第12話 酸っぱくて甘い味
「な、菜由ちゃん……ちょ、ちょっと近くない…?」
「嫌?」
「嫌……では、ないけど」
「光ちゃん、お口開けて」
「うぅ……あ、あ~~」
自分の部屋で菜由ちゃんと二人、肩をくっつけながら飴玉をあーんされる私。
「美味しい?」
「う、うん!美味しーよ!苺味私好きだし」
「んふふ」
この所、菜由ちゃんはよく笑うようになった。
せんべい以外のお菓子も食べるようになったし、そして何より、菜由ちゃんの方から私にくっついてくるようになった。
学校にいても喋りかけてくるし、休み時間は自分から私の手を引いていつもの所に連れられるし、頻繁に家へ遊びに来る。
こうなることを望んでいたはずなのに、菜由ちゃんに恋愛的な好意を抱いてしまった私にとって、これはあまりにも刺激が強すぎる。
菜由ちゃんの柔らかい色んな所が当たる度に体が熱を持って、笑いかけられるとドキリとする。正直身も心も疲れて大変だけど、菜由ちゃんの隣にいるのが幸せ過ぎて離れられない日々が続いた。
それから一年後。
アメリカへの転勤が決まった。
アメリカへ転勤する旨は菜由ちゃんにも伝えた。
だけど、意味がちゃんと分かってないのか、分かったうえで受け止められないのか、「へー」とだけ返してお菓子を食べていた。
アメリカへ出発するその日まで、菜由ちゃんとは普通に過ごした。
私が胸に抱く恋心は尚も秘められたまま、その日はやってきた。
親たちは朝から忙しそうにしてて、私も何だか心が落ち着かなくて、昨日菜由ちゃんにもらった飴玉やらせんべいをこっそり食べていた。
菜由ちゃんの両親は出発の五分くらい前に来ていたけど、菜由ちゃんの姿は見えなくて探していた。すると何故か背の高い草むらから突然菜由ちゃんの顔が飛び出してきて、ちょいちょいと手招きをされた。
慌てて駆け寄り、一緒に草むらの裏に隠れ、二人対面しながら地面に座り込む。
「な、菜由ちゃん、なんでこんな所に?」
「なんとなく」
最近になってようやく菜由ちゃんの行動が理解できるようになってきたけど、今回ばかりは流石に何がしたいのかさっぱり分からない。
「これ、あげる。車の中で食べて」
せんべいと、その他色んなお菓子の入った袋を渡される。
流石にこんなに食べられないし、お昼前だからお菓子食べるのお父さんに止められるだろうけど、気持ちだけでも胸が熱くなって、菜由ちゃんと離れ離れになる寂しさと悲しさがぶり返してきて、目頭が熱くなる。
「あ……りがと……菜由ちゃん……」
「うん。あと、これも」
「……飴?」
菜由ちゃんは飴玉の個包装をポケットからひとつ取り出した。
さっきの袋の中にも飴は入っていたしどういうことだろうと首を傾げると、菜由ちゃんは袋を破って手のひらに飴玉を転がし、それを自分の口の中に放り込んだ。
「光ちゃん、目、閉じて」
「う、うん」
私にも飴玉くれるのかな?なんて思いながら目を閉じた。
瞼を下ろした暗闇の中、何やらゴソゴソと音が聞こえてきたかと思えば、気配がすぐ眼前まで近付いてくる。
「口、開けて」
言われるままに口を開けるとすぐさま何かで唇を塞がれる。驚きのあまり離れようとするも、頭の後ろを押さえつけられて顔を背けることもできない。
怖くて目も開けられず、訳も分からず泣きそうになっていると、何かぬめりとしたものが口の中に入り込んできて、一緒に丸くて甘いものが舌の上に転がされる。
するとぬめりとしたものが口の中から引き抜かれ、唇を塞いでいたものも、頭の後ろを押さえつけていたものも離れていく。
「おしまい。目、開けていいよ」
怖かったけど、菜由ちゃんの優しい声がそう言ったから、私はゆっくりと目を開いた。すると、少しだけ頬を染めて、呼吸を荒げる菜由ちゃんが目を閉じる前よりも近い所に座っていた。
「おいしい?」
そう聞かれて、口の中に入れられたものを舌でコロコロ転がすと、そこでようやく私は、口の中にあるものが飴玉であることに気付く。
レモンの酸っぱくて甘い味が広がって、すごく美味しかった。
「……おいしい」
「んふ…ふふふ……」
菜由ちゃんは嬉しそうに笑う。
何だかよくわからないけど、菜由ちゃんが笑ってるのが可愛くて私は見惚れていた。
『菜由ちゃんが好き。ずっと一緒にいたい』。
そう言いたいのに、言う勇気が出なかった。
もうすぐアメリカに発って会えなくなってしまうのに、言っても菜由ちゃんを困らせてしまうだけだ。
離れたくない。
好き。
「光ちゃん」
名前を呼ばれ、両手を強く握られる。
気付けば、目の前の大好きな女の子は涙を流していた。
菜由ちゃんが泣いてる所を見るのは、初めてだった。
「……また、会おうね」
声を震わせながら言われた別れの言葉。
私は堰を切ったように菜由ちゃんに抱き着いて大声を上げて泣き叫んだ。泣いて、喚いて、多分、そのまま疲れて眠ってしまったらしい。
気付いたら車の後部座席にいて、隣には誰もいなかった。
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