第30話 意地
《『システム通知:装甲破損許容値、限界。速やかに装甲の再生を行ってください。装甲破損許容値、限界。速やかに装甲の再生を行ってください。装甲破損許容値、限界。速やかに装甲の再生を——————————』》
《……………ッ!!!?》
目が覚めた。仰向けに倒れそうになっていた身体を、脚を引き強引に支え耐える。
《………な、これは……——————!!?》
暗い夜の中で、外部カメラを通して映る先には日中のような大勢の姿があった。
次々と攻撃が降り、明確な殺意と共に舞う、彼らの声と動きが見える。
先ほどまで、自分は奴らの車両を手当たり次第に破壊していたはずだ。遠距離射撃をしてくる連中も黙らせ、もうじきに全てが片付くはずだった。
だが、何故人数が増えている? 俺は何と戦っている?
何故まだこんなにも——————。
どうやら、また自分は〝夢〟を見ていたようだった。その脳裏には、あの黄金色に輝くリングが鮮明に焼き付いていた。そして、あの時の彼女の顔も。
《————…………あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ………!!!!》
それら過去の映像を振り払うように強引に声をあげた。そして瞬間的に膝を曲げ、飛ぶ————、飛んだと思った。しかし視線は相変わらずの位置にあった。飛べていない。
《うぐッ……………!!?》
まるで蜘蛛の巣にかかった羽虫のように、「ディミュタ」は地面に縛り付けられ、跳躍姿勢を残したまま思うように動くことが出来なかった。限界が来たのだ。
同時に、先ほどから緊急災害アラートを彷彿とさせる、けたたましく鳴り響くシステム通知はその非常事態を訴え続ける。
《『システム通知:動核駆動限界、量変式装甲分散率73.7%。まもなく強制終了します。動核駆動限界、量変式装甲分散率81.1%。まもなく—————』》
装甲のあらゆる箇所が砕け、飛散する。発泡スチロールがバラバラになるように、辺りには装甲を成していた一部が細かく舞った。それらは頭上から降り注ぐ光を反射し、スパンコールのように煌めく。星のような瞬きが周囲に広がり、『華幕』の影響も相まってその空間は簡易的なプラネタリウムのようにも見える。
剥がれ落ちた破片が光を悪戯に反射する一瞬一瞬、鉄の弾がそれらと交差するように次々と放たれ、乱れ、新たな雪が舞う。
チープなイルミネーション。思わず目移りしてしまいそうな光景だが、彼らは「騎士」だけを眼に収め、引き金を引き続ける。
金属同士がぶつかり、弾ける花火のような音が立て続けに空気を揺らした。
《『システム通知:動核駆動限界、量変式装甲分散率88.3%。まもなく強制終了します。動核駆動限界、量変式装甲分散率91.5%。まもなく—————』》
辛うじて装甲が形を成す限界ライン。量変式装甲分散率が100%を超過した時点でギルバルトを包む厚紙のような壁は取り払われ、文字通り、彼は生身のまま戦場に姿を晒すことになる。
そして、そうなった後に訪れることは想像するまでもない。
もはや自分が上を向いているのか、下を向いているのかすらも分からない。視界はブラックアウトし、動核はオーバーヒート寸前。
脳は深い海溝に沈められたような感覚に陥り、自分の身体に信号を送ることすらままならない。
熱い。身体全体が熱い。皮膚が融解しそうだ。あの時とはまた異なる明確な非常時。損壊箇所が細かければ細かいほど、それを制御し修復するのは困難になる。今の状況では、どちらにせよ不可能に近いかもしれないが。
再び衝撃が体を襲った。暗闇の中で、どこからともなく飛来する攻撃により幾度も姿勢を崩し、足元はふらつき前のめりに倒れそうになる。
天井から吊るされるサプライズボックスに閉じ込められ、乱暴に棒切れで殴りつけられるかのように、ギルバルトは一方的に嬲られた。
箱の中で、彼は人知れず涙を零した。何に対しての落涙か。己の人生か、未練か。
ただその瞬間、彼は僅かに残った意識の中で最大級の虚無を味わった。
結局、こうして無駄に終わる。
今さら死に追いやった無数の命に対して懺悔する気など毛頭ないが、これがその自分に向けられた因果だというのならば、そういうことなのだろう。
《ぁっ——————————》
…………そうして、意識は水に溶けるちり紙のように、あやふやで不明瞭なものになっていく。
《………………………………》
溶け——
《…………………》
沈み———————
《………》
暗く——————————————————
そして、声が残った。
————〝本当に死んでいいのか?? まだ意識が残っているのに?〟
黙れ……もう疲れた。
〝本当は生きたいんだろう? だからここまで来たのだろう?〟
黙れ、もうなにも考えるな。
〝ラーザに逢わずに死んで、本当に悔いはないのか?? そのために何千人も殺したんだろう?〟
黙れ。もう彼女のことはいい。
〝その涙は生を渇望する現れだろう? まだミジンコ程度の余力があるのに、それを使わずに、そのまま「ディミュタ」を棺桶にするつもりか?〟
黙れ……………黙れ……………………っ……………
気色の悪い自分の声が暗闇の中で様々な方向から響き渡り、一様に彼を生きるように仕向けさせる。その誘いはギルバルトの心の声によって遮られるが、それは脳にまとわりつくようにしつこく付きまとった。
〝生きろ、生きるんだ、ギルバルト。生を放棄するな。まだ力があるなら、最後まで諦めるな〟
っ…………
〝生きなければ、全てが無駄になる。死ねば何も残らない。誰かの為じゃない、お前自身の為に、生きろ—————〟
……!
《———————う゛ぅ゛………っ!!》
肺に残った僅かな空気を全て吐き出すように、ギルバルトは短く嗚咽を漏らした。
そしてもう一度、錆びついた脳から全身に司令を送る。——————〝動け〟と。
《あ゛っ…………あ゛ぁあああ゛ぁあっ、あ゛ぁぁ——————!!!》
————フルロード。今度は声に出さず、それを迎えた。文字通りの最大出力。この状況では最大どころか低出力にもならないかもしれないが、それでも行使した。
◆
「量変式」とは、使用者の脳、正確には記憶に紐づいて形を変えるモノ。どれだけ莫大な負荷が降りかかろうと、その代価は必ず支払われる。
彼は大脳の破裂を予感した。頭蓋骨の崩落を察知した。脳髄の沸騰を意識した。血管が震え、細胞たちは爆縮するかのように大きな歓声を挙げる。
実際はそんなことは起きていないのかもしれないが、今まで感じたことのない、底知れぬ巨大な慟哭が精神を突き破る。その中で、ギルバルトは夢のような光景を瞳に映した——————。
名も知らぬ深海魚がシナプスの海で踊り、煌めく雪が脳を包む。見知らぬ人間が市街地で自分の間を縫うように交差し、粘土のような記憶の中を足早に駆け抜けると、道行く彼らの足元には深淵があった。
その闇の中に落ちると、中には星々が燦然と輝く宇宙があり、恒星が脈動し、数多の銀河が膨張と爆発を繰り返す三千世界がある。
彼の意識は、何かに引き寄せられるように猛然と宇宙を揺蕩い、等速直線運動に縛られた星屑と共に遥か光年を歩む。
そうして、やがて宇宙の境界で眼にしたのは、途方もなく巨大な体躯を以て、悠々と星の海を泳ぐ存在。
それは、銀河を包むような荘厳な翼と、衛星のように太く厚い腕を持ち、星々の間に架かる橋のような角を携え、古樹のような壮麗な尾を持つ、首の長い鈍色の魚だった————。
『人の脳とは宇宙そのものだ。宇宙の殆どが暗黒の海であるように、人の脳も同様に未知という名の海原であり深海なのだ。もし、その領域を踏破することが出来たのならば、人類は……新たな境地にたどり着くことができるだろう』と、その基礎を開発した、とある異界の学者はこう宣った。
《……………!!!!!!!》
《『システム通知:リューロンリンク再活性を確認。装甲の再形成を開始————』》
空間のどこかでシステムが鳴った。その間も、彼の前には銀河すら吞み込んでしまいそうな巨体が、宇宙の闇に紛れるように浮いている。
ふと、その大魚と眼が合った。その瞳は生気を感じないブラックホールの如き深淵。
黒曜石が凝縮されたかのような瞳に吸い寄せられるように、それとの距離はどんどんと縮まる。
そして遂に、果ての無い大穴と錯覚するような普遍的な闇と接触した。
逃れられない。光さえ吞み込んでしまいそうな重力の本流。実体に触れているわけでもないのに、身体は本能的な警鐘を鳴らし、急いでそこから離脱しようと試みる。だが、やはりそのタールの濁流からは逃れられない。
足先から水飴のように伸びて吸い込まれ始め、腰、胴体、肩と順に引き込まれていく。
自分は今、何を体験している? 何を見ている? 何に見られている?
自分は、自分は———————今、どこに居る……………?
《ああああああああッッ—————————————!!!!!!!!》
怖い夢を見た子供が、思わず叫びながら真夜中に目を覚ました時のように、彼は世界のどこかで反射的に叫んでいた。しかし絶叫は虚空の中で散り散りになり、世界は相変わらず暗いままだ。
だが、その叫びは無駄ではなく、彼の意識を深淵から引きずり出した。
《『システム通知:不明な信号を検知。ニューロンリンク活性異常、イレギュラーを確認———装甲を再形成します————————————』》
◆
その大気をねじ壊すような慟哭と威圧は、周囲の人間の動きを一瞬にして止めた。
「騎士」の破壊まであと一歩。あと一押し。目前に見えた確実な勝利。
その二文字の為に、もはや屍同然となった「騎士」に向け、戦術も何もない、四方八方の攻撃が再び降り注いだ。
反撃の兆しすら見せない「騎士」は、彼らからすれば多少大きいだけの的にすぎない。
だが、その変化は直後に訪れた。その場で戦闘を行っていた全ての人間が、突如凍りついたように動きを止めたのだ。
関節、指先は痙攣し、引き金を引くことも、後退することも出来ない。
「な……………っ!?」
ヘルシキアンは、今まで感じたことのない圧倒的な威圧感に全身を押しつぶされるような錯覚に陥り、思わず膝を折る。周囲に視線を向けると、他の人間も同じように重力に押さえつけられたかのように姿勢を低くしていた。
まるで、〝それ〟に対して首を垂れるかのように。
そして、ヘルシキアンは生唾を飲み、冷や汗が噴き出る顔を目の前に向けた。そこにあったのは、今まで戦っていた「騎士」の姿ではなかった。
「っ……………!!?」
これまでの戦いで、ボロボロに剥がれ落ちた装甲の欠損は完全に修復されていた。
ただ奇妙なことに、その装甲の表面は以前までの人口的な材質ではなく、何か生物的特徴を有する、「鱗」のような模様があった。
そして、最もその異変を露わにしていたのは、「騎士」の頭部から生えたようにある歪な古枝のような角。背から伸びる一対の殻に覆われた翼と、腰辺りから鋭く伸びる獣のような尾ひれだった。
「……冗談…………だろ………」
まさに夢のような光景。いや、悪夢だ。何が起きたのかは分からないが、一瞬のうちに、アレは以前のように回復した。しかも今度は、より訳の分からない姿となって。
見るからに堅牢な印象を抱かせるゴツゴツとした翼は月光を遮り、足元に歪曲した影を落とす。
「騎士」はその姿に生まれ変わってからある程度落ち着きを取り戻したようで、動揺し、未だ動き出せない有象無象を気にすることなく、変わり果てたその体を興味深そうにしげと眺めた。
《これは……………》
腕を見る。艶やかだった腕は凹凸が目立つ鱗のような物質に覆われ、また一部は甲殻とも言うべき組織で包まれている。
機械とは程遠い生物的なマテリアル。その様子を見ると、先ほどの幻覚、もしくは夢は見間違いではなかったのかもしれないと思わせた。
突如自身の記憶にねじ込まれるようにして知覚したそのイメージ。その浮世離れした姿を記憶から抽出し、どこか懐かしさを覚えるように、それを形容する言葉を口にした。
《…
それについての認識はなかった。たった今起こった一連の出来事が全てであり、全てを超越するような体験。
だが、それで何がどうなって、このような結果がもたらされたのかは皆目見当もつかない。しかし、そんなことはどうでもいい。再び動けるようになった。それが分かれば十分だった。
まだ戦える。まだ動ける。まだ……生きられる。
先ほどから、ギルバルトは自身の記憶におかしなものがいくつも混ざっていることが些か不思議、そして不快感を伴っていた。見たこともない情景、景色、街、人、感情、光、星。そして、あの存在。
そもそも、「量変式」の作動原理は操縦者の記憶域に埋め込まれた「ディミュタ」の設計情報を元にして、装甲を修復、またはその節々を他の武装形態へと変化させ自在に操るものだ。
それに対して現在の状況はギルバルトも気付かない、あることを裏付けていた。
◆
その形容しがたい重圧は、神殿付近で戦局を見守っていたドンワーズの元にも届いていた。無理やり頭を押さえつけられるような感覚を味わい、目を見開いたまま思わず上を見上げる。
しかし、空にあるのは幻想的な色を放つドームと恒星の光を反射する衛星だけで、それ以外に異常は見られない。
「っ……何、だったんだ…………?」
背筋が凍るという表現はよくあるが、まさにそれが相応しいだろう。背にじっとりとした嫌な汗が伝い、心臓は激しく鳴動する。
ヘルシキアン班を出撃させてから、既に三十分が経過していた。ここから現場の様子は見えないが、戦死報告の数字に変化が無い以上、危惧していた事態はひとまず起きていない……と、そう思った矢先、そのカウントは爆発的に膨れ上がった。
「……!!?」
それと同時に、遠くで何か雷光のような鋭い光が何度も爆ぜた。地上で花火でも炸裂させているかのような、局所的な発光。
そして、ヘルシキアン班と追撃部隊を含めた総勢数百名の命が僅か数秒でカウントに刻まれた。
「ま、待て、何が起きている…!?何故!?」
狼狽えるが、その勢いは止まらない。ふと前を見上げると、ヘルシキアン班と後退する形で帰還していたゼッテ班とリロック班の車両が僅かな台数を引き連れ、土煙を上げながら全速力で向かってくるのが見えた。
そして、その後を追従するように飛来する未知の存在が一つ。
「あれは…………!!」
『テルガ・モニャ、聞こえるか!!!?こちらゼッテ!!緊急事態だ!!「騎士」が突然姿を変えて、また暴れ始めた!!昼間のあれとは比べ物にならない!!ヘルシキアン班も追撃部隊もやられた!こっちを追って突っ込んでくるぞ!!』
「っ…………!??」
その切迫した悲鳴が通信機から流れた直後、ようやくドンワーズの視界に捉えた二班の車両群は背後から襲い来る存在によって————
『もうそこまで来てる!マズい!!避けられな—————————!!』
————完全に破壊し尽くされた。
広げた翼を織り成す一つ一つの生体組織から、輝かしい光の筋を幾重にも吐き出して暴れ狂うミラーボールのように戦場を照らした。
その光の下で動ける者は存在せず、無秩序な光の本流に呑まれた車両群は回避をする間もなく溶断され、無数のパーツに切り離された直後、光を噴き上げ爆発した。
一連の攻撃を行った「騎士」は、火を吐き黒煙を噴き出す残骸の上で、不愛想な態度を露わにしながら宙を漂っていた。
その周辺には、志半ばで力尽きた彼らの亡骸が様々な形で散乱し、地獄を作りだしている。
「……………………」
ドンワーズはその常軌を逸した状況に言葉を失い、硬直した足を後ろへ無意識に後退させた。
一方、それはドンワーズの存在に気づいているようで、ようやく到達した神殿付近に一人でポツンと佇む彼を睥睨している。
「その、姿は………何だ…………?」
ドンワーズの知らない姿。まるで、子供の頃に観た特撮作品に登場するような、悪魔のような角と猛禽類が有する猛々しい翼、そして蛇のような鋭利でしなやかな尻尾を持つ怪人の容姿。
本当に実在している存在なのかも疑わしい、月明りと幕の光を受け、神々しく宙を漂う存在。夢でも見ているような、そんな気分だった。ただ、この詰まりそうな息と、全身から噴き出る汗と身体の震えは現実だ。
現時点で、主戦場に集っていた残存勢力は全て「騎士」によって葬られた戦死者数のカウントは、セルムグドによって設定された〝八九二〟で停止していた。
パチパチと、火花が爆ぜる音と少しの風の音しか聞こえない。先ほどまでの人の声はもう無い。
そこには、天井から吊るされたように悠然と浮かぶ「騎士」と、引きつった表情を張り付けたまま場に残されたドンワーズだけが存在していた。
「騎士」を阻むものは、もう何もない。
「……………っ」
ドンワーズの視線はそれに釘付けになる。むしろ、少しでも視線を外した瞬間に動き出してしまいそうな雰囲気すらあった。
豹変した「騎士」と向き合っている間は時間が止まったように感じ、自分の鼓動すら鼓膜付近で鳴っているかのように鮮明に聞こえる。
(考えろ…考えろ……もう手は無いのか、まだ何かできる事は……………………)
最悪の事態。ヘルシキアン班を出撃させた結果がこれなのか、それとも出撃させていなくても同じ結果だったのか。それはもう分からないし、今更それを悔いたところで何の意味もない。
無意味に拳を握りしめた。やや伸びかけの爪が手のひらに食い込み、僅かな痛みが神経を刺激する。
(何か………何か……………………)
極限の状態の中、この絶望的状況を打開できる一手が必ずあるはずだと、死を目の前にしながらも懸命に思考を巡らせる。
(っ…………!)
その時、作戦開始前に謁長であるラグヴェアと交わした会話がふと脳裏をよぎった————————
『ターヴォルに潜入している謁者が掴んだ情報によると、あれを動かしているのはターヴォル統制庁、機関情報部の中でも特殊な位置にいる人間だそうだ。そして、その人間は数年前にパホニで諜報活動をしていたようでな』
『パホニで……?』
『そうだ。それで、お前さんがこっちに来ると知った時に、その過程でパホニの治安維持部隊のことを調べていた時のことが偶然思い当たったんだ。「騎士」を動かしている人間が、パホニに居た時に所属していた組織がまさに、第三治安維持部隊だってことに。だから、同じ部隊から来ているお前さんなら知っているかもしれないと思ってな。ギルバルト・スーリンって奴だ———————』
◆
見下ろした神殿付近に人影は殆どなく、唯一見えるのは開けた場所からこちらを凝視する一人の金髪の男だけだった。
何故そのような状態で一人だけが残されているのかは甚だ疑問ではあったが、殊更障害になる要因にも見えない。しかし、あれだけの攻撃を最後に、何も仕掛けてこないという保証もない。
確かに装甲は謎の記憶によって再生したが、ギルバルト自身の体は尚も満身創痍のままで、またいつ意識が飛ぶかも分からない状態だった。
装甲の維持に余裕ができたから辛うじて動けているに過ぎない。先ほど、再生した装甲で強引に包囲を突破した代償は決して小さくなかった。
《はぁ……はぁ……………………》
あれを殺せば終わりなのか、確証が持てない。不自然に一人だけよく見える位置に配置されたあれが、ただの囮だという可能性は十分にある。でなければ、あんな意味不明な人員配置はしないだろう。しかも、よく見れば丸腰の男だ。
《………はぁ、クソ、この期に及んで……ワケの分からん………》
威嚇射撃と称して、先に神殿周囲をもう一度軒並み破壊するか?いや、そんな余力はない。次の一撃を放つのが難しい状況で、無作為により体力を消耗する大規模攻撃を仕掛けるのはリスクが高い。それで反撃をもらえば死ぬのはこちらだ。
《一か八か…なら……………》
最小限の出力で腕部の形を変形させ、爬虫類のような鱗と爪が浮き出るように生える。
《———ここからの滑空で、一撃で仕留める》
男との距離は僅か一キロ弱。翼をはためかせ僅かにその場で上昇し、滑空姿勢を整える。そして翼をたたみ、腰と脚部のスラスターを起動させ、まるでトンボのような勢いで体を射出。最後に残った獲物を仕留めにかかる。
そのまま腕を真っすぐ伸ばし、アレを貫けばゲームは終了する。そう予想した。
しかし、次に起こったことは彼の予想を遥かに超えるものだった———————。
「っ……ギルバルト・スーリン————————!!!!」
《…………………ッ!!?》
————寸前。凶悪な刃物を生やしたギルバルトの手は、ドンワーズの眼球に触れる直前で急停止した。
直後、その動作によって巻き起こされた空気の奔流がドンワーズを襲う。踏ん張る暇もなく体を大きく仰け反らせ、勢いよく後方に倒れ込んだ。
「うぐっ…………!?」
殴りつけるような突風に突き飛ばされ、地面を転がりながらも慌てて「騎士」の方へ視線を戻すと、それは腕を突き出したまま硬直し石像のようになっていた。
それから無様に地面に尻をつくドンワーズに向け、翼を生やしたそれは少しの間を置き、疲労と混乱が滲む声音を発した。
《……何故……俺の名前を、知っている………………?》
『そして、龍になる』 山岡 きざし @uncf
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