第37話 侍、力を見せる

 戦わずして勝つ。つまり、争わずに目的を達することは、あらゆる兵法、武術において至上とされている。

 俺もそれに異論はない。戦わねば手柄を挙げられないが、戦場で失われるものの大きさも多少なりとも理解しているつもりだ。


 一方で、戦うのが一番という例外も時には存在する。

 今回の場合まさにそれで、力を第一の価値とする者には力をもって証明するしかないときもあるのだ。


 冒険者どもに俺たちの実力を示す。これは言葉ではできないことだ。


「――それで、代表者はアンタでいいのかい?」


 戦斧を背負った女冒険者、ベーダがオレに対してそう問いかけてくる。

 冒険者組合の支部、その地下にある修練場でのことだ。どこか手近に暴れられる場所はないかと尋ねたところ、ここに案内された。

 

 施設としては、古代ローマのコロッセオに近いか。全体が円形になっており、地面には砂が敷かれていた。


 これだけならただの地下闘技場だが、冒険者たちが言うにはこの修練場ではたとえナイフで刺されたとしても傷一つつかないらしい。

 にわかには信じがたいことだが、そういう高度な魔術は存在するとコーデが耳打ちしてくれた。


 まさしくおあつらえ向きの場所だ。こんな場所が支部ごとに用意されているのなら、冒険者たちが戦力として重宝されるのも頷ける。

 ただし、痛みはそのまま感じるらしいが、常人なら死に至るほどの痛みでも侍は平気だ。なので、何の問題もない。むしろ、斬られても何も感じないのでは修練にならない。


「当然だ。率いる臣下の実力は頭目を見れば自ずとわかるもの。であれば、戦うのは俺だ」


「肝の太いお兄さんだこって。だが、よくないね。そんな綺麗な顔で迫られたら、こっちとしても滾っちまう」


 しつこく『自分が戦う』と止めるコーデとクリス、俺が前に出ると、ベーダは獣のような笑みを浮かべる。

 闘志に怒り、それに様々な欲望の入り混じった表情は凄惨そのもので、並の男なら気圧されるだけの迫力があった。


 だが、オレは侍だ。相手が何者でも怯むことなどありえない。

 そもそも滾るのはこちらも同じだ。強者との立ち合いは己を高めるまたとない機会。前回で不完全燃焼だった分、今回は楽しませてもらうとしよう。

 

 それに、今度の戦いはの集団戦だ。拍子抜けということはまずあるまい。


「――しかし、本気でアタイら四人と一人で戦う気とはね。アンタが強いのは分かるけど、そういうのは勇気とは呼ばない。無謀って言うんだ」


「無謀か。心外だな。むしろ、俺はお前たちの方こそ、たかだか四人で大丈夫なのか心配していたんだが」


 俺の再びの挑発に、ベーダの背後にいる三人の冒険者がざわつく。

 男の俺になめた口をきかれて怒り心頭と言ったところか。単純な奴等で助かる。最初に戦うのは俺一人だと話した時もこんな感じだった。


 そう、こいつら四人とは俺一人で戦う。戦力的にそれで十分だと判断したのもあるが、なにより、こいつらに侍の強さを見せつけるためだ。

 四対一で叩きのめされれば、どんな馬鹿でも二度と俺を男だからと侮ることはないだろう。


 それに、頭に血が昇っている相手ほど御しやすい。


 ちなみに、臣下たち三人はあらゆる理由で俺に反対したが、今回に限っては完全に無視した。

 だって、四人で戦ったんじゃ武勇伝にならない。1人で四人の強敵を蹴散らしてこそ、俺の名は後世に語り継がれるようになるのだ。


「いいかおだ。美人のこういう表情はそうそう見られるもんじゃないからね。マジでそそられる」


 一方、ベーダだけは俺の挑発を軽く受け流している。

 さすがはベテラン、とでも言うべきか。やはり厄介なのはこの女戦士。戦力的にも精神的にもこの部隊の支柱とみた。


「だが、やる気満々なとこ悪いけど、こっちも腕っぷしで飯を食ってんだ。ただで腕を見せるってわけにはいかないね」


「……そっちが勝った場合の報酬が欲しい、とそういうわけか」


「そういうこったな。その場合はそうだな……ひらめいた」


 そんなことを言い出したかと思えば、俺の顔を見て指を立てるベーダ。

 ……まあ、なんとなく予想は付く。悲しいことだが、この世界に来てから女に性欲を向けられるのにすっかり慣れてしまった。


「アンタの身柄を一晩借り受けるってのはどうだい? もちろん、アタイだけじゃないぜ。アンタにはアタイら全員の相手をしてもらおうじゃないか?」


 案の定な要求に、思わずため息が漏れる。

 発言自体を許しておくつもりもないが、俺の臣下たちがどう反応するかは直接見ないでも予想がつく。挑発という意味ではこれ以上なかったかもしれない。


「――貴様ァ! よくも!」 


 案の定、クリスが吠えた。気配からしてコーデも魔術の用意をしているし、カルアもカルアで弓に矢を番えた音がした。


 三人とも、怒りで我を忘れている。俺が許可しようがしまいが、やるつもりだ。その後でとがめを受けたとしても構わない。それくらいの覚悟は皆持っている。


 俺は果報者だな。いい臣下に恵まれた。だからこそ、こいつらにやらせるわけにはいかない。

 放言の咎は俺が受けさせる。名誉は自分の手で守るものだ。


「――下がっていてくれ」


 右手を上げて、三人を抑える。そうすることで皆の怒りに感謝しつつも、助太刀は無用であるとの主命を伝えた。


 それを受けて三人は武器から手を離す。こいつらは忠臣で、俺の実力も知っている。

 そして、主が己の戦いを邪魔されるのを何よりも嫌うことも理解している。食べ物の恨みは怖いとよく言うのと同じで、侍から活躍の場を取り上げるのは許されざる行為だ。


「条件を受ける。さっさと掛かってこい」


「――上等!」


 開始の合図をまたずして、ベーダが仕掛けてくる。不意を打ったつもりだろうが、甘い。


 侍は常在戦場。こんな程度の奇襲など通用しない。


 振り上げられる戦斧。俺の身の丈ほどはあるそれには掠めただけで戦闘不能になるほどの破壊力がある。


 俺はそれと正面から向かい合う。避けようと思えば避けられるが、回避する気はない。

 侍の力を示すには正面から圧倒してこそだ。


 そして、それができる技を俺は体得している。

 後の先。相手が先に技を出していたとしても、それを後から先んじて切り捨てる、剣術において最短最速の技。それこそは――、


「――なにっ!?」


 ベーダが悲鳴を上げる。切断されたの戦斧の斧頭が宙を舞って、背後の地面に突き刺さった。


 ベーダや冒険者共には理解できていないだろうが、何が起きたかは明白だ。

 俺が遅れて振るった一撃がすでに放たれていたベーダの一撃に先んじて、斧頭を両断したのだ。


 普通なら、そんなことは起きない。だが、俺の用いた技「居合」とは最短最速の剣技。合理化された身体運用を突き詰めれば、刀を鞘に納めた状態からでもすでに抜刀している間に先んじることは可能なのだ。


 加えて今の俺には天恵スキルという後押しもある。身体能力の向上が加われれば、切先の速度は後の壁すら容易く破るだろう。


「ベーダ殿……! 今のは……!」

 

「気をつけな、レイン。アタイの斧は聖鉄鋼製だ。それを容易く切り裂いたってことはアンタの鎧も役には立たないよ……!」


 ようやく俺と自分達との戦力差を理解したのか、女騎士レインが慌てて、ベーダの隣で構える。

 得物は大剣。今まで隙だらけで構えるまでに三度は倒せたが、あえて待ってやった。

 

 残る二人も遅れて戦闘態勢を整えている。

 フードの女は短剣の二刀流。オドオドしていたおさげ女は杖を抱えていた。


 これで、それぞれどんな役割なのかはおおよそ見当がついた。

 勝利への段取りはすでに済んでいる。冒険者どもにはその段取りを覆すほどの健闘を期待するが、はてさてどうなるやら……せめて、俺の今の実力を再確認するための指標ぐらいにはなってもらわないとな……、

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貞操逆転世界に転生した侯爵家の長男、侍になります bigbear @bigbear

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