カフェにいる。雨が降っている。

鈴香 和菜

カフェにいる、 雨が降っている。

 雨が降っている。カフェの窓ガラスに打ち付ける雨粒は小さく、しかし素早く、まるで音の幕が降ってきている様だ。一つ一つの雨粒の窓に打ちつけるタイミングは少しずつ違う。それは柔らかく優しい灰色の毛布をぼくにかけた。もし雨粒が本当に一直線に、地面と平行になって何層も重なって降り注いだら、それぞれの線が、限りなく小さい時間ほどの差しか持たなかったら、それは音になるのだろうか。僕たちは雨音が窓ガラスに打ち付けるはじめの「ッ」を引き延ばした様な音に支配されるのだろうか。

 「まるで線の様な現象だね。けれど私たちはきっとその微かな音の連続を食器が擦れる音でかき消してしまうだろう。」耳元で彼女が囁いた。彼女の赤いMacは雨のカフェにはまるで弦楽四重奏のエレキパートだった。彼女は、友達だ。高校の。友達だと思っている。ぼくには友達が少ない。彼女しかいないのだ。彼女は休み時間になると大勢に囲まれている。皆顔に黄色い花を咲かせている。彼女はやはり、赤い花を全開にしている。ぼくはもう花でさえないのだ。タピオカと自撮り棒を持って入った図書研究部には彼女がいる。人間の関係性とはなんだろう。彼女と僕は友達なのだろうか。友達とはなんだろう。一日に何度か短い会話を交わす程度の関係性は友達というのだろうか。友達とはもっと互いを信頼し合うものじゃないのだろうか。彼女は僕を信頼しているのだろうか。それとも信頼などなくても友達にはなれるのだろうか。信頼し合う友達を親友と言うのだろうか。友達というのは閉鎖的で暇な環境に耐えかねた人たちが作る人間関係だ。親友と言うのは何か特別な原因で互いを一人の自分とは切り離された生活を送る人間として認識し合う関係のことだろう。それは同時に相手への大きな愛を持っていると思う。薄まった家族の様なものだ。間違えて頼んだアイスコーヒーは、半分ほどが飲まれ、溶けた氷と混ざり合っていた。彼らは決して滞留の遅い空気を共有するための道具ではないのだろう。。。結局彼女は僕の友達なのだろうか、親友なのだろうか。決して親友ではない。彼女は僕に愛を持っていないだろうし、僕が彼女に抱くのは一方的な底なしの承認欲求だ。愛をくれ、愛をくれと脳が囁く。僕はその子を必死に宥め、時には喧嘩をしてその子の瞼に小さなブルーベリーを一二個添えておかなければならない。僕が居眠りしていた日や、頭の上にアーサー王の剣が落ちてきて彼の登場を待たなくてはならなくなってしまった日は、彼女に嫌われる日だ。承認欲求に愛はない。欲を持つ側の愛が欠損し配る愛がないのだ。愛の借金はできない。押し売りや、セールスはできるのに。。。回転が減速するこれ以上回すのは疲れる。ほとんど進まなかった。これではいつまでたっても水深1メータだ。浅くて魚なんかいやしない。見えるのはひたすらに海面を埋め尽くす空き缶だ。深すぎる深海は寂しさが募るけれど。

 彼女の赤いMacには人工的で有機的な色気がある。ポルシェと同じ類のものだ。ポルシェを買ったことはないけれど。「BMWはYONEXのテニスラケットよ、ポルシェは、テニスラケットではないわ。」彼女が僕の先回りをして言った。こんなことを言うべきではないのはわかってる、でも口が出てしまう。彼女の顔はそう語っている。のだと思う。彼女が頼んだハイビスカスティーはプリズムの様に光を反射していた。

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