第2話 裂け目
つづくつづくつづく、崩れかかった石組みの階段をひたすら下りてゆく。ボコンと弾ぜる粘度の強いマグマの飛沫、そいつを避けつつ垂直に下りてゆく。宝箱も分岐する洞窟の入り口もなく、ドンドンドンと鳴り響く太鼓のテンポ。そいつにけしかけられながら奈落の底へと堕ちてゆく。
ちな、あたしのアバターは身長2メートルで黒衣の裾と髭が燕尾のように鋭く尖った枯渋のイケオジ。両手には黒光りするワイアット・アープ流バントラインスペシャルの二丁持ちだ。リンちゃんはガーリーなドレス姿で、ゆるやかなウェーブのかかったミルクブロンドにクラシカルなボンネットをのせている。右目は桃色のパパラチアサファイア、左目は緑の
「そこそこ、なっげーよ。イヤ、ゼンゼンなっげーよ。なんだ尺稼ぎか。綱渡りも吊り橋渡りもなしか? まさか最後までノーイベントじゃねーだろな! ブツブツブツ……」
「あおたん、そんなにチョロチョロしてると落ちるよ」
「落ちないよ。そういう仕様。ここにそんな予算かけてねーて」(ワラ)
フラグだった。落ちたね、あたしゃ。いや、正確には落ちてない。ヒョロロロとマヌケな効果音もなかったし。フリーズしたみたいに動かなくなったんだ。
ブラックアウト。
からの徐々に画面復帰。
そしてホワイトイン。
この間けっこう時間がかかってる。どーてんしてて覚えてないが。
べつのステージに飛ばされたみたいな真っ白い光景がサングラス型モニタに拡がった。
「いや何コレ」
「なに?こっちには何も映んないよ」
目に刺さるような白さではない、なにか柔和な光に全身をやさしく包まれたような……
とある室内。というには、あまりに広大無辺な空間と、そこに配置された圧倒的物量。色調や音は抑制され、おのおの余裕を持たせて配置されている。何かのコンソールのようだ。それらの群れは外部とは完全に閉ざされた絶対安全空間で、
さっきまでと違和感ハンパない。明らかにゲーム内と異質な絵柄というかインターフェイス?強いていえばゲームというより何か事務的な……
「これはオフザケなのか?」
「なに、どうしたの、あおたん?」
どうやら向こう側には何も映ってないみたいだ。コチラ側もリンをフォローしてない。
「ゲーム内イベント? 運営のオフザケターン? それとも広告かな?」
「広告は映んないハズだよ」
そうだった、プレミアムに課金されていた。
「おーい!なんだよここ……」
趣味の良い殺風景な
残響の余韻が消えぬ間に白い影が浮かび上がった。アバターとはちがう。見るからにロボットだ。子ども位の大きさで1メートルちょい。シンプルかつ人に威圧感を与えないデザイン。スカ―トをはいた意識高い系配膳ロボットみたいなヤツが現れた。
「なにかお困りでしょうか?」
「私は当システムをご案内させて頂いております。Tax Alternatives for Executivesです。ニックネームでタエちゃんとお呼びください。」
「ち、標準アプリかよウザイ。ナビなんかいらね。年寄りじゃねんだから」
とはいえ、ここは頼らざるをえない。
「ここはダンジョンのどこら辺だ?」
「ダンジョンとは何ですか? ご質問候補に含まれておりません。もう少し具体的にお願いいたします。または違うワードで、検索にかかりそうな言葉でお願いいたします。」
「ナニやってるの、復帰できないの?」
リンの肉声だけが耳元で響く。まるっきり遮断されてるみたいだ。
「なんか裏ステージみたいなのに入ったみたい。当分抜けられそうにない感じ。こりゃあ、そーとー時間かかりそう」
ナビに向き直って、
「アラカミ、ダンジョン、裏、ステージ、攻略法!」
「あおたん何と喋ってんの?」
今、話かけんなって。
「あらかみ、とは?」
二人いっぺんに聞くなや、説明メンドクサッ。
「お前んとこのゲームだろ。そういうのいいから。なんかナビが出てきたよ、リンちゃん」
「ナビなんて、このゲームにないけど?」
「いや、知ってるけど……」
「第一候補としましては、デベロッパー・ゲームコンテンツの開発を行う企業の『米波妞网絡科技股份有限公司』翻訳すると『miPoNyo・ネットワークス・テクノロジー株式会社』が挙げられます。」
「いや知らんけど。タブンそうじゃね」
「すいません。アイロニーは解しかねます。この会社ですか? ちがいますか? 具体的にお願いいたします。もしこちらでしたら、申し訳ございませんが、海外に本社登記されているので当方の埒外です。本邦の法人なら承っております。」
「あおたん、こっちは、そろそろ底着いちゃう。なんか門みたいなのが見えてきたよ」
あーもう、ごちゃごちゃ知らんがな。
「すんなり出られるんだったら、先に出ちゃっていいよ。待ってなくていいから。出た先がオートセーブできる場所かもしれないし」
向き直って、
「――で、タエちゃんだっけ? それで、どうやったらここから抜け出せるの?」
「うん、わかった先行って待ってるね」
はいはい。
「脱税のトピックもしくは粉飾決算、二重帳簿のことでしょうか? もう少し具体的にお願いいたします。」
だから、知らんがな。
「じゃあ、アラカミのアンダーグラウンドのマップでもあったら出してよ」
「miPoNyo・ネットワークス・テクノロジー株式会社のシャドウバンキングを除く地下経済、地下銀行との繋がりのことですか?」
「ああ、それそれ」
てきとー(ワラ)。
「まず、初めにお聴きください。地下銀行は、銀行法に違反する違法な為替取引です。地下銀行を営んだ者に対しては、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金またはこれらが併科されます。銀行法4条、61条1項。なお、利用者においては、罰則等はございません。」
「シュウイイーン……」とファンか何かが回り始めた。
「本サービスをご利用にあたっては自己責任でお願いいたします。以上をもらさずお聴きいただき、了解した場合に限り、はい、そうでない場合は、いいえ、とお答えください。」
「えー、はい(笑)」
あれ、もしかしてマップが手に入る? ラッキーじゃん。でも、このゲームでそんなの聞いたことないが……。とにかく、リンは確実にセーブさせて終わらせよう。こっちは出られないままデッドしそうな雰囲気ノーコーだし。
「終わりました。ご用件一、その内一件修了。」
「リンちゃん、もしかしたらマップ、ゲットできるかも。まだ当分かかるから、村があったら一人で回って勝手に終わってていいよ」
となりにいるが、ついつい大声になる。
「うん、わかった。いいのがあったら買っとくね」
床に→が表示された。タエちゃんに促され進んでいくと、とあるコンソールの前で立たされた。正面モニタはすでに反映され、夥しい数字と文字がギッチリ並んでる。それぞれ意味ありげな数字の横に余白を持たせつつ、水平に分割されたセルの中に整然と収まっていた。
「なんだデベロッパーツールか? なんのログだコレ?」
「え、あおたん、なんか余計なトコいじった?」
「イヤ、なんもして……」
「miPoNyo・ネットワークス・テクノロジー株式会社の、左が正規の帳簿、右が裏帳簿になります。赤い文字と数字が海外地下銀行との取引です。」
また、なんか分からんコト言うとる。
「そのこころは?」
「主に節税対策と賢い資産運用を表しています。」
「そのこころは?」
「グローバルな視野に基づく経済の活性化と企業活動における利潤追求と地域社会への投資による貢献、それら矛盾する動機を
「そのこころは?」
「脱税です。」
「やれやれオリジナル改悪か? そんなオヤジくさい社会派のゲームなんか売れねーし、興味もねんだよ。そんなのは、なんGの『やきう』のおじいちゃんにでもやらせとけ」
「それは、どういう趣旨ですか? もう少し具体的にお願いいたします。」
「だからさ、そんなことは時代遅れの文字板のおじいちゃんたちにでも任せとけ、つーの」
「繰り返し質問するご無礼をお許しください。任すとは? どういう意味あいでしょうか?」
「こまけぇこたぁ気にすんな。聞き流しとけ、流しときゃいいの」
「流すとは、情報発信のことですか?」
「あー、そうそう」
てきとー(ワラ)。
「不特定多数への情報漏洩となりますが、よろしいでしょうか? もう一度、熟考、よくお考え直された上、ご指示をお願いいたします。」
「ハイ、考えたよ」
そくとー(ワラ)。
「では、ブラザーちゃんねるに公表いたします。よろしいですね。」
「よろしい、よろしい。よきにはからえ」
捗らんな、こいつは。
「ブラザーちゃんねるにmiPoNyo・ネットワークス・テクノロジー株式会社、本邦法人の二重帳簿を公表いたします。最終決定は、はい、いいえ、でお答えください。決定後、撤回はできません。後戻りは不可能となります。」
「ハイハイ」
「申し訳ございません。返事は規定通り一回でお願いいたします。」
「はい(キリッ)」
「全行程が終了いたしました。」
仕事が早い(笑)。
「アレ、でも、なんも変わらんけど? おい、結局ここから出られてないじゃん!」
「ご用件一、その内一件終了。全体ご指令件数二、その内二件修了。全プログラムを閉じ、シャットダウンしますか?」
「待て待て待って!(冷汗)」
「ここは神殿か? オートセーブできない場合は『組成の門』まで行かないとセーブできないんだが?」
「通常会員様は、お客様番号とパスワードで簡易ログインできます。パスワードをお忘れの際は――」
「あ、そうだ課金アイテムを使おう。スポンサーがいて助かった」
どこでも使えるわけじゃないが、時空スライムを置いておこう。口寄せ魔法陣の巻物を持たせとけば、あたし自身のアバターを召喚することも可能だ。時空スライムはエンカウント自体希少だが、運よく捕獲できても巻物は課金しないと手に入らない。ムフフ、リンを引っ張り込んだあたしの戦略勝ちか。実力と資金のコンボ、あたしじゃなきゃ出来ない合わせ技だね。と、ほくそ笑んだ。
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