第13話 そういうことじゃない

 アメリカに着いてからは色々と忙しすぎて、最初の何日かはあっという間に過ぎてしまった。


 そんな忙しない日々の中でも、一度布団に入ると菜由ちゃんにもう一度会いたい欲が沸き起こり、それは日に日に強くなっていく。


 そんな思いが限界まで達したある日、私はお父さんに言った。


 『菜由が好きです!どうしても結婚がしたいんです!!』と。


 その後の流れは前に話した通りで、私が十年間菜由のことを好きで居続けられたら菜由と婚約できる、という権利を得ることに成功したのです!


 その十年と言う長い長ーい年月の間に、私との将来のために自分磨きをしようと決意する。

 最初はお母さんの家事の手伝いをしたり習い事でスポーツを嗜んだりして、12歳になるくらいには家事はほとんど一人で出来るようになった。


 菜由ちゃんの声を聞いたら会いたい気持ちが溢れすぎて狂ってしまうと思い、散々悩んだけど、婚約が成立するその日まで、菜由ちゃんとは一切連絡を取らないよう自分の胸に誓う。


 それでもたまに会いた過ぎてどうにもならない時は、菜由ちゃんへの想いを全部ノートに書き殴って、それを歌詞に自分の部屋で叫ぶように歌った。大声で歌い過ぎて家族から苦情を受けても、私は歌いまくった。


 そうでもしないと、頭がおかしくなりそうだったから。


 ある時、お父さんの友人が家に遊びに来ていて、静かにするようにと予め念を押されていたけど、その日は特に菜由ちゃんへの想いが止まらない日で、発作のように歌いまくる私。


 案の定勢いよく部屋の扉が開け放たれ、怒られる覚悟をしたが、部屋に入って来たのは知らない男の人だった。


「君!!その歌声すごくいいね!!」


「は?」


 聞けばその人は趣味でバンド活動を行っている人で、メンバーは全員実力派揃いのはずなのにボーカルが不在。探すにしても中々ノリが合って実力のあるボーカルに恵まれず、燻っている最中らしかった。


「是非うちのバンドに入って欲しい!!」


「いや……私まだ12歳だし、歌の勉強とかもしたことないですし……」


「いいんだよそんなの!!サポートはボクがするし、飽きたらやめてくれていいから!!一回メンバーと会って歌声を聞かせてくれないか!?絶対みんな気に入ると思うんだ!!」


「あ……はい」


 物凄い熱量に押し負け、お父さんの知り合いで悪い人じゃないと言うのも分かっていたから、とりあえず彼のバンドメンバーと顔を合わせていつものように歌を聞かせたらみんな口を揃えて言った。


「「「「最高に狂ってていいね!!」」」」


 私の歌も曲も、全部狂ってるらしい。


 今のままだと人に聞かせられるようなものじゃないけど、抑える所は抑えて、爆発力をコントロール出来れば絶対世界を狙えると言われた。

 まあ世界云々に関しては全く信じてなかったけど、どうせ家で歌っても怒られるし、とりあえずやってみることにする。


 私は私が歌いたい曲しか歌いたくなかったから、曲は全部私が作っていいかと聞いたら「是非!」と言われた。

 バンドメンバーが探してくれたそういう道に詳しい人に教わりながら、今まで通り自由に作り始める。


 バンド名も私が決めていいとのことで、私と菜由ちゃんの名前を捩って『AriNa』にした。由来を説明すると皆涙ぐんでいてちょっと恥ずかしかったけど、良い人たちに巡り合えたなと、その時初めて思った。


 顔を露出したくなかったからネット上で活動することになり、最初に『AriNa』名義で投稿した曲は『初恋』。

 菜由ちゃんと出会い、離れ離れになるまでの想いを音楽知識がないなりに綴ったものだったけど、曲名に対して歌詞がエキセントリックだなと、今でもたまに思うことがある。


 で、それがいきなり大ヒットした。


 正直「なんで?」って感じだったけど、このまま頑張れば大金が入るとのことだったので、菜由ちゃんとの将来のためにもう少しだけ続けようと思った。


 どうせだったら、日本にいる菜由ちゃんまで届かせるつもりで歌おう。


 当時の私は『AriNa』と言うバンドを、菜由ちゃんとの将来のためのただの収入源としか思っていなかった。バンドメンバーたちもそれでいいと言ってくれていたけど、少しずつ、活動を続けていく内にAriNa自体を好きになっていく。


 思った以上に人気になってしまって、スポンサーとの契約的にも菜由ちゃんと再会できる来年までに解散することができないと言う話になった。


「アリナ!ほんっっっとに、申し訳ない!!」


 メンバーたちにはすっごく謝られて、無理矢理にでも来年で解散しようか?と言う案まで出た。けど、その時には私もこのバンドが菜由ちゃんの次くらいに好きになっていたし、それは嫌だと言った。


 菜由ちゃんとの生活よりもバンドを優先した自分に、私は自分でびっくりしたのを覚えてる。


 それと同時に、私は自分の菜由ちゃんへの想いを少しだけ疑った。


 だから想いの確認も兼ねて、菜由ちゃんとの婚約が成立する七夕の日には絶対会いたいと思って無理やり日本での仕事を取り付けて帰国し、菜由ちゃんの元に向かった。


 久しぶりに会った瞬間に「好き」が爆発して、その日の内にえっちまで済ませてしまったのは我ながらヤバいなと思いつつ、菜由ちゃんへの想いが少しも衰えていない、寧ろ強くなっていたことに心から安堵した。


 そして、菜由ちゃんがAriNaのことを「好き」と言ってくれたことで、自分の中でモヤモヤしていたものが全て吹き飛ばされる。


 結果として菜由ちゃんとの生活が後回しになってしまっただけで、私は菜由ちゃんのことも、バンドのことも好き。どちらの方が好きとか、そういうことじゃない。


 そして、私の好きなバンドを菜由ちゃんが好きでいてくれている。


 その時私は思った。


 ああ、最初っからこのバンドは、私が菜由と出会うためにあったんだな、と。


 この世で一番大好きな人が好きでいてくれているバンドをちゃんと終わらせたい。


 最高のパフォーマンスで、最高の曲を届けて、その上で菜由ちゃんと一緒に一生を過ごしたい。


 晴れやかな気持ちで。


 だから見ててね、菜由。


 ちゃんと終わらせるから。


 最初で最後、大きな会場での生ライブで。

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