第17話 七夕に願わなくても
「意外とバレないもんでしょ?」
「……まあ、それは……そうなんだけど……」
「んふふ~。菜由~~」
真昼間。
クーラーの効いた部屋で二人とも素っ裸のまま、ゴロゴロと私に抱き着いて来た光ちゃんの頭を撫でる。
大学は夏休みに入り、引っ越しに伴って前までやっていたバイトも辞めたため、ここの所は毎日のようにこうして光ちゃんとだらけた生活を送っていた。
起きたのはついさっきで、夜遅くまで……その、思い切り乱れていたため、体の至る所がバキバキで特に腰が痛い。でも、こうして光ちゃんと素肌を合わせてくっついているだけで幸せで痛みも疲れも全部どうでもよく感じてしまうから人って不思議だ。
「でも私は心配だよ。いつ光ちゃんがアリナってバレるか分かんないし。ただでさえ光ちゃんは美人でスタイルも良くてオーラあるし」
「ふふ~。もっと褒めて~~~ん~」
褒めてと言いながら唇を自分ので塞いでくる光ちゃん。
光ちゃんと同棲し初めてから十日くらい経つけど、普通に光ちゃんはマスク無しで外出するし、突然往来で鼻歌を歌いだしたりするのに、意外とアリナってバレていない。
私も最初はなんでバレないんだ?と思っていたけど、よくよく考えたらアリナと光ちゃんって私が初めて見た時全くの別人って印象を受けたし、他の人も同じように感じているのかもと言う結論に至った。
それとも、気付いていながら私との関係に気付いて黙ってくれているのか。どちらが正解なのかは分からないけど、まあ、大騒ぎにならないのならどっちでもいい。
「ねえ菜由」
「うん?」
「好き」
「……知ってる」
「また、私なんかが光ちゃんの婚約相手なんて……みたいなこと考えてたら、何も考えられなくなるまで抱き潰すからね?」
「……………散々分からされましたので、二度と考えません」
「私に抱かれたくないってこと?」
「強制二択でハズレしか用意してないのやめてください光さん」
「んふふ~、冗談。卑屈な菜由も好きだし、抱きたい時に抱きまくるからどっちも正解だよー」
なんて言いながら光ちゃんにお腹を撫でられるとすぐに抱かれる準備を始めてしまう私はきっと、生粋のネコなんだろうなと思う。
「ん……そういえば、最後のライブでファンたちに向けて『またなー』って言ってたけど、んぅ……あれってさ、またアリナとして活動するかもしれないってこと…?」
ずっと気になっていたことを尋ねると、一瞬光ちゃんは驚いたような顔をしてからすぐに心底嬉しそうな表情を浮かべて私の頬にキスを落とした。
「流石菜由!流石AriNaオタク!!……ま、しばらくは――菜由が夏休み終わるまではこうやってまったりする予定だけどさ。菜由が大学とかバイト行き始めたら私家だと暇じゃん?菜由いないと虚無だし、配信活動でもしようかなーと思ってさ」
「配信!?アリナとして!?」
「うん。知り合いに配信業に詳しい人いるし、その人に聞きながら最近ちょっとずつ準備進めてるんだ。『アリナ』として活動するかは分からないけど、今の所歌ってみたしたり、オリジナル曲上げたりする予定かな」
「えぇ!?!?やばっ!!めちゃくちゃ大ニュースだよそれっ!!!!絶対速攻チャンネル登録してメンバー入ってスパチャ送りまくって配信全部追うね!!!!!」
「ふふ。うれしーけどスパチャはやめてよー。それより私、デート連れて行ってくれる方が嬉しいよ。ま、嫌ってわけじゃないんだけどさ。バイト代全部使わないでね?」
「あ、当たり前じゃ、な、ないですかぁ」
図星をつかれて焦る私。
「って言うか……さ。一緒に配信しちゃう?」
「え」
「多分みんな受け入れてくれると思うよ?菜由が婚約者って発表しても。批判する人は、そりゃいるだろうけど、そういう人って何してても言ってくる人だろうし、私がちゃんとメンタルケアしてあげる」
「一緒に……配信……」
「すぐに決めなくていいよ。まだ時間あるし。何なら活動始めてしばらく経ってからでもいいしさ」
きっと、どういう形で光ちゃんが活動を始めても、すぐに人が集まってしまうだろう。
そして多分、どんなにアリナって名前を伏せてもいずれはバレる。
私が出演したら、絶対に私が婚約者だってことも。
「そうだ、そういえばまだお昼食べてないよね?今日は何を食べ―――」
「やる」
「――へ?」
立ち上がった光ちゃんの手を強く握って、引き留める。
「私も……一緒に配信したい」
きょとんとした顔で、しかし、ぷるぷると情けなく震える私の手をしっかりと両手で包んで、柔らかいお胸に引き寄せてくれる。
「………無理、しなくてもいいんだよ?菜由のペースで。やるって言ってくれるだけで私は嬉しいんだよ?」
「ううん。絶対やる。だって、光ちゃんは十年間も私のために頑張ってくれたんでしょ?私が何も考えないでオタクしてる間、ずっと」
「で、でもそれは……菜由が何も聞かされてなかったからで……何も考えてないなんてことは……」
光ちゃんの言葉に首を振る。
「だから今度は、光ちゃんと頑張りたい!!今はただの大学生で一般オタクな私だけど、光ちゃんと肩を並べられるくらい輝いて、胸張って光ちゃんの婚約者だって……光ちゃんを守れるくらい大きくなりたいんだよっ!!」
私はまだ、カッコよく私に会いに来た
何もしないで、ただ甘やかされて愛されるヒモ姫なんて嫌だから。
「だって、私と光ちゃん、二人合わせて『Ari』『Na』、なんでしょ?」
大きく目を見開いて、やがて涙を流し始めた光ちゃんの腕を引き寄せ、その柔らかい体を抱き締める。
どちらからともなく唇を重ねて、深く、深く交わる。
甘く痺れるような快感に溺れながら、私は決意した。
ちゃんとなるよ、七夕に願わなくても。
あなただけの、織姫に。
――Fin.
七夕の日に十年前に海外へ行ってしまった初恋の女の子が会いに来た話 甘照 @ama-teras
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