第14話 愛しちゃうに決まってるじゃん
「えぇ!?AriNaが生ライブ!?しかも日本で全国ツアー!?!?」
光ちゃんがアメリカへ戻ってしまってから約半年。
早朝に起きて何となくパソコンでAriNaの公式サイトを覗いたらそんなびっくり仰天告知がされていた。
昨日はバイトで疲れていて、光ちゃんも忙しいようだったから、ネットも見ずにアルバム流しながら早めに寝てしまった。よりにもよってなんでその日に限ってこんな特大ニュースがあるのか。
既にネットはお祭り状態で『AriNaメンバー初顔出し!?』とか『あまりにも規模がデカすぎる卒業ライブ』とか、よく見る芸能人までもが呟きまくっていた。
AriNaのオタク友達からもメッセージが100件以上届いていて――まあ、これは一旦置いておこう。
「スマホどこっ!?」
早く光ちゃんと喋りたい。
今すぐに一言、伝えたいことがあるから。
無惨にソファの足元に投げ捨てられているスマホを拾い上げ、すぐさま『アリナ』に電話を掛ける。こっちだと早朝だけど、多分時差的に向こうは丁度いい時間帯のはず。
数コール後に『ブツッ』と電話に出た電子音が鳴った瞬間、私は声の限り叫んだ。
「おめでとおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
『わっ!?びっっっくりしたぁ!!』
困惑したような光ちゃんの声が聞こえたけど、そんなの関係ない。
「すごいよ光ちゃん!!公式見た!!全国ツアー!生ライブ!!全五都市の十五公演!!!!マジめちゃヤバ!!もうほんっと神!!絶対全部行きます!!グッズも全部買うし一生推しです!!!」
『あー!!そっか!!昨日の夜にライブの告知出たのか!!最近忙しすぎてその辺把握できてなかった!!』
「そ、そうだよね!!もうすぐライブあるんだから今めっちゃ忙しいよねごめんね急に電話掛けて伝えたいこと伝えられたからもう切る――」
『わー!!!待って待って!!切らないで!!今は大丈夫だから!!私も菜由と話したい!!菜由の声聞かないと菜由成分が不足して私死んじゃうからっ!!』
「そ、そう……?」
『そうだよ!!って言うかライブ全部行くってホントに!?』
「うん!!初投稿から追ってる最古参を代表して全十五公演全部回ります」
『席どこまで埋まるかまだ分からないんだけど、菜由の予約取れなかったら嫌だし特別シート用意するよ?』
「うっ……ぐぐっ………と、特別シート……ひじょ~~~に甘美な響きだけど、大丈夫!!どれだけ倍率高くても全部勝ち取ってみせる!!!ありあまるこの光ちゃんとAriNaへの愛のパワーで!!」
『う、うん……』
菜由の真っすぐな言葉に頬を染める光。
『ふふ……ねえ、覚えてる?私がアメリカに発つ直前に、菜由が口移しで飴玉くれたの』
「……ん?」
『やっぱり覚えてない?あーあ、あの出来事があったから私、もっと積極的になろうって色々がんばったのにな~』
「えっ、えぇっ!?ホントの話!?私、そんなことしたっけ!?」
『したよ。私、大分経ってからあの意味が分かって数日間悶えてたんだよ?その……思い出して…自分でシたりも……』
「ま、待って待って!?ほんっとーに覚えてない!!それ本当に私!?」
『私のファーストキスもファーストディープキスも奪っておいて少しも覚えてないなんて、菜由さいてー』
ヤバい。光ちゃんの『さいてー』ボイスは正直耳が幸せで録音したいくらいなんだけど、そんな変態思考は一旦置いといて、本当に1mmも覚えてない。
別に頭を強く打って記憶喪失になったとかでは断じてないし、あの頃の自分が何考えてるか分からない不思議ちゃんって感じだったのも、光ちゃんと学校でせんべいを毎日のように食べてたのも覚えてる。なのに、何でか光ちゃんが引っ越ししていった日の記憶だけ朧げなんだよな……。
でも確かあの日、なんかお母さんに怒られたような――
「あ゛っ!!思い出した!!確かあの時私すごい熱があったみたいで、家で安静にしてるようにって言われてたんだけど、こっそり抜け出して光ちゃんに会いに行ったんだよ確か!!だから覚えてないのかも!」
『え!?そうだったの!?そ、そういえば、菜由のお母さんがすごい申し訳なさそうな顔してなんか言ってたような……あれ、菜由が見送りに来れなくなっちゃったことを謝ってたのか……。あの時私、菜由ちゃんを探すことしか頭になかったから全然話聞いてなかった……』
お互いに十年前の謎が解けてスッキリした反面、つまり私は熱で朦朧としたまま光ちゃんの唇を奪ってしまったってことで。
「ごめん光ちゃん!!その時のこと全然覚えてないんだけど、大事なファーストキスをそんな状態で奪っちゃって本当にごめんっ!!許されることじゃないかもしれないけど、ちゃんと責任取って、こ、これから一生大切にするからっ!!!」
最後まで言い切り、どんな罵倒も受け止めようと返答を待っていると、やがてスマホ越しから『ふふ……』と小さな笑い声が聞こえてくる。
『ね、菜由ちゃん』
「は、はいっ!!」
『好き』
「……へ?」
『改めて、ライブがちゃんと終わってバンドが解散したら……』
光ちゃんはそこで一度言葉を止めて、大きく深呼吸をして、はっきりと述べた。
『ずっとあなたの隣で、あなたのかわいい笑顔を見ていたいです。私と一緒に……いてくれますか?』
唐突なプロポーズに一瞬頭の中が真っ白になる。
あ……あれ?さっきまで私が光ちゃんのファーストキスを奪った最低の女で、それに対して光ちゃんが怒ってるって話をしてたんじゃ……?
「そ、そんなの私の方からお願いしたいって言うか、ひ、光ちゃんがいいなら責任取って死ぬまで一緒にいたいけど……その、怒ってないの……?」
『怒る?なんで?理由はどうあれ、私は菜由にファーストキスもファーストディープキスも奪われて嬉しいって話をしたかったんだよ?全然覚えてないことに関してはちょっとムカついてたけど、熱があったのなら仕方ないし、熱が出て記憶にも残らないくらい朦朧としてる中私に会いに来てくれて、思い出の飴玉を口移しでくれて……そんなの、もっと愛しちゃうに決まってるじゃん』
「あ、愛しっ……」
『愛してるよ、菜由。ちゅっ』
「……っ!?」
スマホ越しにリップ音が聞こえて、一瞬で体の温度が急上昇する。
『んふふ、誓いのちゅー。今度会ったら唇がふやけるまでちゅーしようね、菜由』
「………はぃ」
その日は結局、光ちゃんが仕事で抜けるまでの三時間、ひたすらいちゃいちゃだらだらするのだった。
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