第35話_偽ったのは愛のため②

 トンネル前で人狼たちが言い争っていたところに紫煙しえんが現れ、もう里に行ってもいいと告げられてからどれほど時が過ぎただろうか。

 風架と佳流は後から来た翁に連れられ、東屋でじっと報告を持っていた。藍藍あいらん緑太狼ろくたろうが結果は必ず伝えると約束してくれたため、信じて待つ。



 しばらく待つと、小尉が暗闇から現れた。その後ろを歩いているのは藍藍あいらんと、見たことのない赤い人狼と白い人狼。そして、


錫夏すずかちゃん…!」

「佳流ちゃん!」


錫色の狼、錫夏だった。

 全力疾走で佳流の胸に飛び込み、ちぎれそうなほどに尻尾を振って再会を喜んだ。



「なんかすごい久しぶりな感じする!錫夏ちゃんにまた会えてよかったよ」


 錫夏は人型になると、佳流と風架を見上げて「ありがとう」と感謝するした。2人が首を傾げると、村と里を仲直りさせたのは佳流と風架なのだと自信満々に答えた。



 藍藍と共にやってきた人狼は隠し世の里の長、八塩やしおと、黄泉村の長、白助はくすけだ。

 錫夏同様に風架と佳流に礼を言い、里の人狼が怖がらせたことを謝る。藍藍も頭を下げた。

 風架は頭を上げてくれと懇願し、村と里が和解できたことに安堵する。


 先祖の罪も罰も人狼にとってはどうでもいいことで、軋轢の原因は八塩や白助ら年長の人狼にあった。

 全てを事細かには伝えなかったが、和睦のきっかけを作ってくれた風架と佳流には正直に話す。


 八塩と白助は翁と小尉にも軽く礼を言ったが、藍藍はそっぽを向いた。




「錫夏ちゃん」

「なぁに?」


 佳流は錫夏の両手を握り、微笑んだ。



「きっと、雨勿あまなし露無つゆなしも好きに生きてくれるよ。錫夏ちゃんはがんばったんだもん」

「…!うん!!」



 きっと2人も、見てくれている。











 錫夏たちと共にトンネル街道へ行き、先に人狼たちが自世界へと帰る。手を振る錫夏に、風架と佳流は手を振り返す。また会おうね、と交わし、別れた。


 自分たちも帰ろう。ここへ来てから提灯が3回灯るのを見た。3日か4日が経過しているから、おそらく人間世界では一週間が経過している。

 考えるのも恐ろしいが、早く帰らないと誘拐だの疾走だの神隠しだのと大きな騒ぎになりかねない。


 2人は翁と小尉に別れを告げ、暗いトンネルを進んだ。






「解らないね。風架の言った事も藍藍の言った事も」


 小尉の疑問に「何が?」と翁は返す。



「思考と言動が合っていないのに、ちぐはぐな行動を誰も変だと言わない。むしろ風架はそれを『素晴らしい』と褒めた。人間とはそういう破綻した性質を持っているのかな?」


 「確かに…」と翁が呟いた。人間や人狼のような理屈だけで行動しない生き物は、彼らレトロコアの民には到底理解できないものだ。





  ***





 世界は日の出を迎えていた。廃れた神社の鳥居をくぐり、駆け足でアパートへ戻る。


 静かに階段を上り、鍵で扉を開け…ようとしたが、2人が手にしている物は伊舎堂家の紋しかなかった。そのため、恐る恐るインターフォンを押す。

 すると、2秒ほどの沈黙が流れ、家の中から慌てるような足音が聞こえた。嫌な予感がしたのも束の間、勢いよく開けられた扉と風架の額が衝突した。


「……っ!!」



 まともに寝ていないのだろう。それが一目でわかってしまうほど、自分たちは彼に心配をかけていた。

 晶斗あきとはうずくまる妹が、自分のせいで額を強打したことに気づき、ぶつけた箇所を見せるように両頬を掴んだ。


 額が赤くなっていること以外に、目立った外傷はない。2人が無事な姿で帰ってきたのだと理解し、声も出さずに抱きしめた。




「ごめんね晶斗。心配したよね」

「ごめんなさい…」





────何も教えないことを私は良いことだとは思いません。たとえ八塩さんが隠したくても…あなたはこんなに泣いているのに。




 藍藍にかけた言葉を思い出す。これだけ心配をかけたのだ。レトロコアのことも借金のことも、正直に話さないといけない。

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レトロコアの迷夢 松山なえぎ @naegi_matsuyama

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