窓際の誘惑

ネプ ヒステリカ

窓際の誘惑

 昔、H氏が住んでいた家の隣に3階建ての学生マンションが建った。

 マンションの中入ったことがないのでよく判らないが、一つの階に窓が三つあった。全部で5・6部屋だろう。

 玄関まわりは、しゃれた外観にしていたが、横から見ると安普請だった。大家が建築費をケチったに違いない。

 家賃を安くなければ学生は入らない。彼らは、数年住むだけだから部屋の造りなど気にしないと、考えたのだろう。

 ときどき、玄関前にだれかいるのを見た。興味がなかったので住人かどうか考えたことがない。

 当時のH氏の家は、狭く1階のリビング横の部屋をH氏が使い、二階は両親の寝室、その隣が弟の部屋だった。

 小学生だった弟は、美少年というほどではないが、大人しくてかわいかった。

 日当たりの良い弟の部屋は、真夏は暑くて入るのをためらわれたが、秋になると暖かく居心地良かった。

 暇なときH氏は、よく、そこでゴロゴロした。

 宿題もリビングでする弟は、ほとんど部屋に上がってこない。

 そんな秋の夕暮れのことだった。

 いつの通り、H氏は弟の部屋で寝転んでマンガを読んでいた。

 部屋はポカポカして気持ち良かった。

「気持ち良いな」

 声に出るほど、快い天気だった。

 そのままH氏は、暗くなるまで眠ってしまった。

 薄暗い部屋で目を覚ましたH氏は、寝起きのぼんやりした頭で周りを見回した。

 弟の机が見えた。

 と、いつもはカーテンの閉まっている隣のマンションの部屋に灯りがともり、窓が開け放たれていた。

 全裸の女が乳房をゆらしながら踊っていた。

「あっ」

 H氏が思うより早く、気が付いた女は、慌てて窓を閉じ、カーテンを引いた。

 一気に眼が覚めた。

 夢じゃない……。

 H氏は、しばらくいま見た光景を心の中で反芻した。

 顔は良く判らない、おっぱいは大きかった。お股の毛は濃かった気がする。

 一瞬のことだったので、全部あいまいだった。

「顔が思い出せない」

 なにを考えているんだとH氏は思った。

 それでも、よく思い出せない女の裸が、頭の隅に張り付いて離れなかった。

 H氏がもどかしく、そんなことを思っていたら、

「おやつよ」

 パートから帰ってきた母が、階下から呼んだ。

 階段を降りてリビングに入ると、ジュースの入ったコップを前に、弟がテーブルに座っていた。

 H氏の母は、

「お兄ちゃんは、コーヒーにする」

 と、いってコーヒーを淹れてくれた。

 おやつを食べながら、

「隣のアパートの人、見たことあるか」

 と、H氏がたずねたら、弟は少し考えて、

「ないよ」

 と、いった。

 本当だろうか。

 小学生の弟にあらぬ疑いを抱いた、浅ましい思いを慌てて取り消した。

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