能に関係無いことを叫んでいる。

 しかしそうなると更なる疑問が浮び上がる。この異能、忍びにとっては最高の代物だ。それこそトップクラスになれる程の異能、なのに何故下っ端にいたのか。

 それもついでに聞くと、彼女は悲しそうな表情をして自分語りを始めた。


「わ、私…見ての通り暗い女なんです…人と話すのが苦手で、異能のことを言えなかったんです…そ、それで気付いたら下っ端で数年間が経って、昨日死にかけました……」


「陰キャぼっちか」


「がふッッ…な、なんだか意味が分からないのに心が痛い……」


 もうこれ以上はこっちが辛くて聞けないと言う雰囲気になりかけた時、亮仙は彼女の心をより抉るように刺々しい言葉を振りかざした。

 陰キャぼっちなどと言う言葉はこの時代に無いというのに、ニュアンスからなのか何かを察した女は口から血反吐を吐き出して前のめりに倒れ込んだ。


「と、友達とか居なかったのかい?せめて一人とか…」


「…辛うじて友人ぽかった人はさっき隣で首を跳ねられました……」


「ありゃま」


 それを見かねた重國が優しく言葉をかけたがもっと最悪な事に、なんと友人っぽかった人間は今亮仙が首を跳ねた男だという。その首は今木の根元で白目を向いて転がっている。

 それはもはやありゃまなどという軽率な言葉では片付けられないほど悲惨なものへとなっていた。


「そ、某は何も言わないでござる…」


「君も一昨日まで友達いーひんかったさかい言えんだけやろ」


「ちょっと亮仙くん?!」


 嘗て自身も同じく友人のいなかった身である劜呉はその口を強く噤んだが、亮仙は通り魔を彷彿させるようにして劜呉の心までも斬り裂いた。

 流石の劜呉もこれには堪えるのか、その場にしゃがみこんで草を無知り始める。

 そんな惨状が拡がっていると――


 ――パンッ!!


「ほなオフザケは終いや」


 この空気を切り替える為に亮仙が鼓膜に痛みを感じる威力で手を叩いてその場を正す。

 それに当てられた三人は、少しばかり真剣な面持ちで亮仙を見つめる。


「どっちにせよ大島城は攻めるんや。ちゃっちゃと策考えるで」


「もうその子に首とって来てもらえば?影潜ってさ?」


「無理。それじゃおもろない」


「面白くないって理由で却下するかね普通……」


 この場で何気に一番まともであろう重國の出した策案は、普通に面白くないから無理という理由のもと亮仙に却下され無しとなった。


「そ、それなら地形を利用するのはどうでしょうか?」


 すると、今度は女忍びが手を挙げて別の策を提言する。


「今私達がいるのは大島城の背、本来攻め入ることの出来ない東から攻めれば混乱を促せます。何せ大島城の背は絶壁の上近頃の大雨で水位が上昇して荒れていますので。なので城主は我々が正面から攻め入ると考え、大半をそちらに配置するはずです」


 先程と打って代わりハキハキと喋り始めた彼女の言う通り今日より二日前、二日に渡って雨が降り続けていた。その為大島城の背、天竜川は氾濫を起こす程に水位が上昇し荒れていた。

 大島城を攻めるのは今日より三日後、その時まで荒れているかは分からないが例え荒れていないとしても、天竜川方面に兵は然程配置していない筈だと彼女は発言する。


 だが川を渡れないのは亮仙らも同じなのでは?と劜呉が疑問を呈するが、それに関しては昨夜身をもって亮仙の持つ異能の効果を体験した彼女が亮仙殿の異能ならばどうにかなるでしょうと言い、これに亮仙は首を縦に降った。

 それを見た彼女は話しを続ける。


「それに高遠頼継は近頃木曽氏へ戦を仕掛ける動きを見せているので、兵を大島城に大規模に割く事が出来ません。ですので敵兵は多くても二千程度、異能使いは一人だけと考えて良いかと」


「高遠氏が木曽氏にでござるか?」


「そうです。現在高遠氏が敵対しているのは諏訪氏のみですが、近頃の高遠頼継は強欲になってきています。彼は個人的武力と統率力は強いのですが政に関してはゴミです。なので今はその武力を持って自身の支配域を広げる事しか考えていません。なんなら武田を裏切る可能性もあります」


「それはまた何故でござる?」


「私が今回行った任務が武田の内情偵察、それも軍事に関してだからです。大方兵力を見て勝てそうだったら戦を仕掛けようという馬鹿な事でも考えているんでしょう。正直私、一線を超えたら見限って上杉の所に行く算段でしたし。死ぬの怖いので」


 女は劜呉に聞かれた事に対して元?主である高遠頼継を馬鹿にしながら現在の情勢を語った。

 そして三人が何より驚いた事が、彼女がこれ程までに戦事に詳しいという事だ。

 忍びとは情報と暗殺や破壊活動などが主となり、戦に関する策をここまで思案するという事は殆どない。

 しかし彼女は情勢・立地・天候などからどう攻めれば敵が混乱し落城しやすくなるのかを良く考えている。

 情勢に関しては忍びであるが故に知りえているとも言えるが、これらは決して侮れない。それに逃げる算段まで考えているのだから抜かりがない。

 部下に居れば非常に役に立つ、亮仙は当然そう考え彼女を手に入れようとする。


「…君、絶対裏切らへん?」


「!はっ、はい!危なそうになる迄は決して裏切りません!」


「正直者やねえ。ええよ、君の事雇ったるわ。おもろいし」


 地味に裏切りそうな雰囲気を醸し出しているが、それでも役に立つ事と面白そうと言う理由のもと彼女を雇る事にする。


「あ、ありがとうございますっ!この“加藤段蔵かとうだんぞう”!主殿が滅亡の危機に陥るまでは仕えさせていた抱きます!」


「…ぁぁ、よろしゅうね」

(加藤段蔵て男やなかったけ?いつ女になったんや?)


 だが此処で亮仙の脳内に問題が発生した。確かに亮仙の記憶の中では加藤段蔵と言う名の忍びは男であり、女であったなどという記述を目にした事は無かった。

 そこで浮かんできたのが、自身を殺した神の存在だ。もしかしたらではあるが、その神が誤ってかわざとかはいざ知らず、ごちゃ混ぜにいた可能性は高い。

 そしてその可能性はあながち間違っておらず――


「ちょい聞きたいんやけど、ここらで有名な女武将とか将軍それか剣士とか居らん?」


「そうですね、矢張り今川義元と北条氏康でしょうかね?今川義元は華奢な見た目ながら単身敵軍に突っ込むとか…北条氏康は何やら厄介な異能を持つと耳にしたことはありますね」


「なるほど…ありがとうね」

(あの爺様やりおったな)


 と、まさに予想通りと言わざるを得ない結果となった。

 実はここだけの話、亮仙を殺した神はこの事を帳消しにする際異能と異能のある世界の作成をしたのだが、その作業があまりにも面倒でストレスが溜まった為、腹いせに一部の武将の性別を変えてしまったのだ。

 言ってしまえば逆ギレである。


(今度おーたら殴ったろ)


 それに対して亮仙は心の中でそう決めるのであった。


「それで、他に危惧しとい方がええ事ある?」


「そうですね…もしかしたら福与城からの援軍が来るかもしれませんが、それ程危険視する程ではありません。寧ろ自身たちの城が襲われる事を考えて、籠城の構えを摂る方が可能性が高いです」


 史実に於いて福与城は信濃に二つ在るが、今回彼女の言う福与城は現在で言う松川町に在る城の方だ。

 彼女は籠城する可能性が高いため危惧する必要はないと言ったが、それを亮仙が聞き入れる筈もなく…。


「…そんなら福与城も追加しよか。その方がおもろそうやし」


「うぇ?」

「は?」

「ほお!」


 亮仙は更なる最悪の発言をした。これに段蔵と重國は理解が出来ない事と驚愕からで腑抜けた声を上げてしまった。

 だがそれとは正反対に、劜呉は無邪気な表情で興味津々と言える声を上げたてキラキラとした瞳で亮仙を見つめている。


「存外無理な話やあらへんよ?僕の異能は対大軍戦に特化しとる。大島城は最悪僕一人で落とすさかい、福与城は三人で落としてきてや」


「いやそれこそ無理だ!最悪の場合を考えろ!武田信玄と手を組んでる敵だぞ?!そいつらがいたらはっきり言って無理だ!」


 当然これには重國も本気で反論するが、


「無理無理煩いなあ君…今は戦国の世、そないに無理無理言うとったら何もかも詰まらんなるわ」


「ッ」


 それでも亮仙の意思は変わらず、重國に対して数cmの距離まで詰め寄って黙らせる。そんな圧に押されたのか、重國は数歩後ろへと後ずさった。

 亮仙自身も重國から離れると、太陽を背に両腕を広げて不適な笑みで三人へと向き息を大きく吸うと、


「今の時代無理な事するんがいっちゃんおもろいやんか!たった四人で二つの城を同時に攻めて落とす!僕らがこっからこの国掻き回す第一歩に相応しいと思わんか?!城一つを攻め落とす?そんなん衝撃インパクトが足りんわ阿呆!天下統一なんぞちっぽけな考えも捨てえッ!僕らが作るんは戦の絶えん国や!」


「「「ッ!!」」」


 声高々に力強く叫び語る亮仙の言葉が、空気を震わせ一気に変える。それに三人の心はなんとも言えぬものに襲われた。

 昨日今日あったばかり、重國と段蔵は先程まで敵と言える存在であり、仲間でも友でない。

 だと言うのにそんな男の言葉が何故か自身の心臓の鼓動を高鳴らせてくる。


「昨日までは一人でやるつもりやったけど、君らが着いてくる言うなら僕の下に着け。そしたらド派手で最高にテンションブチ上がる景色世界見せたるわ」


 気が付けば三人は亮仙の語る世界へと見入ってしまっていた。

 そんな中、劜呉が前へと進み出てその場に両膝を着き左の腰に携えていた刀を自身の前へと置いた。


「…某はもとより戦いを望み生きている身なれば。某の求める戦の世界を作ると言うのなれば我が刀、我が名“爲陰劜呉”と共に捧げましょう。よろしく頼みまするぞ?我が友人


 劜呉は深く頭を下げた後満面の笑みで顔を上げ亮仙へと向き直る。

 それに続くようにして、段蔵も前へと進み片膝を着く。


「私は余り戦いが得意では無いですし、死ぬのも嫌です。ですが貴方様の語った未来、なんだかんだ生きてるって感じがして面白そうです。なのでこの“加藤段蔵”改めて、命尽きるその時まで貴方様に忠誠を誓いさせて頂きます。どうぞこの命、如何様にでもお使いください!主君!」


 段蔵も同じく頭を下げて顔を上げ直して亮仙へと向く。

 残るは松葉原重國のみ。昨夜廃寺にて最悪の出会いを果たした男は、顰めた顔をしながら頭を掻き毟る。

 正直なところ、亮仙はこの男は着いて来ることは無いと考えている――


「…正直、今の戦は大嫌いだ。友人も家族も死んだからな…でもまぁ、若い頃を思い出したよ。あの頃は誰が死んでも気にしない程に戦が好きだった…おたくの言葉で久々に心踊ったよ。俺の戦の絶えない国、それもまた一興だ。この松葉原重國、あんたの為に刃を奮るおう。どうか退屈させないでくれよ?お殿様」


 そうして重國も胡座をかきながら、軽く頭を下げて忠誠を誓った。

 この三人の内、二人は先程まで戦は嫌い、死にたくないと理由で嫌っていたが、その根本は矢張り戦人。

 段蔵は城落としの策を考えている時は異様に楽しそうで、重國も昔は周りの事など気にしない程に戦を愛していた。

 そして今それが剥き出しとなった。


 今まで見てきた、耳にしてきた、仕えて来た者達は天下統一だけを考えていた。平和という何も心躍らない未来ばかりを掲げる者たち。


 だからなのだろうか。

 戦の絶えない国、その未来が何故だかとても眩しく見えてしまった。

 故に、そんな国を作ろうとする亮仙に心惹かれ忠誠を誓ったのだろう。


「安心しときよ。僕とおったら退屈なんてもんは来いひんから。こっからは楽しい戦の日々や。その第一歩として潰そうやないの、大島城と福与城の二つを」


 これより始まるは本来の史実には無い最悪の戦国の世。

 死屍累々と言う言葉が甘く見える程、壮絶な時代が幕を開ける。


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