第16話 ヘラったりしてない?

 ライブ最終日。


 今日が終われば、形式上はAriNaの完全な解散となる。

 しかし解散した日から光ちゃんと暮らせると言うわけではなく、もう一度アメリカに戻ってやることやらなければならないらしい。


 七月七日の七夕ライブ。


 光ちゃんが十年振りにうちへ転がり込んできてから丸一年が経った。


 毎日のようにスマホ越しに話しているし、ライブで姿も見ているけど、ちゃんと会って、触れて、話してはいない。AriNaの生ライブは死ぬほど嬉しいのに、焦らされまくった体が火を噴いたように光ちゃんの温もりを求めてしまっている。


 なまじ光ちゃんとの二人きりの生活が目の前まで見えてきたせいで、余計に体が求めるようになってしまった。最近光ちゃんと通話を繋ぎながらこっそり自分で慰めているのは許して欲しい。


 流石にライブも四回目ともなると少し慣れてきて、やっとアリナだけじゃなくて他のメンバーたちの顔や表情も見ることが出来るようになっていた。


 ギター、ベース、ドラム、キーボード、ヴァイオリン、トライアングルなどなど。


 楽器には詳しくないからあまり分からないけど、メンバー全員が持てる技術や熱量を全てアリナを引き立たせるために使っているように見えた。

 そしてアリナはそれらを全て背負って、それでも尚潰れない精神力と、圧倒的な歌唱力とカリスマ性によって観客たちを惹き付ける。


 ライブはあっという間にアンコールの『飴玉』まで歌い切り、今まで通りならアリナが一言二言言って幕が閉じていたのだが、最終日の今日は少し様子が違った。


『あーあー。みんな、今日はAriNa最後のライブに来てくれて本当にありがとー!!』


 アリナがそう言うと、会場がワッと沸く。


『最後の最後に伝えたいことがあって、ちょっとだけ時間もらうね。うん、AriNa解散の理由って、みんな知ってる?』


 観客たちは一斉にどよめきだす。


 そして私は、何となく嫌な予感がして冷や汗を垂らしていた。


『端的に言うと……ま、私のせい。十年間ずっと好きだった人と婚約して同棲するから、そっち優先したいんだ。だから君たちのことも好きだけど、婚約者ちゃん優先するからガチ恋は禁止ってことで。うん、それじゃ、またなー』


 口をポカンと開ける観客たちにアリナは軽く手を振って、「あちゃー」と言う表情で額に手を当てているメンバーたちにいたずらっ子のような笑みを浮かべたのを最後に、会場は暗転した。


 案の定、観客たちは揃っててんやわんやと言った様子で、スタッフや警備員が落ち着かせるように誘導しても会場からはしばらくどよめきが収まらなかった。




 大波乱だったラストライブが終わり、AriNaは解散した。


 解散したこともそうだが、アリナが最後に残した爆弾発言も含めて、当然のように連日様々なメディアに取り上げられていた。


 ネットでも騒然と言った様子で、当然反転アンチだったり過激で攻撃的なコメントをしている人もいたが、私が思っていたよりも好意的なものが多かった。


 そもそもアリナの作る曲自体が明らかに誰か特別な一人に向けて書かれたような歌詞であり、彼女の言っていた『婚約者』の相手がAriNaが最初に公開した楽曲である『初恋』の相手なんじゃないかと考察した呟きがバズりにバズる。


 加えてAriNaの曲の歌詞から、アリナは子供の頃に幼馴染みに恋をし、一度離れ離れになったが十年間恋心を抱き続け、ようやくその恋が実を結んだのではないか、と言う大正解な考察まで展開されたことで、私と光ちゃんアリナの関係を応援してくれる意見がすごく増えた。


 それ自体はむず痒くもあり喜ばしいことなんだけど、そういう声が大きくなれば大きくなるほど、その相手が私であることに自信がなくなってくる。


 片や元人気バンドのリーダーであり、アイドルのような容姿とカリスマ性を併せ持ち、圧倒的な財力と家庭力も兼ね備えるウルトラハイブリッド超人で、片やただの冴えないオタク大学生。


「この……差っっっ!!」


 頭を抱えたくもなります。


 ネットを覗いてみましょう。



『アリナの婚約相手ってさ、もしかしてあのプロ野球選手の〇〇じゃね???年俸ヤバすぎ人生勝ち組やんけ』


『いやいや、十中八九アイドルだろ。売れてるアイドル。それか韓流のイケメン俳優。十年間一途だったとか言ってるけど、どうせ顔だろ?女なんてそんなもん』


『アリナは今俺の隣で寝てるよ』


『↑4ね』



「めちゃくちゃ一般女子大学生のフツメンなんですぅぅぅ~~~………」


 いや、もちろんネットの彼らも本気で言ってないのは分かってる。

 私も第三者視点でアリナが婚約したって聞いたら同じようなこと思っちゃうだろうし。


「でも………あうぅぅ」


 なんて一人で唸っていたら、突然スマホに通知が着て慌てて画面を開く。


『もうすぐ家出るねー!!準備できてる?またベッドに寝そべってヘラったりしてない?』


「………なんでバレてるし」


 そういえば、今私がいるのは実家だったりする。少し前に以前住んでいた賃貸は、二人で暮らすには少し狭いと言う理由で解約し、もう少し広い賃貸を新たに契約した。


 情けないことにお金は光ちゃん持ち。しかも私の両親が半分払うと言う申し出を断ったらしい。


 なんでも、私との生活費は全部自分で出したいそうだ。


 愛されていると嬉しい反面、なんにもできない自分が悔しかった。




 外出の準備を済ませて、家を出る。


 待ち合わせの場所には既に、明らかに周囲とオーラの違う人物が柱に寄りかかっていて、めちゃくちゃ注目を集めていた。


 袖の広い白シャツにハイウェストのベージュショートパンツにと言う、割とよく見るコーデな上にマスクも着けているのに、どうして彼女が着ると誰よりも魅力的に見えてしまうんだろう。


 微妙な顔をしながらスマホを覗いていたのに、何故か突然顔を上げて周囲を見渡し、私の顔を見つけるなり大きく手を振りながら立ち尽くしている私の方へと駆け寄ってくる。


「菜由ーーーーーー!!!!」


「ぐはっ」


 勢いよく体当たりされて、そのまま胸にぐりぐりと額を擦り付けられる。


 そのまま光ちゃんはマスクを外して私の頬を掴み、ぐぐっと顔を近付け、道のど真ん中で、沢山の人が見ている前で、何の躊躇いもなく唇を重ねて来た。


「ちょっ……ひかっんっ……んぅぅ……やめっ…」


 喋ろうとする度に柔らかい感触に唇を塞がれて、光ちゃんの匂いがいっぱい鼻に入り込んできて、周りに見られてることも忘れてしまうくらい気持ちが良くて、すぐに体を委ねてしまう。


 やがて顔を離され、光ちゃんが捕食者の顔つきで舌なめずりをするのに下半身が反応してしまうのを自覚しつつ、そういえばここが往来のど真ん中で思い切り注目を集めていることを思い出した。


「ひっ、光ちゃんっ!!こっち行くよ!!」


「ふふっ。うん」


 焦っている私を楽しむような表情を浮かべている小悪魔の腕を掴んで、その日は真っ暗になるまで二人きりで初めての外出デートを楽しんだ。

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