第十一話

「お初にお目にかかります。公爵夫人。わたくし、レティシア・ファラードと申します。レティシアとお呼びください。本日はご招待いただきありがとうございます」


公爵邸の応接間、彼女は少し強ばった様子でカーテシをする。動きがぎこちないのは、好きな人の妻に呼び出されたからだろうか。それとも、ただ単に緊張しているだけなのか。どちらにせよ、感情が出やすいのと私とは真逆のクール系な見た目のギャップに驚きだ。


「急に招待したりしてごめんなさい。私はリシュエンヌ・クリスフォード。一応公爵夫人をやっているわ。リシュエンヌと呼んで?さあ座って」


とりあえず座って紅茶を一口飲む。表面上は余裕な感じを保ってはいるが、この状況は私にとっても気まずい。呼び出したのも私なんだけど。


「レティシアさん」

「はい」

「単刀直入に聞きます」

「....はい」

「あなた、レイ....レイモンドのこと好きなのでしょう?」

「ふぁ!?なななな」


レティシアは、私の言葉に顔を真っ赤に染めて硬直した。感情と表情が連動していて分かりやすい。何回も言うけれど、深緑の髪にキリッと少し釣り気味の目が印象的な美人なのに、多分お人好しな感じな雰囲気を醸し出してる。ギャップがすごい。


「ななな何を!どどどうして!何を根拠に..」

「紫色のリナリス、と言ったらわかる?」

「どうしてそれを...!」

「花言葉は『この恋に気付いて』だったかしら?花に意味を込めるなんてロマンチックなのかしら。....でもこの世界では伝わらないわよねぇ?」


なんだか責めているみたいになったけれど、別に怒っている訳ではない。ただ...このくらいで折れるなら公爵夫人は務まないと思っているだけだ。


「リシュエンヌ様は転生者だったんですね...絶対誰にも気付かれないと思ったんですけど、よく考えたら転生者が私だけって証拠なんてなんてないのに。まず、最初の質問に答えさせていただきます。申し訳ございません。私は、レイモンド様をお慕いしております」


そういって頭を下げる様子はまさにOLそのもので、彼女が日本人の転生者であることを示している。ある程度の確信はあったけれど、彼女が転生者ではなかったら、私は花言葉なんて意味がわからないことを言うアラサーになっていた。危ない危ない。


「謝ることはないわ。どうせ私とレイモンドは離婚するんだし。転生者仲間が女の子でいるって知れて嬉しいし。それにね....私にも好きな人がいるの」

「え!」


最後の言葉はレティシアだけに聞こえるように言った。どうせあの子は扉の裏で聞いているのだから。だからこの応接間にしたのだし。私だって伊達に十年も連れ添ってきてない。そのくらいはわかる。それに...私に好きな人がいる、と言ったのはレティシアが、既婚者に恋をしてしまったなんて思えないようにするためだ。まぁ、嘘でもないんだけど。


「だからね。あの子を避けないで欲しいの。私が言うのは変かもしれないけど」

「そこまで知って...逃げてちゃ、ダメですよね。自分の気持ちを制御出来なくなっちゃって。あの方のお顔を見たら私の想いを伝えそうで、関係が壊れることが怖かったんです。奥様がいるから、彼はこれと気持ちは持ってくれないですし」

「そうよね。わかるわ。怖いわよね。でもね、レイの気持ちはまだ聞いていないのでしょう?まずは話し合ってみたら?」

「......はい。そうします。ありがとうございます」

「レイ、そこにいるのでしょう?入ってらっしゃい。しおりの君がお呼びよ」

「え!?」


私の言葉を聞いて入ってきたレイモンドを見て、レティシアが驚きで目を見開く。そして、その白い頬を紅く染め上げた。


「あら、可愛らしい。若いっていいわね。あとレイ、ここまでお膳たてしてあげたんだから。上手くやりなさいよ。盗み聞きは感心しないけれどね」

「そこまで歳をとってないだろう......ありがとう。本当に」

「うふふ、じゃあ後は若いおふたりで〜」


私はニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、応接間を出る。だってあのままあそこにいるなんて、野暮というものだろう。それに気持ちは晴れやかだ。やっと肩の荷がおりたというか、もはや弟のように思っているレイモンドの恋が成就しそうで安心した。


「さて、執務室にでも言って報告を待つかぁ」

「その事ですが奥様、奥様宛に招待状が届いております」

「珍しいわね。私に招待状なんて。なんのご招待でしょう.....あら、もうそんな時期なの。確かに今年十年たったわね」


音もなく現れた執事から渡された招待状には『サン王立学園 第120期生 同窓パーティ』と記されていた。

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