「ジャブ!」「いいぞ!」「ストレート!」「そうだ!」「フック!」「その調子!」

尾道カケル=ジャン

本文

「げへへ、水、水だぁ」

「女ぁ! 水を寄越せ!」

「え、体目的じゃないの?」

「へっへっへ! 一緒にフィットネスできそうもない女には興味ねぇ!」


 う、ぐっ……たしかに運動なんてしたことないし、ってやかましいわ!

 それよりココってどこなのさ! 廃墟ばかりで人はいないし。

 いや、いるにはいるんだよ? だけど、強面で武器を持ってる、あとモヒカンをしているこの人たちを人とは認めたくな――!?


「な、なんだこの気配は?」

「ひ、ひぃぃ!?」

「お助けをぉ……」


 私でも分かる、強者の気配。それに当てられたモヒカンたちは怯え、立ちすくむ。

 ザッ、ザッ、ザッ……と私の背後から誰かが近づいてくる。振り向こうにも強者の気配、いや覇気のせいで身じろぎさえできないっ。


「騒がしいと思ったら、おなじみのモヒカンどもに不健康な女」


 あ、普通にモヒカンって呼ぶのね。あと、太ってるとかブヨブヨとかじゃなくて、オブラートに包んだ表現ありがと?


「ぐっ、くそ! お前ら! そこの豚みたいな女と一緒に殺るぞ!」

「「「「「おう!」」」」」

「ひっ、こ、殺さな――」



「お前は殺させやしない」

「え?」


 優しい声が背後からして、そして男が私の前に躍り出た。



「ふんっ!」

「アバァ!?」


 その男は拳を振るい、

「はぁ!」

「グベラッ!?」


 モヒカンどもを殴りつけ、


「とぁあ!」

「フヌォオ!?」


 またたくまに倒してしまった。



 モヒカンはピクピクと痙攣しているから死んではいない、と思う。

 だけど、もし私が、貧弱な女が殴られたとしたら……絶対、無事では済まない。


「お前」

「は、ひゃい!?」


 声をかけられ、震えながらも返事する。

 男の人はゆっくりと振り返り、私を見下ろしてくる。そう、見下ろすくらいにその人の背は高い。

 いや、彼は縦だけではなく横にも巨大だ。それは脂肪ではなく、筋肉によるもの。

 まるでギリシャ神話に出てくる男神のような、筋肉の鎧に身を包んだ男が、私をじっと見つめてきた。


「ふむ」

「な、なんです?」

「お前には光るものがある」

「は、はぁ」


 光るって、汗でテカってるとかそういんじゃないよね?

 だとしたら……嫌だな。私を救ってくれた人に嫌われるのは、なんかいやだ。


「あぁ、そのまま石っころのままでいさせるわけにはいかない」

「どういうことです?」

「……女」

「はい」

「お前にはフィットネスをしてもらう」



「……え?」



 ――こうして。私はトレーナーと、そしてフィットネスと出会ったのであった。



 何にだって原因はあると思う。30歳になった私は、ポテチを頬張りながら思った。超肥満気味なのにダイエットしようとしない私にもそれはあるのだ。

 小さな頃からどんくさい私は、体を動かすたびに馬鹿にされた。良いところを見せたくても、そのたびに馬鹿にされる。そんなの、誰だってイヤでしょ?

 だから私は運動が、スポーツが嫌いになった。いくら頑張っても褒められることはないから。やらなくても死にはしないから。

 将来、生活習慣病で体を壊し、死んだとしても構わない。それくらい、私は運動が――



「ひぃ、ひぃ!?」


「そう、パンチです!」


「はひっ、は!」


「その調子だぜ太っちょの姉貴!」


「ふんなぁ!!」


「そうだ、燃やせ、怒りと一緒に脂肪を燃やせ!」


 褒められる。褒められている。

 パンチするたびに二の腕が、腹がブルブル揺れる。息は切れるし、つばが飛ぶし、変な声は出るし。

 なのに、女の子が、男の子が、そしてトレーナーが褒めてくれる。あと男の子、あとでお説教ね。



「ふんっ、はっ、はぁ、はぁぁああ!」


「「「いいパンチ!」」」



 あぁ、ふふ。

 褒められるのって、こんなに楽しいんだ……――



「ふごっ。っ、はぁ、はぁ、はー……」


 息苦しさから目が覚める。慌てて首を動かして息を整える。


「ん、あー。寝てたのか私。ふんっ」


 気合を入れて寝返りを打つ。するとバリバリって音がした。

 見れば、腹でポテチを潰していた。服にかけらがついて、ポロポロ布団に落ちる。


「あー、もったいない」


 そう言って、かけらを口にするため手を伸ばし……止める。

 なんで止めたのかわからない。けど、そうまでして食べることはないと思ったのだ。


「袋にはまだ残ってるけど……」


 じっと、ポテチの袋を見つめて……輪ゴムを使って封を閉じる。

 さて、まずは掃除しないと。まずは布団カバーを洗って、布団は干して。

 それから――押入れの奥からあれを取り出そう。

 なんとなしに買って、結局一度も遊ばなかった……とある漫画とコラボしたフィットネスゲーム。


「トレーナー、また褒めてくださいね……あれ。トレーナーって誰だっけ」


 まぁ良いか。

 かしげた首を戻して、私は掃除機を取りに行くのであった。

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「ジャブ!」「いいぞ!」「ストレート!」「そうだ!」「フック!」「その調子!」 尾道カケル=ジャン @OKJ_SYOSETU

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