第11話 なんで私にくれるの?

 一年間、学校の誰よりも近くで菜由ちゃんを見てきて分かったこと。


 彼女は自分の好きなもの以外にあまり興味がない。

 全く興味がないと言うわけではないと思うけど。


 先生に言われてことにはある程度従うし、同級生との団体行動も普通にできる。


 ただ、好きなものせんべいに対する執着が異常な反動か、それ以外に対する執着が全くと言っていいほどない。


 小学二年生に上がり、ちょっと成長した私は子供ながらに考えた。


 「菜由ちゃんが私のことを好きになったら、どうなるんだろう」と。


 私は菜由ちゃんにべったりくっついているけど、菜由ちゃんは私にべったりしていない。呼んだら来てくれるし、体育の時とかのペアは私を優先してくれるけど、わざわざ自分から私と一緒にはいてくれない。


 それは寂しかった。


 他に友達を作ると言う選択肢もあったはずなのに、当時の私はそんなこと少しも考えなかった。


 もしかすると、その時から既に菜由ちゃんに好意があって、ちょっとでも振り向いて欲しいと言う気持ちの表れだったのかもしれない。


「菜由ちゃん、今日は私のお家で遊ばない?」


「んー?」


 いつも通り、人気のない学校の隅でせんべいを食べている菜由ちゃんにお誘いをしてみた。


 菜由ちゃんはばりぼり口を動かしながら、私の顔をガン見してくる。


 その圧に負けじと、私は声を大きくして言った。


「私のお家、いっぱいせんべいあるよ!」


「行く」


 せんべい様様でした。




「菜由ちゃん、せんべい美味しい?」


「うん」


 私の部屋で二人、肩を並べてせんべいを齧る。


 表情は相変わらず何を考えてるのかよく分からないけど、一年間一緒にいて何となく分かるようになってきた。多分、これは喜んでくれている。私の方は一切見てくれないけど、喜んでくれるのなら素直に嬉しい。


 最初は次々と口の中にせんべいが消えていくのが面白いなーくらいにしか思っていなかった。けど、最近はモグモグ口をいっぱいにしながらせんべいを頬張る菜由ちゃんが可愛いと思い始め、せんべいを食べる菜由ちゃんを見るのが密やかなマイブームとなっている。


 この姿を見れただけでも、昨日、近くのスーパーで買い込んで来た甲斐があると言うものだ。


 菜由ちゃんはふとせんべいを齧るのを止めて、私の方に振り向いた。


 そして、じ~~~っと、ただひたすらに見つめてくる。


「な……なに……?」


「これ、光ちゃんが買って来てくれたものでしょ。なんで私にくれるの?」


 私はびっくりした。


 菜由ちゃんの方から私に対して質問を、しかも一度にこんなに喋ってくれるのなんて、一年間一緒に過ごしてきて初めてのことだったから。


「そ、それはっ……」


 菜由ちゃんが私のことを好きになったらどうなるのか気になったから、とは言えず、他の理由を脳をぐるぐる模索する。


「な、菜由ちゃんが、せんべいを美味しそうに食べてるの見るのが面白いから……かなあ」


 嘘じゃなかった。


 すると、珍しく菜由ちゃんが驚いたように目を見開いた。


「私が美味しそうに食べてるって、分かるの?」


「う、うん。何となく、だけど」


「私、他の子に何考えてるか分からないって言われるから、不思議」


「そう、なんだ」


 菜由ちゃんのそういう、悩みのような話を聞いたのはこれが初めてだった。


「これ、食べて」


「んむっ!?」


 また、齧りかけのせんべいを口に押し込まれる。

 菜由ちゃんの食べていた所が少しだけ湿っていて、なんだか、何とも言えない気持ちになる。


 口中に押し込まれたそれを齧ると、醤油と砂糖の染みた甘辛い味がいっぱいに広がっていく。今日買って来たものは特に私が好きなせんべいの味だったから、すごく美味しい。


「おいしい?」


「う、うん!おいしい」


「んふ」


 私が美味しいと言うと、菜由ちゃんはまた満足そうな笑みを浮かべた。


 そして自分も新しく取り出したせんべいを齧り、頬を押さえながら「んふ……んふふふ……ふふ」と一年前、初めて学校の廊下で食べた時みたいな笑い方をした。


 その笑顔に、私もつられて口角が上がってしまう。


 菜由ちゃんはごくりと飲み込み、もう一度私の方を見た。


「光ちゃんと一緒に、好きなものを食べるの、好き」


 その瞬間、世界が一瞬すごく遠いもののように感じて、時の流れがゆっくりになって、血液の流れが速くなったような気がした。


 体が熱くなって、つい最近までちょっと変な子くらいに思っていたのに、目の前の女の子がどんな子よりも可愛く見えた。菜由ちゃんを見ているだけで心が満たされて、はち切れそうになってしまう。


 私は思わず顔を背けて、「そ、そっか!」といい加減な返事をしてしまったけど、私は自分の気持ちを落ち着かせるので精一杯だった。


「んふふ……ふふ」


 その日から私は菜由ちゃんに恋をして、菜由ちゃんも自分の方から私と一緒にいてくれるようになった。

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