第5話 (契約、ろうそく、缶ビール)
「よし、決定ね」柚子は笑った。「再確認だけど、千鶴ちゃんとはなにも約束してないんだよね?」
「してません」保経七郎は言った。「検討段階で間違いありません」
「よろしい。じゃあ保経七郎くんは私の専属だね」柚子は言った。
「柚子さんの専属です」保経七郎は言った
「じゃあ宿行こっか」デザートのあんみつを食べ終わると柚子は言った。
「宿ですね」保経七郎は言った。
宿と言うのはつまりは外来語のホテルだ。こんな時間に宿に行ったらすることなんて一つしかない。しかし、こんなにもトントン拍子に物事は進んでもいいのだろうか。
「行きましょう」保経七郎はグラスに残ったワインを飲んだ。ボトルにはまだワインが半分くらい残っていたが、それを自分が飲むべきなのか、飲まないほうがいいのか彼にはわからなかった。
部屋は薄暗いろうそくの火のような灯り(LEDライト)に照らさせている。彼らは布団に座った。柚子の首筋からは香水の匂いがした。柚子の長い髪が保経七郎の頬に触れた。保経七郎が視線を下に向けると、形の良い乳房がそこにはあった。「保経七郎くん」と柚子は言い、彼の首筋に唇をつけた。ふたりはふとんに倒れ込んだ。
いい夜だった、と保経七郎は思いながら自宅の長屋でひとり缶ビールを飲んだ。その夜彼らは3度交わった。11時に目覚めたふたりは、街へ出てそばを食べ、それから別れた。
保経七郎はビールを飲みながら考えた。これはラブコメではない。そもそも、起きた事象はラッキースケベの範疇を超えた完全上位互換だ。夜に蔓延る甘っちょろいラッキースケベがあっても喜ぶことはできないだろうと、彼は思った。そんなものはおままごとだ。こちらはもう愛の奴隷となったのだ。
保経七郎が昨夜の余韻に浸りながらビールを飲んでいると長屋の扉が開いた。そこには千鶴の姿があった。
「保経七郎さん」と千鶴がいった。彼女の冷ややかな声色から、殺されるかもしれないと保経七郎は思った。しかし大丈夫なはずだ。千鶴には柚子とのことはなにもバレていないはずだ。保経七郎はビールを飲んだ。
「こっちにはもう情報は入ってるんですよ」千鶴は言った。保経七郎は殺されると思った。
「情報?なんなあった?」保経七郎はとりあえずすっとぼけることにした。
「とぼけないでください。昨日柚子さんと宿に行きましたよね?」
「行ったっけ……? 飲み過ぎて記憶がなくて……」先程まで昨夜の余韻に浸っていた保経七郎が言って、ビールを飲んだ。ビールはすべてを解決してくれる。
「真実を話さないと、わかりますよね?」千鶴は言った。保経七郎はわからなかったが、本能的な恐怖を感じた。
「行きました」保経七郎は言った。
「どこまでしたんですか」千鶴が聞いた。
「どこまでって……最後まで?」疑問形にすればなんとかなるかもしれないと思いながら保経七郎は言った。
「ありえませんね」
「いやなんていうのかね。言うならば愛の奴隷と言うか……」保経七郎は言った。缶ビールは空になっていた。
江戸で穏やかに暮らしたい俺をラブコメが離してくれない 晴山第六 @ksmzwdig
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