第四章

 塩月はバラバラ死体の多さに愚痴を言いながら作業をしている警察医に向かって質問した。


「ねぇ、ここにある遺体は冷凍されていたの?」


「そうです。冷凍室に保管しているくらいですからね。まったくもって警察医泣かせですな。死亡推定時刻がさっぱりわかりません」


「そんなことはどうでも良いんだけど、いつまで冷凍されていたかはわかる?」


「いつ死んだかではなく、いつまで冷凍されていたかですか。法医学ではそんな研究はされていないのでよくわかりませんけど、一般的な食肉の場合と比較するなら数時間くらいではないですかね。部屋は常温くらいですが、遺体の中心部はまだまだ凍っている部分がありますから」


 塩月は一つ頷くと、確信を持って小日向の方に振り返った。


「証明できた」


 小日向には訳がわからなかった。


「何がですか?」


「配達人が通気口に上がった方法が」


「本当ですか!?」


 小日向は興奮してきた。


「それで、どうやって逃げ出したんですか?」


「バラバラになった遺体を使って。それ以外にこの部屋の中には使えるものがないからね」


「つまり、遺体の上に乗っかって、ということですか? それでも四メートルの高さには届かないと思いますけど。あっ、それじゃあ遺体を積み重ねて、その上に登ったんですね!」


 良い思いつきだと思って小日向は勢い込んで言ったが、塩月は首を振って否定した。


「違う。そんなことをしても死体の山が崩れてしまうだけだ。それに、今この部屋の中に死体の山はあるだろうか。ないよね。通気口から逃げた犯人が床の上に出来上がった死体の山を崩す方法はないから、その方法では駄目なんだ」


 この方法でもない。とすると、本当に一体どうやって配達人は逃げ出したのだろう。


「それならどうやったんですか?」


「凍った遺体を使ったんだ」


 塩月の推理はグロテスクだが筋が通ったもので、頷かざるを得ないものだった。


「バラバラになった死体は冷凍室の中でカチコチに凍らされていた。そして、私たちもよく知っている通り、凍り付いた物体同士はくっつけることができる。舌が氷に張り付いてしまった経験をしたこともあるだろう。


 凍った死体は頑丈で接合が可能ものだった。であれば、何かしらの構造物を作ることも可能だ。今回の場合は脚立のようなものを作ったのだろう。


 おそらく配達人はいずれはこのような機会が来ることを以前から想定していたのではないかと思う。警察官に見つかった配達人は、大急ぎで作業場に帰り、証拠を隠滅してから逃げ出すことにした。本当は作業場なんかには戻らずにそのまま逃げ出したかったんだろうが、どうしても残しておけない証拠品でもあったのだろう。今のところ鑑識がそのようなものを発見できていないことを考えると、配達人は実際に証拠品を持ち出すことに成功したらしい。


 ただし、冷凍室の中に籠ると、容易に出入口を塞がれてしまう可能性がある。しばらくは扉に鍵と閂を掛けておけば侵入を押さえることができるが、いずれは警察が突入してくる。その前に通気口から逃げ出さなければいけなかった。だから、冷凍室の中に豊富にあるもの、すなわち遺体それ自体で脚立のようなものをあらかじめ作っておいたのだろう。


 扉が無理やり開けられるのがいつになるかはわからないが、もしも死体の脚立がそのままの状態になっていたら逃走経路がすぐに明らかになってしまう。だから、死体の脚立を消すことができるならその方が都合が良かった。


 でも、死体の脚立を持って逃げ出すことはあり得ない。大きな脚立以上に不審な目で見られてしまう。だから、容疑者は逃げ出す直前にブレーカーを落としたんだ。そうすると冷凍庫の電気は切れて、室温は上がっていく。いずれは遺体が完全に解凍されて、それとともに脚立は崩壊して元のバラバラ死体に戻ってしまう。これで脚立の痕跡はなくなり、バラバラ死体が床に残されただけの状態になる。


 容疑者はさしずめ脚立が解け始める前に急いでよじ登って逃げ出したんだろう。こうして密室状態の冷凍室から逃げ出したんだな」


 小日向は呆気に取られていた。そんなことをする人間がこの世にいるとは容易には信じ難かった。凍り付いた死体を組み立てて作られた脚立。狂気の沙汰である。


 それでも、食用人肉の配達サービスをするような人物が実行者であることを踏まえれば、腑に落ちるところがなくもない。人間の死体に尊厳など一つも感じていないような人間なのだ。塩月の推理はきっと正しい。


 ふと気づいて小日向は足元を見た。床は部屋に入った瞬間からずっと薄い水たまりのような状態になっていた。塩月が述べた真相を踏まえると、この水は数時間前まで遺体に含まれていたものだと考えられる。今では凍っていた遺体が解けた結果、部屋中を水浸しにしている。


 自分たちがずっと死体のだし汁のようなものに足を浸していたことに気づくと小日向は急に血の気が引く思いがした。


 そんな小日向の様子に気づいた塩月は、背中を押してこっそりと小日向を部屋の外に追い出していった。今日はお疲れ様、と言われたような気がしたが、小日向が振り返ったときには、塩月はすでに冷凍室の中で部下たちに鋭く指示を飛ばしていた。



 その後、数日間に渡って食用人肉配達人の徹底追跡が行われた。しかし、人相や個人を特定するための情報が見つからなかったため徒労に終わった。


 冷凍室にあったバラバラ遺体の量を考えると、配達人が大量連続殺人鬼であるのは明らかである。それに身元に関する証拠をまったく残さない狡猾な人物である。また近いうちに不可解な凶悪犯罪が起こるのは避けられないのかもしれない。


〈完〉

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食用人肉配達人の消失~不可能犯罪捜査ファイル02~ 小野ニシン @simon2000

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