七夕SS【幸せの天の川】


「いらっしゃいませぇ~‼ 本日限定‼ 星屑麺、みんな食べてってぇ~‼」


 今日も元気のいいクララさんの声が神殿食堂に木霊する。

 いつもはたくポテやたくあんストレート、たくあんピザなど、さまざまな料理の注文がある神殿食堂だけれど、今日だけは違う。


 お客さんの目の前には、同じメニューがずらり……。

 ガラス皿に盛り付けられているのは、真っ白い絹のような細麺。

 そしてその上には、錦糸卵と刻んだハムと刻んだキュウリ。

 更にその上に乗せてあるのは、黄色い星……ではなく、星形にくりぬいたたくあん。


 東の国の七夕というイベントに便乗して作った七夕限定の素麺【星屑麺】は、私たちの予想をはるかに超えてこぞって注文されている。


「そういえば今日は殿下は? いつもなら朝昼晩特に用もなくても現れるのに今日はまだよね?」

「えぇ。今日は町のはずれまで遠征で……。遅くなるって言ってました」

 街はずれで魔物が出て田畑を荒らしているとの緊急の要請が来て、朝早くから出立した婚約者となったばかりのクロードさん。


 大丈夫かしら?

 怪我とかしてないかしら?

 ……まあ、クロードさんの強さなら大丈夫か。あの強さだもの。


 私が言うと、クララさんが頬に手を当てて悩まし気に息をついた。

「あらぁ……せっかくの恋人たちの日なのに……」

「恋人たちの日?」

 何だそのちょっと気になってしまう響きは。

 東の国は閉鎖国でほとんどの情報が入ってこないというのに、それを熟知しているクララさんにはいつも驚かされる。


「七夕の夜、同じ星空を見上げた恋人たちは幸せになれるっていう言い伝えがあるのよ」

「同じ星空を見上げると……?」

「えぇ。七夕の星はいつもより多く見えてね、さながら天に流れる星の川──天の川のように見えるのよ」

「天の……川……」


 その日はいつもより大盛況で、結局私が仕事から解放されたのは、夜の闇も深まったころだった。


 ***


「天の川、かぁ……」


 良いなぁ……。

 ふいに、そんなことを思ってしまった自分に驚く。

 男性とそんなイベントを過ごしたい、だなんて、これまで特に考えてこなかったというのに。

 そんな風に思うのも、きっと相手がクロードさんだから、なんだろう。


「私も一緒に見たかったな。天の川」

「天の川?」

「ひゃぁっ!?」

 突然後ろから声をかけられて飛び跳ねるように振り返れば、そこには泥だらけの聖騎士服をまとったクロードさんが立っていた。


「く、クロードさん!?」

「あはは、ごめんごめん。今帰ってきたんだ。どうしても早くリゼさんの顔が見たくて、寄っちゃった。会えてよかったよ」


 こんな格好でごめんね、と笑ったクロードさんに、安心がこみあげる。

 顔が見たかった。

 声が聞きたかった。

 自分でも知らないうちに、きっとずっと求めていたんだと思う。


「そうだ、ね、リゼさん。今から少しだけ時間ある? 見せたいものがあるんだ」

「え? えぇ。大丈夫ですよ」

 神殿に帰ってもどうせ寝るだけだ。

 それよりか私ももう少しだけ、クロードさんと一緒にいたい。


 私がうなずくと、クロードさんが嬉しそうに頬を緩ませた。

「ん。じゃあ行こうか」

 そしてクロードさんは私の手を取ると、上機嫌で町のはずれの方へと歩き出した。


 ***


 夜の闇が一層深く辺りを包み込む。

 それでも町を抜けて森に入ったところでクロードさんが聖魔法で辺りを照らしてくれたから、ちっとも怖くはない。

 右手のぬくもりが、大丈夫だと言ってくれているようで、くすぐったくも心強い。


「さ、着いたよ」

「!! すごい……!!」


 立ち止まったその場所は、森の中の開けたところにある湖。

 鏡になったその水面に映し出されているのは、美しく広がる天の川──。

 空を見上げれば、キラキラと輝く星の粒子が流れるように浮かんでいる。


「素敵……とっても綺麗です……!!」

 私が感嘆の声を上げると、クロードさんがくすりと笑った。

「でしょ? 遠征帰りに気づいてさ。リゼさんと一緒に見たいなって」

「クロードさん……」

 一緒に見る相手に、私を思い浮かべてくれたという事実が、ただただ心に沁みる。


 そしてふいに、昼間のクララさんの言葉が脳裏に過る。


『七夕の夜、同じ星空を見上げた恋人たちは幸せになれるっていう言い伝えがあるのよ』


 婚約者、って、恋人、で良いのよね?

 私は隣で同じ空を見上げるクロードさんに視線を移すと、それに気づいたクロードさんの深い海のような綺麗な青い瞳が私を見た。


「ん? どうした?」

「……私、クロードさん、好きです」

「へ!? え、ちょ、まっ……突然!?」

 唐突な私の告白に、いつも飄々としたクロードさんが顔を赤くして取り乱す。

 なんだか可愛い。


「幸せになりましょう。一緒に」

 静かに紡いだ私の言葉に、クロードさんが息を呑む音が聞こえた。


「……うん。一緒に、幸せになろう」


 そして私たちは、夜の闇にヨヅクドリの声が響くまで、ただ静かに空と湖の天の川を見つめ続けた。


 これからも続く幸せに、胸を躍らせながら──。



 END



ーあとがきー


七夕書き下ろしSSいかがでしたでしょうか?

楽しんでいただけましたら何よりです♪

皆様にとって、素敵な七夕になりますように(*'ω'*)


景華

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たくあん聖女のレシピ集「番外編短編集」 景華 @kagehana126

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