第23話 みんなのその後



 夏休みまで今日を入れて後三日とせまった日。朝、止水は東温たちがこっちに来ているという友高からの知らせを受けて、学校に行く途中で店に寄った。



「余も今日から人間界の小学校に通うことにした」



 東温はこちらの世界の服を着て、ランドセルを背負っている。



「ええっ!!」



「父上が許可してくれたのだ。人間界について観察し、学ぶ。これも次期当主としての務めだと」



「お殿さま、東温坊っちゃまの父上殿も、人間界を積極的に見て回る方が豊かな心になれると判断されました」



 沖豊が言う。



「でも、人間の子どもだってごまかせるの? 戸籍や住民票はどうなっているの?」



「止水、いちばんにそこを気にするなんて、大人顔負けの知識だね」



 友高は娘の知識に感心していた。



「心配ない。護符を使った」



 東温はズボンのポケットから護符を一枚取り出す。



「ああ、そっか。あやかしの世界から通うの?」



「ああ。よろこばしいことに、止水と同じ一組のようだ」



「夏休みを目前に転校生がやって来るなんて、クラスのみんな、びっくりするだろうな」



「そして、わたくし、このたび、人間界で塾を経営者することとなりました」



 沖豊が胸をはって言う。



「ええっ!!」



 止水はびっくりとする。



「じいやは天才和算家、ええと、人間界の言葉で言うと天才数学者の顔を持つのだ」



 東温が言った。沖豊がそろばんを持ち歩いていたのはそういうことかと、止水は合点する。彼は時空ずい道が閉ざされる時間の予測の計算も早く、一秒の間違いもないほど正確だった。



「高校生以下の学習塾だと新規参入がむずかしいので、大人向けの数学塾を経営します。『子どもの頃、もっと勉強しておけばよかった』と思う大人が主な顧客です」



「ああ、それは僕もたまに思うね、あの時もっと勉強しておけばよかったなあって。数学が得意になれたらかっこいいと思うけれど、独学となるとなにからやればいいのかわからないもんね」



 友高は理解をしめしている。



「ただ塾を経営するだけでは人が集まりにくいので、業界を盛り上げるよう、数学ならではの権威のある賞も作ります。札幌、名古屋、大阪、福岡の都市にも分校を作ることが、最終的な目標です」



「経営をはじめるにあたって、お金はどう工面するの?」



 止水は聞いた。



「人間界にいるあやかしのつてを頼りました」



「近江屋さん、敏わんだね!」



「東温坊ちゃまの使用人という人生も充実していましたが、この年で自分が輝ける場所を見つけられて、本当にうれしいです」



 どうやら、沖豊は人間界にいる方が輝けるようだ。



「東温、そろそろ学校に行こう! 遅刻しちゃう!」



 止水はせかした。東温とは同い年でも、人間界の学校については自分から彼に教える必要があるだろうと、今だけ姉のような気分だ。そして、東温と同じ学校に通えることが、止水はうれしくてたまらない。



 放課後になると、止水は東温とまた店に寄った。沖豊は塾の開業にむけて、ペットボトルの緑茶を飲みながら、二階で事務作業をしている。



「みんなに食べてほしいものがあるんだ」



 友高は止水たちに試作段階の草餅を味見させた。



「ああ、実に美味だ! 友高殿はなんてうまい草餅を作るのだろう!」



 自分の好物なこともあって、東温はぱくぱくと食べる。友高がこれを新たに売る理由は東温ひとりのためだと言う。ひとりの客をよろこばせることは多くの客をよろこばせることにつながると、友高は信じているようだ。



 その時、店の電話が鳴る。店長の友高が応対した。



「テレビドラマの撮影でうちの店を使わせてもらえないかと、テレビ局から依頼が来たよ!」



「ええっ!」



 それは思ってもみない依頼だ。地道にやっていれば芸能人の世界の目にとまるなんてことが起こりうるのかと、止水は思った。



 数日後。止水と東温の通う学校は夏休み期間に入っていた。



 この日、イツデモイマデモはテレビドラマの撮影のため、イートインスペースを一時的に貸し切り状態にする。撮影時間は午前七時と早かった。今回は朝だけれど、このテレビドラマの撮影は深夜が多いらしい。はなやかに見える世界の裏事情に、止水はおどろいた。



「わあ……」



 主演はちまたで大人気の二十代前半の男性だ。止水はふだんテレビを見なくて、芸能人をほとんど知らなくとも、有名人が父親の店にいることによろこぶ。



「なんだ、止水、あの男がいいのか? 余はヤキモチをやくぞ」



 東温はほほをふくらませた。



「そうだ。じいや、絶世の美男子に化けて、あの男よりきれいな顔の男がいると、この場を混乱させてやるのだ」



 嫉妬のあまり、いたずらをしようとする。



「ちょっと。別に私はあの人とつき合いたいとか、そういうんじゃないから」



 止水と東温はエキストラとして参加することになった。二階で食事中の客を演じる。座る位置や動作など、こまかい指示を撮影スタッフから受けた。



 ふたりはカメラに背を向けるかたちで座る。目立つのが嫌いだけれど記念として撮影に参加したい止水は、顔が映らないことに都合のよさを感じた。



「うぬらはまるでわかっていない! 余はともかく、止水の美しい顔を映さないとは何事だ!」



 しかし、東温は監督やディレクターに向かって激昂する。止水は穴があったら入りたい思いで、顔が真っ赤となった。



 二階でのシーンを撮ると、今度は店の外で撮影を行う。監督たちのあいだで、通行人の役は沖豊がふさわしいという話になった。沖豊は主役とは反対の方向に商店街を歩かされる。



「なんと! 余や止水より、じいやの方が出番が多そうだな!」



 東温はあっけにとられる。ドラマに意外な結末はつきもので、止水たちにとってもそうとなった。



「ドラマでいちばん目立たなければならないのは、あくまで主演です。役名すらない東温坊ちゃまや止水さまがはっきり映ると、美貌で目立ちすぎて、逆によくないでしょう」



 沖豊は撮影を終えた後で、東温の気分をよくするようなことを言う。東温は「そうか?」と、冷静になる。



「なんにせよ、放送が楽しみだね」



 放送日は今年の十月だという。その頃には店もより盛り上がっていることだろう。止水はこの先を考えるとわくわくとした。



 次の日の朝。止水は朝食をとる前に、自分の部屋でしわしわの紙を見つめる。東温たちと再会できてから、くしゃくしゃに丸めたメモをゴミ箱から取り出していた。そこには東温と夏休みにしたいことが書かれてある。時空ずい道が閉ざされると聞いた時はあきらめていたけれど、どれもできるだろう。止水はこれからの夏を想像するだけで、楽しい気持ちとなった。



 正午を少し過ぎた頃。止水はいつものように店の二階で東温たちと会う。



「東温、明日にでも海に行かない?」



 これは止水なりのデートのお誘いだ。ただ、東温は止水が純粋に海に行きたいだけと思っているようで、彼女の乙女心に気がついていない。



 人はだれしも人生にいちどくらいは特別な出会いを経験するだろう。止水の場合は東温だった。止水は東温の顔を見つめながら、彼に告白はまだしたくないかな、と思う。少なくとも夏休みのあいだはこの距離感でいたい、と。あやかしと人間の時空をこえた恋愛物語は、今後も続く。





(了)

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2階建てのコンビニで、白狐様に見初められました 束出晶大 @Mbappe_10

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