第36話 侍、冒険者たちと知り合う
『黒き霞の魔女』。それこそがこの武者修行の旅における最初の敵の名だ。
その名について、コーデには何か心当たりがあるようだったが、俺はあえてその場で彼女に問うことは避けた。
コーデは母上に戦場で拾われた。それまでは騎士の亡骸を漁り、武具や防具を回収することで生きていたと聞いている。そして、そんな生活を送らざるをえなくなったのは、彼女に魔女の血が流れているからということも俺は知っている。
コーデにとってその事実は複雑な意味を持つ。『黒き霞の魔女』の名を知っていることとも無関係ではあるまいが、それをこの場で暴き立てるなどというそんなむごい真似は俺にはできない。
そういうわけで、俺はルアンの口から『黒き霧の魔女』に関する伝承を聞いた。
伝承に曰く、事の発端は三百年間にさかのぼる。
当時のこの地には、今のような発展した港町などなく小さな漁村が点在しているだけだったが、その漁村ではある『奇病』が流行していた。
その奇病は今では『
魔女が現れたのは、そんな折だ。
魔女は村に逗留すると、病人の治療を始めた。いかなる魔術の技か、魔女が死班病の痣に触れると、その痣は黒い霞となって消えて、病もすっきりよくなったという。それゆえ、彼女は『黒い霧の魔女』と呼ばれるようになった。
それから魔女は長く街にとどまり、病の治療を続けた。
だが、ある日、海から災いがやってきた。魔物の群れだ。
魔物の集団は村人を襲い、魔女は村を守るべくそれと戦った。戦いは三日三晩続き、群れを壊滅させたものの、魔女はその力を使い果たしてしまったのだという。
そうして、死の間際、魔女は予言を残した。『三百年の後、私は戻ってくる』と。
ルアンはその予言が成就したと考えている。
なぜ、村人たちを守った『善き魔女』が街を襲っているのか、それは分からない。
だが、ルアンが独自の情報網で集めた証言は『魔女』の存在を証明している。少なくとも、毎夜のように街の住人が屋根の上や塔の尖塔に黒いローブを着た女の姿を見ているのは確かで、今の街の状況は『黒い霧』に覆われていると言っても間違いはない。
それに、この世界には『魔術』や『奇跡』が実在している。その使い手である商会お抱えの魔術師たちも『黒い霧の魔女』の存在を感知している。コーデも『少なくとも何者かの意志が介在しているの確かです』と耳打ちしてきた。
であれば、ここはルアンの話を信じて動く。熟考の末、俺はそう決断した。
ちなみに、クリスとコーデは反対しなかった。元からこの度の目的は苦難を求めての武者修行であることだし、騎士であるクリスにしても人助けは信念に適う。コーデの方は元から女がらみでなければ俺の決定にいなということは滅多にない。
問題は、村を襲った魔導士の黒幕を追うという目的を持つカルアだが、彼女も了承してくれた。
本人曰く、『しもべとして主に従うのは当然。それに今回の一件と村の事件が無関係とは思えない』とのこと。
その直感に関しては、俺も同意見だ。同じように魔術に関連する二つの事件、目に見えない関連性があるとしてもなにもおかしくはない。
といっても、俺たち、俺、クリス、コーデ、カルアの四人だけで動いてもどうにもならない。最終的な手柄は確保するにしても、何かの組織と協力する必要はある。
まあ、そこに関してもルアンのコネを活用することにした。
彼女と彼女の商会はこの街の治安維持を担う『冒険者
ルアン自身も考えていたことではあったのだろう。
とんとん拍子で裏工作等は完了して、その日のうちに、件の『特別編成隊』の面子と顔を合わせられることになったのだが――、
「――納得できない!」
街の中心部にある酒場、冒険者組合の支部であり、寄合所でもあるその場所で、冒険者の女が叫んだ。
白銀の鎧を着て、金色の髪にくすんだ青色の瞳をしている。年のころは俺たちと同じくらいだろう。特別編成隊とやらの一員というだけあって、なかなかの実力者のようだ。
美人でもある。まあ、母上や姉上、妹、ついでに我が臣下たちには劣るが。
その女騎士以外にもこの場には、冒険者が三名ほど同席している。それら三名もこの女騎士と同じ程度の実力があると見た。
「我々は本部から派遣された精鋭だ! 実力も十分だと証明されている! 追加の人員なんて必要ない!」
ルアンに俺たちを追加人員として紹介された時から、女騎士はこの調子だ。
追加の人員など必要ないし、受け入れる気もないと一点張りで、取り付く島もない。
もっとも、ほかの三人も同意見らしく異論を挟む様子はない。
まあ、推測できたことではある。
組合に所属しているとはいえ、冒険者は傭兵と同じく信用が何よりも大事だ。しかも、ここにいる彼女らは様々な紹介や組合から推薦を受けている。だというのに、追加の人員を入れたのでは面子が傷つく。それこそ、今後の商売に影響しかねない。
だから、反対せざるをえない。ある意味では被害者であるわけだし、同情もできるが、こっちにも事情はある。譲る気はない。
もっとも、そこに関しては商人という交渉ごとの達人がこちら側にいる以上、俺の出る幕はないが。
「落ち着きたまえ、
「――っ! い、いや、自分はこの編成隊の隊長だ! 貴方が我々の出資者の一人でも現場の裁量権は自分にある!」
理詰めのルアンに圧されつつも、レインと呼ばれた女騎士はどうにか反論を述べる。
孫子の兵法にも『将外にあれば、君命も受けざるところあり』とある。つまり、現場の指揮権を持つものには独自の裁量権があり、例え君主の命令でもそれが間違っていると判断すれば従わずともよいという意味だ。
しかし、この理屈を通すには、余計な命令が必要ないほどに現場が有能でなければならない。
「だが、成果は出てない。ほとんどね。君たちの能力を疑うわけじゃないが、ここらで少しテコ入れが必要だと僕は感じている。それゆえ、彼らを呼んだ。僕の子飼いのものたちでね、いつもは表に出せない仕事を任せている。その道の玄人だ」
「し、しかし、それでは――」
「しかし、もなにもない。君の罷免の動議なんてものは出したくない。命令に従いたまえ」
「――っ!」
当然、そこら辺の理屈合戦は商人でもあるルアンの方に分がある。
しかし、変態ではあるが、やはり、頼りにはなりそうだ。商会の規模から見てもやり手なのはわかっていたが、これならば貴族相手でも十分に舌戦でやりあえる。
「やれやれ、こりゃお嬢にはきついか。さすがはアンティリーの若主人。噂通りの理屈屋っぷりだ」
レインが言い負かされそうになったところで、奥に座っていた冒険者の一人が助け舟を出す。
大柄な女性だ。銅色の髪をなびかせ、顔には斜めに走る傷がある。背中には彼女の背丈と同じ大きさの巨大な戦槌があった。
……なるほど。かなりの実力者だ。
服の上からでも鍛え上げられた筋肉のたくましさが見て取れる。
…………うむ、見事な二の腕と大腿筋だ。相当に鍛えないとこの太さと大きさにはならない。
他のところもでかくて太い。それでいて、女性としての美しさを損なっていないのは元の素材がいいからだろう。
「しかし、上役から要請だからって足手まといを引率させられたんじゃ、能率が落ちるだけさね」
「……ベーダ殿」
大柄な女戦士、ベーダが出てくるとレインの方は引き下がる。どうやら部隊の長はレインだが、最年長のベーダが実質的な仕切りをやっているのだろう。
よくあることだ。リーダーや将軍というのは必ずしも実力と経験だけで選ばれるものじゃない。皆が納得する人選には家格や人柄、肩書が必要な場合もある。
「見たところ、戦士としては悪くない。それどころか、一級品だ。アタイの眼も節穴じゃねえからな、そいつは分かる。だが、冒険者の
俺達四人を改めて値踏みしたうえで、ベーダが言った。
彼女の口にした『異質』という言葉には大いに心当たりがある。心当たりがありすぎて、困るくらいだ。
俺は侍だし、コーデは魔女だし、カルアも獣人だ。この世界におけるまっとうな立ち位置にいるのは、クリスくらいのものだろう。
だが、異質だからと拒まれるのは慣れている。前世では嫌というほど味わった。この程度で俺が退く道理はない。
それに腹も立っている。こいつらの事情は理解するが、俺の臣下に対する侮りは俺に対する侮りだ。
侍たるもの侮られて、そのままではいられない。
「――では、我らの方がお前たちより優れていると証明してやろう。それができれば、お前たちとて俺たちに助力するのもやぶさかではあるまい」
敵意と怒りを込めてそう言い放つ。俺の一言に、冒険者たちの眼に怒りと闘志がぎらついた。
挑発のコツは相手の勘所を理解することだ。
今回の場合は的中だ。こいつらは侍でなくても、戦士ではある。そして、戦士とは古今東西、名誉を重んじるものだ。
業腹だが、若者、それも男になめられて黙っていられるはずもない。
ここまでは思惑通り。
問題は、どう戦うかだが、そいつも考えてある。冒険者共に侍の力、見せつけてやるとしよう。
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