第十話

あれからさらに五年が経ち、私は二十七歳、レイは十七歳になった。レイは今年で学園の卒業で、今日は寮から侯爵邸に帰って来ている。今は二人でディナーを食べている。


「なぁ、リシュエンヌ。学生時代に、恋人か好きな人とかいたのか?」

「は」


唐突にレイがそんなことを聞いてきて、思わずステーキを切り分ける手が止まってしまった。


「…藪から棒にどうしたの?私はレイ一筋よ?」


嘘である。弟のような家族愛的な感情はあるが、アルフレッドに抱いていたような恋愛感情はない。でも、妻としてこれくらいは言っておいた方がいいだろう。


「嘘。君は俺にに恋愛感情を持ってないだろう。そう言うのはいいから、教えてくれ?」


こんなにレイが恋愛について知りたがるなんて初めてだ。さては好きな人でもできたな?


「そうねぇ。恋人はいなかったけれど、好きな人はいたわよ」

「誰だ?」

「秘密。あ、これ美味しい」

「じゃあどんな人?」

「んー。私と試験で主席を争うくらい優秀で、それを鼻にかけない。優しくて、気遣いができて、自分の方が身分が高いのに、腰が低かったわね。あと…少し距離が近かった気もする」

「へぇ、なるほどわかった。……なんで身分差があったのにそんなに仲良くなれた?」


私の説明でおおよそ人物を絞り出したようだ。レイは頷きながらさらに質問を重ねる。


「入学試験で私が主席だったんだけど。その時次席だった彼が話しかけてきてね。最初は試験問題についてどう言うことを書いた?と、かあの問題についてどう思う?とか、話していたんだけど、いつしか毎回試験ごとにそんな話をするようになったの。図書館常連組だったし、話は合ったし、楽しかったから。まぁ、私は入学式で一目惚れだったんだけど」


私は懐かしさに目を細めながら言った。よく思い出したらこんな感じだったっけ…本当に楽しかった。


「身分が上の方から話しかけられたら問題ないのか…じゃあ、最後の質問だ。その人のこと、まだ好きなのか?」

「................宝物は、奥深くにしまって、厳重に閉じ込めなければいけないのよ。だってそうしないと…」

「どう言うこと?質問の答えになってないぞ」


レイは私の言葉に首を傾げた。でも、私はこれ以外に言いようがない。本当のことだから。


「まぁ、私の話はこれくらいにして。突然こんな話をしてきたってことは、好きな相手でもできたの?」

「……」


レイは何も言わない。時に沈黙は雄弁だ。レイは嘘を吐くことができない性格だ。だから黙る。そこがいい所なのだけれど。


「いいじゃない。どうせ白い結婚なんだし。学園卒業後ならいつでも離縁に応じるわ」

「そんなあっさりと…」


レイは予想外の反応だったとばかりに言った。


「だってあなたが言ってたんじゃない。私はあなたに恋愛感情は抱いていないって。その通りだし、あなたのことは弟のように思っているわ。で?お相手は誰なの?『しおりの君』でしょ?」

「なんでそれを知って……はぁ、レティシア・ファラード伯爵令嬢だ」

「ファラード伯爵令嬢…」


私の勢いに観念したのか、レイは素直に白状した。

ファラード伯爵家。建国当初から続く超名門伯爵家。国内有数の資産家でもあり、同じ伯爵である私の実家ルナ伯爵家とは天と地程も差がある。


(確か、娘が三人いるはずだけれども、レイと同い年だから、次女か)


ちなみに『しおりの君』とは、最近レイモンドが大切にしている、押し花が使われたしおりを彼に渡した人を私が勝手に読んでいる名だ。押し花に使われている花は紫色のリナリア。

かつて私が卒業パーティーの時に行った花畑のものと同じだ。花言葉は「この恋に気づいて」。そして、この世界に花言葉なんてものは存在しない。偶然かもしれないけれどもしかしたらレティシアも転生者なのかもしれない。


「いいわね。応援する!私、その子に会ってみたくなっちゃった。もしかしたら気が合うかもしれないし。あと、あんまり非常識だったりすると公爵夫人は務まらないから、流石にその辺はチェックするからね?この公爵家は私が十年かけて守ってきたんだもの。招待状を書くから、学園で渡してくれる?」

「早急だな…まぁ、会える口実になるからいいか……リシュエンヌ、遅くなってしまったが、君と言う妻がいながら、他の女性に思いを寄せてしまって申し訳ない。そして、ありがとう」

「いきなり畏まっちゃって。いいのよ。最初からレイが学園を卒業したら離縁を切り出すつもりだったし」

「そうなのか?」

「えぇ。だから気にしないで。招待状、よろしくね」


私はそう言って微笑む。三十路近い女に離縁後の貰い手がいるのかは疑問だけれど、十年経った今も容姿は衰えていない自信がある。まぁ、どうにかなるだろう。

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