第15話 AriNaです

「菜由っち、AriNaのメンバーは顔出しすると思うかね?」


「ん~~~……紗友里さゆりさんの見解は?」


「あたしは断然『しない』派だね。あたしが思うに、他のメンバーはともかくアリナは顔出しすることを特に嫌がっている。だからアリナは十中八九お面とか仮面やらサングラスやら付けるはずで、他のメンバーもアリナがそういう格好しても不自然じゃないよう同じように顔を隠すと思うから、『しない』に一票。はい、じゃあ菜由っちのターン」


「……顔出しかぁ」


 私も、アリナは顔出しをしないと思う。


 でも、それは限りなく顔出しをして欲しくないと言う願望からくる『しない』であって、私だけが――AriNaのメンバーも光ちゃんの家族も知ってるんだけど――アリナの素顔を知っていると言う優越感、独占欲の産物であって、光ちゃんがどう考えてるのかは正直分からない。


 いや寧ろ、光ちゃんの性格を考えると………


「出しちゃいそうだなぁ」


「ふっ、何それ。なんか言い方やらしくね?」


「脳内ピンク魔神め」


 なんて、AriNaのライブ会場のお手洗いでオタク友達の石上いしがみ紗友里さんと他愛無い会話を交わす。


 座席に戻ると辺りはざわざわとしていてうるさい。


 光ちゃんは座席全然売れなかったらどうしよ~!!とか言っていたけど、見た感じ空いている席は全然ない。って言うか、売れてなかったら私の応募は全十五公演分当選していたわけで、AriNaが人気で嬉しい反面、ファンクラブバフ&紗友里さんの当選分を含めても五つしか当たらなかったのが非常に悔しい。


 でも一番見たかった初っ端と最後のライブが当たったから、そこは本当に良かった。


『応援してます!!!!!!』


 最後にそれだけアリナへ送って、スマホの電源を落とした。


 光ちゃんとはほぼ毎日のように連絡を取っているけど、アリナの活動に関してはあまり話していない。だから今回のライブでどういう演出があって、顔出しをするのかしないのかとかの情報は一切知らない。聞けば教えてくれると思うけど、そこは婚約者である前に一ファンとして抜け駆けしてはいけないと思い、自制している。


 だから、アリナが素顔を晒すのかは分からない。


 本心では出して欲しくない。


 アリナの顔出しなんて絶対大騒ぎになるだろうし、ただでさえアリナは顔がいいから、現時点で既に多いガチ恋勢がもっと増えてしまう。


 それは何というか、すごくモヤモヤする。


 きっと私が一言『顔は出さないで』と言えば、光ちゃんは絶対に出さない。


 出来れば出して欲しくない。


 でもそれを本人に言うのは違う


 ずっと話してて分かった。


 光ちゃんは心からAriNaが好きなのだと。


 好きだから、AriNaのことが大好きなファンたちに真正面から向き合うに決まってる。


 わざわざこんな大舞台で姿を曝すのに、彼女が顔だけ隠すなんてことはありえない、そんなアリナは解釈違いだ。


 だからきっと―――


「始まるぜ、菜由っち」


 放心していた私の肩を、隣の席に座っている紗友里さんが叩く。眼鏡を掛けた短めのポニーテールで、一見クールビューティーなオタクOL(独り身)。


 彼女の家には通い妻に来ている同僚の女性がいるらしく、毎日のようにキスやらハグやらする関係なのに恋人ではないらしい。どういうこっちゃねんって感じだけど、そんなよく分からない紗友里さんはしかし、こういう時安心感がある。


 アリナと私が知り合いだとか、婚約者だとか全く教えていないのに、彼女の眼鏡の奥に光る瞳は真っすぐに私を心配してくれている。


 流石大人だなあと思いつつ、「ありがと」と、恐らく周囲の騒音にかき消されて届かないであろうお礼を言ってから、舞台の方へと目を向ける。


 大丈夫だよ、私。


 私は真っすぐ前を向いて、いつも通りAriNaを見ていればいい。


 会場全体が暗闇に落ちて、さっきまで少し騒がしかった声や音がシンと鳴り止む。


 静寂を照らす白いスポットライトが点灯し、いくつもの光がステージに向かって集まっていく。


 白い光たちはその中央にいる人物を星型に照らし出す。


『みんな、来てくれてありがとう』


 たったの一言、アリナがそう言っただけで地響きのような歓声が鳴り響く。


 当たり前だ。だって、あのアリナの初顔出しなんだから。


 特に名乗った訳でもなく、声も歌っている時と少し違うのに、会場の誰もが彼女こそがアリナなのだと直感的に察していた。


 美人で、カッコよくて、オーラがあって、声も存在感も、全てが彼女をアリナたらしめていた。


 ヤバ……アリナの顔見るの初めてじゃないのに、感動し過ぎて泣きそう。


 ふと隣を見ると、紗友里さんが驚いたような顔で私の方を見ていた。


「あの顔……菜由っちが作ったフィギュアの……」


 そう言いかけて、小さく首を振り、またステージの方へと目を向けて、周りと同じように歓声を上げる。


 自作のフィギュアがアリナに似ていたのは本当にただの偶然なんだけど、多分紗友里さんに与えてしまった誤解は結果的には全くの事実で、何となく笑ってしまう。


 小さく笑ったら何だか少し肩の力が抜けた。改めてステージの方を見れば、アリナと目が合った――ような気がした。


 その後アリナは短く観客たちを盛り上げる文句を言ってから、メンバーたちの演奏に合わせてAriNaが初めて世界へ発信した曲である『初恋』を歌い始めた。


 そこからアリナが進行をしながらリリース順で特に人気の高かった曲を中心に、数曲新曲を織り交ぜながら、最後は『再会』、アンコールの『飴玉』で締めくくられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る