第二話…男?女?の剣士と出会う


 彼、黒神亮仙くろがみりょうせんが神に願い送られし地は異能の存在する戦国の世。

 死と隣り合わせの世界に降り立った彼が最初に目にしたものは戦場ではなく村、でもなく人でもなければ生き物でもない深い森に生える木々であった。


「…頭痛なってくるなぁ」


 亮仙は右の手で額に手を軽く当てる。

 四方八方どこもかしこも自然だけ。はっきり言って森が深すぎる所為か動物の気配すらも感じられない。

 地面を見れば辛うじて虫がいる程度。このままでは最悪この森で力尽きて自然の肥やしとなってしまう。


「まぁ都合はええか。爺様からもろた異能試しとかないけんしな」


 一先ず心を切り替えて、自身を殺した神から受け取った異能を試す事にする。

 流石に異能を貰ったからと言ってそう易々と身体の一部の様に扱うのは難しい。とは言え今の肉体は姿形は変わらずとも、神が一から作り上げたもの。

 総合的な身体機能も然る事ながら、異能も多少その肉体に順応し易く作られている。


 亮仙は周囲にそびえる無数の木々の中の一本に近付き、右手の指先で軽く触れる。


「“異能解放―砂穣開闢サジョウカイビャク”」


 すると力強く生えていた巨木は途端に“砂”へと変わり果てる。それは地面深く張っていた木の根さえも同じように変えてしまう程に。


 だがそれでは終わらず、亮仙が軽く手を動かすと砂は瞬時に形を変えた。

 直径は約30cm程、尖端は矢のように鋭く尖っている。その見た目は正しく触手その物だ。

 もう一度手を動かすと、砂の触手は瞬き以上の速度を持って生え並ぶ木々に穴を開ける。

 砂の触手が伸びた距離は10m近く、巨木に空いた穴はまるで空間ごと抉ったかのように空いていた。


「こんなんもろたら余裕で死んでまうわ」


 次に亮仙は地面へと手を当てると、先程と同じように異能を行使する。結果、自身を中心とした周囲200m、生物を除いた木々や雑草に岩が瞬時に砂へと変わる。

 その光景を目体感した亮仙は、額に小さな冷や汗を浮かべる。


「ぁぁこら思たよりもやばいなあ…ちょい怖なってきたわ。それに砂一粒一粒が馬鹿みたいに振動しとるやないの…木があない綺麗に抉られたんわこれが要因か」


 そう考えた亮仙は目に見えないレベルの細かい砂を自身の掌にま問わせると、周りの砂をどかして無事な木へと触れる。

 直後、触れられた箇所がバキバキと音をたて激しく削られて行く。


「ははっ、ちょーおもろいやん!これもうちょい強くできひんのかな?」


 亮仙は好奇心から試しに感覚で砂の振動数をあげてみる。

 それが上手く行ったのか、木の削られる速度が何倍にも膨れ上がり瞬く間に木が削られそれに耐えられなくなった木は木屑きくずと砂を激しく舞わせながら倒れる。


「ほんま最高やなぁ。砂に変えられる範囲もまだまだ余裕そうやし、この世界にして正解やったわぁ」


 亮仙がこの戦国の世に転生した目的は天下統一では無い。

 この男がこれ程まで危険な世界に転生した理由は単純に強者が、果てぬ迄広がる戦乱が、飽きの来ない日々の続く時代であるが故に選んだのだ。

 だからこそ亮仙にとって天下とは単なるトロフィー、称号程度のものでしかないのだ。


「さーて、人里探そか」




 ▼


 汚物と血肉が混ざり腐った臭い、火に焼かれる臭いが鼻を酷く刺激する。村の各所から黒煙が赤い炎から立ち昇る。

 この時代であればどこにでもある小さな村――だったもの。きっと平和だったであろう村の面影は今や残っていない。


「えらい有様やなぁ…これ君とソレ、どっちがやったん?」


 そう誰かに言葉を投げかける亮仙の眼前には、地面にうつ伏せで倒れる3mはあろう巨漢を前に、血の滴る刀を手に握る男とも女とも見える剣士が立っていた。

 背は160半ば、黒色の和装で身を包み、一振の方なを持ち長い黒髪を一つ結びにまとめ、ただ何処までも黒い瞳をしながらたたずんでいた。


それがしはこの不届き者を斬り伏せたのみ、火は獣が亡骸なきがらを食い荒らさぬように弔いと共に某が放った」


「へぇ君、優しぃ子なんやねぇ。今時珍しいんと違う?君みたいな子」


「戦乱広がる世であろうとも罪無き者は人として弔う。某はそう決めている故」


 その外見通り中性的な声でそう言う剣士は、刀に付いた血を振り払うと、残った血を目の前に倒れふした男の服で拭うと鞘へと刀身を収める。


「それにしても貴殿、何者でござるか?ここらは貴殿程の者が訪れるような場所では無いが…」


「そうなん?僕迷子やねん。やから此処が何処かも分からんのよ」


 嘘である。この男単に、遠くから見えた黒煙を戦か何かと勘違いして意気揚々と全力疾走をしたら全くの別で少し焦った馬鹿な不埒者である。


「そうでござったか…それは災難この上ない」


 だがそんな事は露知らず、巨漢を斬り伏せた剣士は軽く笑を浮かべ亮仙へと真っ直ぐ向き直る。

 すると先程まで色の無かった瞳に光を灯し、亮仙に対して名乗りをあげる。


「某の名は“爲蔭劜呉なるかげえちご”と申す、単なる浪人でございまするよ」


「へぇ、ええ名前やねぇ。僕の名前は黒神亮仙くろがみりょうせん、どうぞ宜しゅうね。出来れば仲良うしてくれると嬉しいわ」


「っ!そっ、それはつまり友という事か?!某今迄そのような者は居なかった故!良く分からぬでござるがきっとそうなのであろう?!」


 亮仙の仲良くしてくれと言う発言に対して、劜呉は物凄い勢いで詰め寄り激しく口走る。


(なんで今ので友達なるんかは分からんけど…断ったらめんどそうやしそう言う事にしとこー)

「うん友達友達」


「〜〜〜ッ!や、やりました!母上!父上!この劜呉!初の友が出来ました!」


 その言葉に劜呉は満面の笑みを浮かべて目をキラキラと輝かせるながら、血の染み込んだ地面を駆け走り時折飛び跳ねたりし始める。

 一通り満足したのか、劜呉は亮仙の元に犬のように駆け寄ってくる。


「それで亮仙殿!この先はどうするのでござるか?」


「その前に此処が何処か僕わからんのやけど、君分かる?」


「当然!今我々が居るのは信濃国しなののくにの一つ、伊那郡いなぐんでござる」


「信濃て確か甲斐かいのお隣さんよな?武田たけだは生きとるん?」

(多少の地名と武将は知っとるけどどの期間生きとったんかは分からんからなぁ)


 実の所、亮仙は戦国の世に転生を望んで起きながらあまり歴史に関して詳しくはない。

 有名どころの武将は把握しているが生誕から享年、細かな歴史は知らないし、国は分かってもその中にある地域やしろの名前までは分からない。


「甲斐の武田であれば生きてるでござるよ。それはそれは元気一杯と風の声で何度か耳にしましたからな!」


「そらよかったわぁ。甲斐の虎さんには1回おうてみたいんよねー」

(この世界と元いたとこの歴史とじゃ全く違ごうてくるからなぁ。もしかして死んどるかも心配しとったけど、生きてて何りよりやわ)


 当然この男の言う会いたいは仲良くなりたいからと言う意味ではなく、戦場で真正面から殴り合いたいと意味である。


「では甲斐を目指すでござるか?戦の際に志願して首を上げれば会えるかもでござるよ?」


「そうやねぇ。でもそれやとつまらんから――伊那郡貰おか」


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