さよならを覆す最高の方法

@chauchau

狙い続けて二年間


「こんなところに居たんですか」


「そういうわりにはまっすぐここに来てくれたわけで、ご苦労ご苦労」


「教頭先生。頭抱えてましたよ」


「きちんと断りを入れた生徒に無理矢理スピーチさせようとしたんだ。それ相応の罰は受けて当然と言える」


 旧校舎の二階、いつもの教室で、いつもの通りに、貴方が僕を見つめてくれるから。

 昨年新設されたばかりの体育館の壇上では、急遽代表に選ばれた生徒がカンペを見ながら泣きそうになっていた。慣れている生徒たちはまたかと笑い、事情を知らない保護者たちは臨時代表の涙の意味を勘違いしてもらい泣きする。


「先輩は、卒業式も満足に出られないんですね」


「逆にどうして卒業式なら満足に出ると思うんだい」


「そりゃぁ……これで最後ですし」


「最後に価値があると」


「なくはないんじゃないですかね、少なくとも一般的には」


 出会って二年。

 気に入られた理由もわからずに、僕は先輩と過ごしてきた。高校生活の大事な二年間を先輩に費やした。


 これっぽっちも後悔はしていない。


「君にとってもかな」


「一般的くらいには」


「それは魅力的じゃないか。つまりは、ここで君にさよならを告げれば私は君の心に住み続けられるかもしれない」


「東京でしたっけ」


「出資者様のご意向には沿わなければなるまい」


「先輩にもそんな殊勝な考え方があったんですね」


「驚いたかい」


「喧嘩売っているのかと思いました」


 どこの大学に行くのかを人づてに聞いた悔しさは、ちょっとやそっとじゃ飲み込めそうにもない。

 張本人が手をたたいて笑っているのが余計に腹立たしくて、そんな先輩が綺麗だと思えてることすら腹立たしくて。


「一年、待てると思うかい」


「どちらが」


「どっちも」


「先輩は無理でしょう」


「心外だ」


「修学旅行」


「わかった。私が悪かった」


 たった三日空けただけで僕の名前を忘れられた。校則を破ってでもスマフォを持って行けばよかったと過呼吸まで起こしかけた。


「じゃあ、やっぱりさよならのほうがいいか」


「でしょうね」


「軽いね」


「残念ながら」


「好きなもんで」


「人の言葉を盗らないでください」


「お、卒業式が終わったようだね」


 体育館からぞろぞろと人の波。

 貴女が僕から目をそらすから。


「私たちもさよならしようか」


「そうですね」


「ふふ、あっさり…………」


 ずいぶんと簡単に近づけた。


「では、僕は自分のクラスに戻りますんで、先輩も教頭先生に謝ったほうがいいですよ」


 猫のような先輩は、いつだって近づいた分だけ逃げるからどうやって距離を詰めるかが問題だったけど。まさか自分から視線を外してくれるとは幸運だった。


「…………」


「鳩が豆鉄砲」


「       」


 初めて聞いた先輩の叫び声に、幾ばくか溜飲が下がっていく。


「一年かぁ……」


 世の受験生には申し訳ないけれど、僕らの代だけは明日が受験日にならないだろうかと、ありえもしないことを考えた。

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