第三話…廃寺に住み着く剣士


「――伊那郡いなぐん貰おか」


「ッ!」


 ニヤニヤとした不敵で掴みどころの無い笑みを浮かべながらそう発言した亮仙りょうせんに対して、劜呉えちごは目を大きく見開いて驚きを見せる。

 だが次の瞬間には――


「それは詰まるところ戦でござるな!高遠たかとお氏は戦国強者の一人、敵にとって不足はありませぬ!さぁ殺りましょう!斬って斬って斬り伏せましょう!」


 と、寧ろやる気満々な姿勢を見せた。

 この世界の現時点、1542年に於いて信濃国しなののくに・伊那郡を掌握している人物は高遠氏だ。

 高遠氏は諏訪すわ氏の分家であったがその関係を完全に断絶。この事により当初よりいざこざの有った両者の間柄は紛う事なき敵対関係へとなり、屡々しばしば過激な衝突を繰り返している。


 高遠氏は己の持つ圧倒的武力にて、伊那郡に居た諏訪氏派の者達を処断し自身、高遠頼継たかとおよりつぐに忠義を捧げる者たちだけを残した。

 現在は伊那郡を支配しつつ城の改修に加え、甲斐国かいのくにの支配者である武田信玄たけだしんげん公との同盟を交わしており、遠からず諏訪氏は滅亡へと追い込まれるだろうと噂されいる。


「おーやる気やねぇ。でもええん?僕に着いてきて?多分やけど君の嫌うタイプやで?僕。罪無くても普通に人殺すやろし、村とか町も滅ぼすかもしれんよ?」


「構わぬとも!優先すべきは友でござるからな!それにそれがしも罪無き者を殺める事はあるのでござるし」


「君みたいな子が?想像つかへんなぁ」


 亮仙が劜呉に対して抱いた第一印象的には、罪の無い者を傷付けず、力の無い弱者を傷付ける者は決して許さ無い。

 死んだ村人を獣に食い荒らされぬようにと火葬しもしていた事から、そういった印象を抱いていた。


「そうでござるか?某は単に、戦えぬ者に興味が無いだけ。あのような置物を幾ら斬ろうとも楽しくないではござらぬか?」


「あない供養しとったのに?」


「それは母上がそうした方が良い人物に見えるから、と教えられたが故そうしているだけでござるよ」


「聡明なお人やねぇ。一回会ってみたいわぁ」


「いやぁーそれ程でもないでござるよ〜。ですが残念な事に母上似合うのは難しかと…何せ母父共に某が斬ってしまった故」


「まじか」


 頭をかきながら緩んだ笑みでぶっ飛んだ発言をした事に亮仙は、シンプルに驚いた声を上げた。


「なんでそないな事したん?ええ親御さんやのに」


 亮仙は単純な疑問を劜呉へと投げ掛けると、緩んだ笑みを崩してそれに答える。


「某の家には弱者に生きる資格無しと言う家訓がありましてな。某、頭の方があまり良くなく齢五になる迄――」


「待った。それ長なる?出来れば一言でええかな?」


「弱かったので斬り伏せたでございる!」


 一言で、と言われた劜呉は右の手をピンと上げ元気よく答えた。それも満面の笑みで。

 見る者からすれば飼い主と子犬のソレだ。亮仙はそんな元気過ぎる劜呉を落ち着かせて手を下ろさせると、1番近い村か町、城が無いかを聞いた。

 どうやら劜呉が言うには大島城と呼ばれる城が近いとの事。


 亮仙らが今居る場所は大島城の東北東側、険しい山々が立ち並ぶ山岳地帯だ。

 史実に於いて大島城は武田信玄の手に渡る以前は本丸のみであったが、この世界線では武田信玄の助言の元大改修が行われ、大島城は現在史実のような構造へと成っている。


「じゃそこから落とそか」


「承知!なのだが、その前に寄りたい所がある在る故…構わないだろうか?」


「かまへんよ。それでどこ行くん?」


「実は某の目的は、此処から暫し南に降った所にある廃寺なのでござる」


 そう言うと、劜呉は元々の目的について話し始める。

 劜呉は両親を斬り殺した後、自身をより鍛える為に武者修行の旅に出た。

 其れから数年、風の噂で信濃国・伊那郡のとある廃寺に腕の経つ剣士が住み着いていると耳にした劜呉は、片っ端から廃寺を回り続け、とうとう伊那郡のとある廃寺に居ると分かりそこへ向かっていたのだ。


「えらい根性あるんやね君…」


「某根性には自信があるでござるよ!とは言えその廃寺を知るまでに十年以上の歳月がかかったでござるがね。と、話しはここまでに参りましょう!」


 声高々に声を上げると、劜呉は目的に向けて歩き始める。




 ▼


 それから暫く、二人は相も変わらず緑の生い茂る山道とも呼べない中を歩き続けていた。

 時刻は夕方。空の殆どがオレンジ色に染まり、猛烈な暑さをもたらしていた日差しと変わり、今は涼やかな風が吹き肌をなでる。


「亮仙殿はゆっくり歩くのでござるな」


「それよう言われるわぁ。僕的には普通なんやけどねぇ」


 と、そんなこんな色々と話をし続けていれば、目的地である廃寺へと到着した。

 ゆっくりと進んで居たからだろうか、最早日の明かりは一切なく、雲の隙間から照らしてくる月と満点の星空だけが薄らと照らしてくる。


 その光に照らされる廃寺は不気味な程静かで、生き物の声すら聞こえてこない。

 元来廃寺などは危険だと言うのが知られていると言うのに、そんな所に住み着く剣士は気が狂っているとしか言いようがない。

 かくいう言い出しっぺである劜呉は傍から見てもわかる程に、怯えている様子を見せている。


「こ、これ…某ら呪われたりしないでござるよな?」


「呪われたらその時やね」


「そんな!某斬れぬものはダメなのでござる!」


「…君今迄よう一人で旅できとったね」


「な、成る可く夜の行動はしなかったもので…うぅ」


「そうなんや」


 それを聞いた亮仙は不敵な笑みを浮かべるや否や崩れ倒れた鳥居を跨ぎ超えて荒れ果てた境内けいだいを一直線に進み、拝殿の扉前に立ち拳を強く握り締めて振り被り――


「どうも僕…黒神亮仙ッ言いますッ!」


 自己紹介を叫ぶと共に扉を馬鹿みたいに思い切り殴り飛ばす。殴り飛ばされた扉は粉々に砕け散りその風圧で木屑と埃が大きく舞った。


「〜〜ッ?!亮仙殿?!何やってるでござるかぁぁあ?!?!ば、ばばば罰が!呪いがぁあ!!」


 その狂った行動を目にした劜呉はこれでもかと焦りの声を荒らげる。


「ははは、僕嫌いやねん。神様」


「だがらと言って壊すのはまずいのでは?!」


「大丈夫やて。こんなんで呪わ――ッ」


 刹那、亮仙は首筋に氷が触れたような冷たさの悪寒が駆け抜ける。

 それを察した亮仙が直ぐさま左側へと体を背けたその直後、目で追えぬ程の速度で刃が振り下ろされた。


「あっぶ」


 亮仙は冷や汗を浮かばせながらもギリギリでその刃を避ける。


「亮仙どッ――」


「阿呆しゃがめぇえやッ!」


「ッ!」


 亮仙の叫び声を聞いた劜呉は言う通り瞬時にその場にしゃがみこんだや否や、劜呉の頭上を鈍色の刃が通り抜ける。


(ッ!異能解放ッ:詩記色式火シキショクシキビ!)

「真・爲蔭なるかげ流抜刀術!炎尾えんび!」


「!」


 動揺しながらも劜呉は異能を解放すると、それに続けて己の作りあげた抜刀術を放つ。

 抜刀された刃は真っ赤な炎を纏い蛇の尾のように伸びると、拝殿・本殿・周囲の木々を一瞬にして炭化させ粉々に吹き飛ばす。

 辺り一面は轟々と燃え盛り石畳の参道すら焦がし崩している。


「――ふぅ」


 劜呉は軽く深呼吸をすると刀を下段に構えて体勢を立て直す。


(斬った感触が無かった…避けられたか)


 どうやら今の攻撃では斬りかかって来た正体不明の敵には当てられておらず、未だ何処かに潜んでいるかもしれない。


「亮仙殿!ご無事でござるか?!」


「ちょい熱かったけど無傷や」


 劜呉が駆けより心配するが、亮仙は劜呉が異能を解放するのを察して砂を纏いそれを防いでいた。


「それにしてもおっさん、何者やの?」


 何も無い暗がりの続く林の奥に向けて、亮仙はそう言い放つ。


「おたくらこそ何者だい?いきなり家の戸を吹き飛ばす阿呆と、家丸ごと消し炭にした間抜け。狂人二人が来る場所じゃないんだがね」


 林の中から現れたのは、真っ当な事を呟くボサボサの髪に無精髭ぶしょうひげの男であった。


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