吾こそは新神/ARAKAMI

川辺閾

第1話 自己紹介乙

「あつい、あつい、あつい、あつっっっっっっ……」

 パーソナルエリアの外縁を呪術系火炎に巻かれている真最中、閉め切った室内の気温もピークに達していた。今さっき始めたばかりのゲームを終わらせるため、アタシはその中へ突っ込んだ。

「クッソあつい!」

 外気温は104.00℉(約40℃)の辺りをウロウロしているハズだが、円筒形の狭いハメゴロシの窓から見える風景はシンプルバカなのっぺりとした建物ばかりで、真昼の幽霊すらウロついちゃいない。

エアコンは稼働している。息を殺さなきゃ聞けないが微音を立ててはいる。が、フィンは回っていない……。

問題は電気だ。この季節、この時間、あたしん家では制限がかけられている。恥ずかしながら、まあ、そういうクラスなのだ。

 スクールはとっくに始まっていた。目の端でずっと点滅してたからね。入室サインインを視線の動きで済ますと、ティアドロップ型のレンズ面に表面張力みたく膜が広がり、それが透けて奥行きが生まれた。

 アニメ調の舞い散る桜の花びらが消えると、魔法学院のような校舎が浮かび上がった。色とりどりの髪と目の見目麗しい少女たちの戯れ。放り上げられたスクバが青空に舞う。青春の一ページ。トンキン・アニメeスポ学園・声優科のロゴにタイトルコール。そしてCMへ。

 自分で治せるイナギノールの座薬から始まり、プロにおまかせカンタン遺産相続分割協議書メンター、「次のすこやかなる人生へ、一歩ずつ」でお馴染み養老酒、ここでスキップ。

 再び桜の花びらの乱舞、スクールのロゴとタイトルコール。

「キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン、コーンコーン……」

 ママの顔よりよく見たいつものシークエンスが終わった。

 床をキュッキュッと鳴らし前進。あたしはジェスチャーモードのチェックを外してあるので、アバターの動作選択は常に右下のフォントに三次手で触れて行っている。「Aoi・ITUMI:葵・逸見」と浮かんだ席に着くと文字が消え出席にカウントされた。と同時に話しかけられた。向き直ると「Rin・Ishikawa 凛・石川」の透かしが本人の前面から消えた。

「重役出勤ごくろうさま。」

 なれなれしく話かけてくるコヤツだが、あたしはゲームであれスクールであれ、ワンシーンにつき知己を一人置くことにしている。致命的な精神的死角スコトーマを防ぐために。何となれば、あたしは塵埃じんあいに塗れた俗世との情報遮断を旨としており、孤高たる弊害として、世間からの脱輪をやらかしかねない。そのための予防措置、わば緩衝帯、俗臭芬々ふんぷんたるコンサバ嬢とのお付き合いも其の一環というわけだ。

「パーティー、始める?」

 ヤレヤレ、『ARAKAMI』のことを言っておるのだ。コヤツはオープンワールドRPGのパーティーのつれで、四人隊列の二番手、当然あたしはトップに収まっている。ちなみにコイツと知り合ったのはスクールではない。件のゲームにおいてだった。メンバー集めにはエリア選択を使った。むろん、エリア登録は任意だ。

で、なんであれ存続=ペイしているモノには拡張アップデートは定期なんだが、プレイヤ(かぶれているので伸ばし棒を省く人)の情報源、即ち生命線を握っているのは口コミである。しかるに、それは小生にとっての惰眠を貪る愚民の虫ケラどもへの敗北を意味する。

 嗚呼ああわく、れを如何いかにせん、れを如何いかにせん、とわざる者は、われ、未だれを如何いかんともすることなきのみ。

 要するに、きゃつは鼻が利く。よって、君子危うきに近寄らず、餅は餅屋、トリュフは♀豚に探させろというわけで、戦場において免れ得ない摩擦、偶然、流動性などの不確定要素、いわゆるクラウゼヴィッツのいう戦場の霧において、とりわけ不確かな情報戦を制すため、あたしが考案したハイブリッド戦術、否、戦場を日常まで拡張した超限戦、そのための子飼いであり使いっパシリというわけだ。

「リンちゃん、ごきげんよう♡」

「どう、あおたん、やってる? 前回の終わり間ぎわにゲットした新しい召喚獣は、神獣より服従率の低い魔王ちゃんは、ちゃんと仕えてる?」

「ぜぇ~んぜぇ~んダイジョーブ♡ もうホント、ぜぇ~んぜぇ~んダイジョーブだからぁ♡♡ リンちゃんもすぐ使えるようになるってぇ!」

 下賤げせんな話だが、きゃつの身ナリがこの界隈より幾分良いのは課金してるせいだ。アパレルとのコラボによる服はリアルECサイトでもインストアなう、とのこと。

――て、知らねーよ。趣味の悪いそいつを着て、見るからザッシュでないトースト色の犬と写ってる画を送って来やがったこともあったっけか。あたしの周りにはクロスブリードしまくってハゲチョロかした、猫のちゅーる盗み舐めるしか能のないコギタナイ、シベリアンハスキーぐらいしかいねぇけどな!

「ほんとぉ? わたし自信ないよぉ。あおたんみたく上手にできないよぉ~」

「ぜぇ~んぜぇ~ん、もう、ぜぇ~んぜぇ~ん、そぉんなことないってぇ、リンちゃんなら、ヨユーヨユー♡♡♡」

 ちッ、父の境目からホワイティフローラルなええ匂い発するやんけ(汗)。上目遣いで見せつけやがって、嫌味か貴様! 見境なくオスにフェロモンまき散らす色基地碍の♀豚が! お前の性根からはゲオスミン(ドブ臭)しか漂ってこねぇがな! だいたい、貴様の貴族する世界から、わざわざフリーのガッコやゲームにノコノコお目見えなさるたぁ、どーゆう酔狂だ? お前は承認欲求のマッシブ(カタマリ)か? 

――はさておき、コイツがワレとの、たっとい関係を求めてロビーしてくる真の目的は、あたし一流のチート技を盗むためにちがいないと、あたしゃさう睨んでおるわね。

「あおたん、わたしレベルアップしたよ。MP上増えて回復系呪文グレードアップしたから、そろそろダンジョン行ってもいい頃合いじゃなくて?」

「いいけど装備を揃えてからじゃないと――」

「わたしのメタコイノンから引き出して買おうか?」

 ダメだコイツ。リアル仮想通貨から課金する気マンマンじゃん。わかってない。あたし一流のダンディが、まるでわかっちゃいない。

「えー、買っちゃうの?」

「うん、今月はまだ余裕あるから」

「買っちゃえ、買っちゃえ」

「あと、どうやっても、わたしの錫杖しゃくじょうから炎が出ないんだけど。ステータスアップした時、新しい魔法を手に入れたて、あったのに。攻撃できないなら剣に持ち替えようかな? あおたんみたいに両手持ちするの、どうしたらいい?」

 出た出た、すぐ他人に聞く。コヤツは自己啓発本を山ほど読んで何もしないタイプだ。あたしが血の滲むような反復練習したのなんて思いも至らないんだ。やれコツだの、やれノウハウだの、そんなもんあるか、てーの! あっても、やってるうち身につくモンだ。そんなもん結果論なんだよ! そもそも機械は間違わない。間違うのは人間だけ。必ずお前が余計なことやってるか、何か抜かしてるか、どっちかなんだよ。魂に刻んどけ、この含蓄あるアホリズムを!(アフォリズム=箴言・警句の誤り)

「両手持ちは一回ジョブチェンジして、戦士になってレベル1からやり直さないと出来ないよ。攻撃魔法を発動するためには、まだMPの総量が足りてないんじゃない? それか、左手でスペースボタンちゃんと触ってる? よく外れてることあるから。逆によけいなトコ触れてたりとかも、よくあるよ」

 てか、こんなお一人様ビーフやってる場合じゃないんだよ、あたしゃ。そろそろゲームも佳境だし、早いとこおっぱじめないとランク外になるし。

 てなわけで、二人して『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』の銘文の下をくぐり抜け、さっそく地獄めぐりの旅へゴー。

 あ、言い忘れてたけどコヤツのかけてるワザとらしいゴーグルは伊達だ、親の入れ知恵だろう。リンは直で繋がってる。三歳で施術を受けている。もう一つ言い忘れてたけど、講義中にゲームにログインしたとて、自己責任なのでお咎めなしだ。ていうか、たれか(古語)文句をいう権利がある?

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