第五話…死にかける劜呉と忍び
林の中を
「りょ、ひゅっ亮仙殿っ…はぁっはぁっい、息がでっ、できないっ!たっ、たすけってっ!」
亮仙の腕の中で劜呉は大量の汗を垂れ流し、過呼吸になりながらも亮仙へと助けを求め声を出す。
「安心しときよ。呼吸出来んくなった叩いたるさかい」
「ダメだからね?!殴ったら絶対死ぬからね今の状態!」
「ははは、冗談や冗談」
助けを求める劜呉に対して亮仙が巫山戯じみた発言をすると、すかさずに重國が突っ込みを入れる。
それから先程の廃寺から走って数分が経った頃、三人は目的の池へと辿り着いた。
池は非常に透き通っており、周りには深緑の竹が無数に生えている。
「一旦下ろすで?」
「はっ、はいっはぁはぁっ」
一先ず亮仙は劜呉を下ろして座らせると、前屈みの状態にさせて背を軽くさすりながら深呼吸をするように声をかける。
重國は周りに生える竹を斬りコップへと変えて、池の水を汲んでくる。
「ほら、飲めるかい?劜呉ちゃん」
「もっ、もうしばっ、しっ!待ってくだされっ!っはぁはぁっ」
―――
――
そう言われ様子を見る事20分余り、段々と呼吸が落ち着いていき、顔色も良くなり少しばかりだが水を飲む事もできた。
だが顔が少し赤らめている辺り、二人は劜呉が熱を出している可能性を考えて優しくその場へと寝かせる。
幸いこの竹林はあまり強い日差しが差し込まず、池の水も比較的冷たい為、亮仙の持っていた手拭いを濡らして額へと当てる。
それから重國の持っていた熱に効く丸薬を飲ませる。
「結構汗かいとったけど、服脱がして汗拭うた方がええんと違う?」
「そ、それは結構っ…でござる……」
「ま、だろうね。どうする?水飲むかい?」
「はい、頂きます…」
劜呉は身体を起こして重國から水の入った竹杯を取ると、喉に流し込む。まだ身体が安定していないのか、口の端から水が零れてしまっている。
「ここらに医者とかおらへんの?」
「残念ながね。一応熱に効く丸薬はまだあるから、様子を見るしかないかな」
「…申し訳ございませぬ…このような迷惑を掛けてしまうとは……」
劜呉は目頭に涙を浮かべて今にも泣き出しそうな表情をする。
「ほんガッ?!」
またもや巫山戯た事を抜かそうとした亮仙の脇腹に重國が拳をめり込ませて黙らせる。
「大丈夫だって!おじさん達が勝手にやってる事だから!ね?だから泣かないで!」
「…ふざけ……」
「しーっ!今は劜呉ちゃん優先しなさいよ!お仲間なんでしょ?」
「阿呆、今日会うたばっかや」
「あ、そうなのね…」
二人は劜呉に聞こえない程に小さな声で会話をする。すると劜呉が二人の名前を呼び、それに反応して二人は向き直る。
「これ程優しくされたのは初めてでござる…御二方、誠に感謝致しまするっ」
劜呉は朗らかな笑みを浮かべると、小さく頭を下げた。
「…いい子だ…すっごくいい子だ。娘に欲しい」
「子供ん時に斬ったんやから当たり前やろ」
懲りずに戯言を抜かす亮仙に重國がまた殴りなかろうとしたが、それは劜呉の笑い声で止まる。
「あはは…父と母が生きていたとしても、このように看病される事はなかった筈、それを考えると余りにも嬉しくてつい……」
「…ほんでも薬をくれたんなら、少しは心配しとったんやろ。まぁ次期当主っちゅうのもあった思うけどな」
「うわぁー慰めてるのか慰めてないのかすっごく分かりずらい」
「黙っとれ」
―――
――
時間が経ち、夜も老けた頃、劜呉と重國はすっかり眠りについて居た。
先程まで灯されていたであろう焚き火の火も消え、辺りは静まり返った闇の世界へと変わっている。二人が静かに眠る中、亮仙は一人起きて池の近くで立ちすくんでいた。
「君
「貴様、何もごぽっ…ご、ごでばっ……」
何の音もなく現れた黒ずくめの男は突如、口から大量の血を吐血する。男が下へと目を向ければそこには太い何かが腹部を貫いていた。
「僕今、久しぶりおもろいもん見れて機嫌良いねん。せやから楽に死なしたるよ。ぁあでも、ひとりふたり生かしとった方がええかな?」
その夜、十人近くの黒ずくめの者達は叫び声どころか唸り声すらあげることが出来ずに死に絶え、二人の黒ずくめを残してその他は砂へと変わり果てた。
「死ねば肉塊。肉塊は生き物と違うからな。砂に変えて終いや」
―――
――
日が昇り少しづつ霧が薄まり、肌に優しい風が吹き始める。
昨夜、亮仙が殺害した黒ずくめは二人を残して、その他は砂へと変えられ地面奥深くへと痕跡ごと消された。
「おはようございまする!」
「おはよ〜。劜呉ちゃん元気になったぽいね。よかったよかった」
「いやぁかなり高熱だったようで…実の所記憶が曖昧なのでござるよ…」
そう言いながら劜呉は人差し指で頬を掻く。
昨夜の記憶が曖昧と言う劜呉だが、実際問題熱は40度程はあった。脳自体に後遺症が残らないとは言え、その時は目眩や頭痛etc…記憶が定まらないのも当然だ。
とは言え全部が曖昧という訳でも無く、
「特に亮仙殿にはその…だっ、抱き抱えさせてしまいっ…申し訳ありませぬ……」
「そんなん気にせんといてーな。
「な、竹節虫…」
「ん"ん"っ!いやぁ〜兎にも角にも元気になってよかった!それで亮仙、その二人は?」
重國は劜呉を優しくフォローしつつ、気に鎖と縄で締め付けられ捕まっている二人の男女の事を問う。
それに亮仙は昨夜起きた事を大まかに話した。
「成程、忍びでござるか。大方某と重國殿が殺り合っているのに気付いて、情報を得る為に探りを入れてきたのでありましょう」
異能戦国時代と呼ばれてはいるが、誰しもが異能を所持している訳では無い。異能とは血筋もしくは才能によって発現するもの。
そして異能を保持する大半の者達は何らかの組織に所属している。
当然野良の者も居るがそういった者は役に立たない異能か目立ちたくがない故に表に出ないだけであり、昨夜のように派手に異能を解放する者は居ない。
であるが故に、昨夜の戦闘を目にした誰かが探りを入れて来た可能性があると劜呉は言う。
「何処のや思う?」
「う〜んそうだねぇ〜、此処は伊那郡だし高遠氏か甲斐の武田辺りかな?野良って事は無いと思うけど…」
重國は腰に携えた刀に手を置いて、分かりやすく殺意を剥き出しにして黒ずくめ二人を強く睨みつける。
「「ッ!」」
だが殺意を当てすぎた所為か黒ずくめ二人は激しく震えだして全身から汗が零れ落ちる。しかし三人はそんな事には目を向けず、普通に会話を進める。
「それにしてもよく自害させなかったでござるな?」
「そこら辺は僕の異能でちょちょいのちょいや」
亮仙の異能は非生命体であればどのような物でも砂へと変えられる為、口に手を突っ込んで毒物を砂へと変えて死なせなかったのだ。
他にも爆破物等の自害出来るような物は砂に変えるか奪っておいてある。
「ほんで君ら何処の人なん?僕らわりかし優しい方やから素直に答えたら殺さへんよ?」
「ンンーッ!」
「亮仙殿、布が口に詰め込まれているので喋れませぬよ?」
「あーそやった」
亮仙は男の口に詰め込まれた布を解き取る。
「はッ!喋る訳なかろうが阿呆共がッ!」
布が外されると男は躊躇う事無く三人に向けて阿呆と叫んだ。
「じゃ君要らんわ」
「…はぇ?」
鈍色に光る刃が男の首をすり抜ける。
男は何をされたのか分からず小さな鳴き声を零した。すると男の首から血が雫のように零れ始めると、白目を向いて力無く前へと倒れ込む。
その衝撃で首が転がり落ちれば、鮮やかに斬られた首から湯水の如く血が溢れかえる。
「ッ?!」
「これはお見事っ!」
「お〜こりゃ上手い」
その光景を目にした劜呉と重國は賞賛の声を上げたが、もう一人の黒ずくめの女はより恐怖を感じたのか顔を真っ青にして怯えている。
忍びとは死ぬ事覚悟で生きているが、昨夜の惨劇とすぐ隣の仲間が躊躇い無く殺されれば恐怖するのは仕方の無い事だ。
「そんなら次行こか」
亮仙はもう一人の黒ずくめの女も同じように布を外して喋れるようにする。
「しゃ、喋べりますっ!だから殺さないでくださいッ!」
「なんや君はお利口さんやね」
先程の男とは違い女の方は逆らう事はせずに亮仙らに協力するらしく、後を着けて来た
「その者は忍び、嘘を言うやもしれませぬ。某の異能で真偽を確かめることが出来る故、任せてもらえるでござるか?」
どうやら劜呉が言うには、自身の異能効果の中に真偽を判別する事のできるものがあるらしい。
その炎は真実を言い切れば自然と消え、嘘を付けば嘗て味わった事の無い激痛が全身を襲い、死ぬ事は愚か気を失う事さえ出来ないという代物だと言う。
亮仙、重國共はこれに賛成。劜呉は異能を解放する。
「“異能解放:
劜呉が異能を解放して女に掌を向けると、女にマフラーのように青い炎が巻き付く。だがその炎からは熱さは感じない。
それから女は今度こそ、三人の後を着けた理由を語った。
まず初めに自身らは高遠氏に使える忍びであり、与えられる任務は主に情報を得る事、その次に暗殺などを請け負っていると言う。
そして任務の帰還途中遠くに異能によるであろう火柱を目にすると班の長に、警戒ならび異能を使う者の正体を突き止めその異能内容と人相を描き起こせと指示され、班の半数引き連れその現場へと向かった。
だが想定よりも激戦が繰り広げられていた事で異能を把握するのも、人相を描き写すのも難しいと判断して戦闘が終わり眠りに着き次第人相を描き起こす手順となった。
しかし、これは亮仙による妨害で失敗。この事は自身たちが帰らぬ事からそう時間が掛からぬ内に
そこまで話終えると、本当に嘘偽り無く喋ったのか女から青い炎が消えた。
「わ、私の知ってる事は喋りました!だ、だから殺さないでください!お願いします!」
「せやったら大島城に行って三日後に攻めるでって言うてきてや。手紙でもええよ?」
「「は?」」
「戦でござるッ!」
竹林の中で二人の間抜けな声と劜呉の元気いっぱいな声が通り抜けた。
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