第四話…朽ち果てた廃寺にて

背は170後半程、亮仙りょうせんより少しばかり低い。髪はボサボサで纏められてすらいないが、僅かに艶がある事からそれなりに身は整えているようだ。よく見れば髭も荒くだが整えられている。


「はぁ、今まで武者修行だの抜かして決闘を挑んでくる輩は居たけど、こんな事しでかしたのは君たちが初めてだよ」


 男は呆れた溜息を吐いて刀を肩に置くと、冷めた眼差しを二人に向ける。


「全く、扉ぶっ壊して家まで吹き飛ばす頓珍漢とんちんかんが来るとは思わなかったよ。いやほんとに、正直泣きたい気分だよ。おじさんこれからどう生きればいいのさ」


「「……」」


 男のその言葉に、二人は何も言い返せなかった…。


「自分で言うのもなんだけど、おじさんってば結構優しい人間よ?決闘挑まれても殺さないであげるし、暴言を吐いても許してあげる…けども、お酒を飲んで気持ち良く寝てる時に扉ぶっ壊されたらそりゃ斬りかかるってもんでしょ?」


「「……」」


 男の言う正論に二人は口をキュッと結び、劜呉えちごに限っては目をキョロキョロと魚のように泳がせて口笛を吹いていた。

 この場合、悪いのは圧倒的に亮仙ら二人である。幾ら戦国の世と言えども、廃寺の扉をいきなりぶち破り家を丸ごと吹き飛ばす者など殆どない。

 居たとしても魔王一人なものだろう。


 この男はそんな魔王を除く狂気の人間を運がいいのか悪いのか引き寄せてしまったのだ。

 だが亮仙が廃寺の扉をぶち壊したのは亮仙を殺した神が悪いとも言えなくもない…。


「でも後悔してるよ、だって家が跡形も残らずに消えるなんて思わなかったもの……」


 男は焦燥感に満ちた遠い目で空を眺める。その瞳からはツーと一筋の涙が零れていた。

 それを見た劜呉はアワアワとあわてはじめる。


「それで何の用だい?おじさんに用があるから来たんでしょ?」


「そ、そうでござった!某の名は爲蔭劜呉なるかげえちご!貴殿との決闘を申し出たい所存!」


「別にいいけど一つだけ決め事がある。これは殺し合いだけど死なないギリギリで終わらせる。それでいいならやろうか」


「うっ…そ、それは…っ分かり申した!それで構いませぬ!いざ一手ご指南、宜しくお頼み申す!」


「はい宜しくね。おじさんの名前は松葉原重國まつばはらしげくにね。さ、何処からでもおいで?」


 男は片腕で刀を中段に構え、劜呉は両腕で刀を持ち下段に構える。

 ただでさえ淀んだ空気がさらに重たくなり、大気が震え始める。

 亮仙は此処にいては邪魔になると考え、階段を降りてその場から離れた。


 空気は重くながらも静寂が保たれ、そよ風すら吹かず、自身の心臓の音だけが脳へと響いてくる。

 余裕の笑みで劜呉を見やる男に対して、劜呉は額に数滴の冷や汗を浮かべている。

 その汗が頬をつたい顎へと、そして汗が零れ落ち地面へと当たった刹那――劜呉が脱兎の如き速さで男へと迫る。


(真・爲蔭なるかげ流剣術下の構え:火昇ひのぼり!)


 下段構えられた刀に弾ける音を上げながら炎が纏わりつくと、その刃が男を襲うが一歩軽くさがりそれを避ける。


「甘いッ!」


 劜呉が咆哮と同時に1歩前へ踏み込む。


(爲蔭流剣術上の構え:岩落としッ!)


「!」


 袈裟から天高く上がった刀が峰を向けた状態のまま、力強く振り下ろされる。

 重國はこれを受け流そうと考えたが何かを察したのか咄嗟に後ろへとどび抜けたその次の瞬間、地面に直撃する寸前で静止した刀がその風圧で地面を轟音と共に大きく陥没させた。


 それを見た重國は何かを思い出したかのように笑みを浮かべる。


「…思い出したよ。爲蔭流、20年程前だったかな?爲蔭頼久景らくけい。おたくの親父さんの名前で合ってるかい?」


「何故、父上の名を?」


「おたくと同じだよ。武者修行だの抜かして斬りかかって来たのを覚えてる。その時は殴り飛ばしたけど、元気してるかい?」


「父上は某が四の年に斬り申した。爲蔭に弱者は要らぬ故」


「ひゅ〜すっごいねぇ。おじさん嫌いじゃないよ?そう言う子」


 突如、重國が目の前から姿所か気配すら消える。劜呉は一瞬動揺するが直ぐに乱れた心を落ち着かせる。だがその一瞬がいけなかった。

 劜呉の胴が袈裟斬りに斬られ噴水の如く血が吹き出る。


「ッ!」


 劜呉はいつ斬られたのか分からず突如襲った激痛に身体をよろめかせる。


「油断して無くても斬られるものは斬られるんだ、あんま紺詰めはしない方がいいよ?」


 月明かりの照らす参道に、重國はゆらりと幽霊のように姿を見せる。

 重國の握る刀からはぽたぽたと真っ赤な血が滴り続けている。


「はい、これで終わ…り…え?何その炎?緑の炎とか見た事無いんだけど?」


 今迄余裕を見せていた重國の額に僅かながらの汗が浮かび上がる。

 周りから見ればなんとも幻想的とも言えようその光景、重國にやられた大袈裟の傷に緑色の炎が燃え盛り、見る見る内にその傷が塞がり衣服も共に元に戻っていく。


「…卑怯、などとは言わないでございまするよな?」


 膝を着いていた劜呉はふらふらと立ち上がり、鋭い瞳を刺すように重國へと向け、悪魔のような悪寒の走る笑みを浮かべていた。


「異能、それもやばめのやつか〜。こりゃ文字通り、手が焼ける子だ」


「では改めて、推して参るッ!」


 そこからは正に激烈そのもの、数百合に渡る剣戟が尽きぬ程繰り広げられていた。

 斬った傍から傷口を焼き焦がし更なる痛みを促し、斬られた傍から回復して刀を振り続ける劜呉。

 受けても問題の無い攻撃のみを受けてそれ以外を去なし、僅かな隙を突いて劜呉を斬り続ける重國。


 常人が見れば嘔吐せざるを得ない状況が更に続いていた中、重國の放った一刀がとうとう劜呉の首を捉え喉仏を斬り裂いた。

 それも即座に回復したが、流石にダメージが蓄積され過ぎたのか、劜呉はその場に両膝を着いて俯き息を荒く吸っては吐いてを繰り返す。


「はぁはぁっはぁッングっ〜〜っはぁはぁっ」


「…すぅ〜、はぁぁあ〜…つっっっかれたぁあ」


 勝利を収めた重國も、長時間に渡る剣戟は身体に来たようで、両手を膝へと置いて大量の汗を落としながら息を整える。


「おつかれさーん。なんやおっさんが勝ったん?」


 そんなやり切った二人の元に、階段下に居た亮仙が姿を現す。


「えらい長い間やっとったねぇ。もう日昇っとるよ?」


「うっそぉ〜」


「はぁっはぁっひゅっ!〜〜ッ!かっはぁっ!はぁはぁっ」


 空と辺りを見てみれば、すっかり明るくなっていた。鳥の囁きや虫の鳴き声も軽く耳をすませばす超えてくる。

 なんと二人は約八時間以上に渡る間斬り合っていたのだ。それ程長時間もやっていれば、劜呉のように息が上がるというものだ。

 普通に立って息ができて会話ができる重國が異常なだけである。


「ちょいちょい劜呉ちゃん大丈夫かい?」


「ほんまに呼吸できとらんやないの。てかちゃん?くんやないの?」


「え?女の子じゃないの?」


「いや男やろ?」


「「……どっちだ(や?」」


 そんなシンプルな疑問が二人の頭に浮かんだ。

 亮仙は背が高い上に胸が無いし晒しを巻いている様子も無いことから男と言い、重國は声と容姿が女の子っぽいと言い、互いの意見がぶつかり合っていた。


「はぁはぁみっみずっ!みみみみずっンっ!みずっ、水をくれっ!ふっはぁはぁいっ、息がっはぁはぁっあつっ、からだっ!あついっ!〜ッかはっはぁはっ」


 二人が意味の無い言い合いをしていると、劜呉は顔を真っ青にして汗を滝のように垂れ流し呼吸が上手く整えられずに水を要求していた。


「あ〜これほんまに死ぬやつやない?」


「おたく呑気過ぎじゃない?!取り敢えずここは空気が悪いから下に降りよう!たしか近くに池があったはずだ!」


 亮仙は言われるがまま劜呉を肩に担ぎあげる。


「はぁはっぁはぁッじ、じぬぅ"う"っ!はぁっはぁっこの体勢っい"っ"、息がぐるじぃ"っ」


「はは、おもろ」


「面白くないからね?!そんな雑にじゃなくて優しく抱き抱えてあげなよ?!」


 そう言われて亮仙は笑いながらもお姫様抱っこに変えて重國の案内の元、池の在る場所へと走って向かった。

 三人の去った廃寺は本殿・拝殿・参道・木々、全てにおいて悲惨な程に荒れきっていた。


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