エピローグ

レイモンドの学園卒業後、私との離縁はつつがなく行われ、私は旧姓、リシュエンヌ・ルナに戻った。円満離縁するんだし、慰謝料はいらないと断ったけれど、レイモンドに押し切られて、王都に小さな屋敷をもらい、今はそこに住んでいる。中々楽しいものだ。

それと、レティシアとの婚約はしばらくしてからだそうだ。流石に離縁してからすぐに婚約は外聞が悪いらしい。だけど、公爵家の優良物件が突然フリーになったのだ。世の令嬢達は黙ってはいないだろう。さっさと婚約したらいいのに。レティシアにも悪い虫がつくかもしれないし。

あ、でも大丈夫か。レイモンドは私が育てたようなものなのだ。その辺はきっちり教育してある。

(↑人はこれを自問自答という)


そして、今日は学園で同窓パーティだ。懐かしい顔触れが揃っている。ただでさえ私は十年間ほとんど社交界には出ていなかった。だから、アリアドネやイリアなどの友人や仕事で会った人以外には十年ぶりだ。


「リシュエンヌ」

「あら、ごきげんよう。《王妃殿下》、国王陛下。お久しぶりですね」

「そうね、このところお互い忙しかったから」

「あぁ」

「イリアは?」

「あー、さっき辺境伯と食べ物を食べに行ったわ」

「変わらないわね」


最初に声をかけてきたのは、アリアドネと第一王子…ではなく国王だ。本人たちの指示によって挨拶は簡略化されている。二人は、すでに三人の子持ちで、相変わらずのラブラブっぷりで有名である。


「そう言えばそなた、離縁したのだろう?これからどうするのだ」

「エド」


国王のデリカシーのな…少々失礼な質問をアリアドネが咎める。まぁ、社交界ではそのような話は通常禁句だろう。気にしないことをわかっていっているんだろうが…


「いいのですよ。えぇ、誰か物好きな殿方がいれば良いのですが。もう三十路が近いですからねぇ。まぁ、修道女になるのもいいかなと思っております」

「それが普通だろうが…そなたは昔から自分の容姿をわかっていっているのかいないのか。まぁ、どちらにせよ貰い手はあるだろう」

「そうでしょうか…」

「それにあなたはあの人が…あ、噂をすればなんとやら。行くわよ、エド」

「うむ、そうしよう…一つ助言をしておこう、リシュエンヌ嬢。身分差など気にするな、あの人は王族としての責務は果たした。もう、愛しいものと一緒になっても良いと思っている」


アリアドネが何かを言いかけた所で、私の背後を見て笑みを深め、国王を追い立てて私から離れた。


(身分差は気にしなくていい、か)


あの二人の反応から相手はわかっている。仕事でも遠くで見るくらいで、こうして会うのは何年振りか。

…もう、宝箱を開けてもいいのだろうか。必死になって押し込めなくても、いいのだろうか。許されるのだろうか。


「リシュエンヌ」


懐かしい声が耳朶を打つ。あぁ、だめだ。泣くな。いい大人に、こんな感情が残っていたのか。いや、知らないふりをしていただけか。


「久しぶりだね。相変わらず綺麗だけれど、大人っぽくなった?会えて嬉しいよ。久しぶりだしゆっくり話したいから、《花畑に行かないか》」


少し大人びてはいるが、相変わらず優しい微笑みを浮かべながら言う。やはり、その美しい濃紺の瞳が、他の人に向けられるものよりも甘さを含んでいるように感じるのは、いまでも私の思い上がりだろうか。期待してもいいのだろうか。


「…えぇ、《いいわよ》」


私は、十年前と同じ言葉を使って、答えた。


☆ ☆ ☆

「わぁ」

「満開だね」


花畑には満開の紫色のリナリアが一面に咲いていた。

何年経っても、憎らしいほど綺麗で、月光に照らされて風に揺れる様子は神秘的で、幻想的で、なぜか泣きたくなってしまった。


(あぁ、満月…)


「月が綺麗ですね」


彼に背を向け、夜空に輝く満月を見上げながら、私は言った。十年前と同じ言葉を。もしも、もしも彼の心が今も私にあるならば。こんな私を好いてくれているのなら。


「死んでもいいよ」


彼は、アルフレッドは笑顔でそういった。


「っ」


その言葉を聞いた途端、私は彼に抱きついた。淑女あるまじき行動だ。でも、いいだろう。十三年越しの恋が叶ったのだ。押さえつけて、知らないふりをして、感じないようにして。

人は、こんなにも長く人を愛せるのだ。好きでいられるのだ。一生に一度の初恋。淡い淡い少女の恋。王弟と貧乏伯爵令嬢では叶うはずのなかった恋が、実ったのだ。


「月は、月はまだ綺麗なのね」


頬を一筋の涙が伝う。声も震えた。ただ、今が幸せで、嬉しくて、自分が笑っているのがわかった。


「あぁ」


彼の綺麗な顔が徐々に近づいてくる。私はその先を察し、目を瞑る。そして、唇と唇が合わさる直前、彼はこう言った。


「ずっと前から、月は綺麗だったよ」





これは、少女の遠回しな、異世界では伝わるはずもない「愛してる」で始まり、青年の遠回しな、彼女にしか伝わらない「ずっと前から愛してる」で終わる物語。





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ずっと前から、月は綺麗だったよ 衣末(えま) @ema_s

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