第81話幻想を断ち切る剣


 上空一万メートルで考える。



 離陸したはいいが、着陸できんくね?


 さすがに一般の空港にハイジャック機を無理くり着陸させたらいろいろ問題が出るだろう。


 離着陸はかなり綿密にスケージューリングされてるときいたことがある。


 そこに割り込むと、けっこう大きな事故になっちゃうんじゃないだろうか?


 離陸は良かった。


 パレルモ空港は小さかったし、イタリア全土の国際線をカンピオーネの権力によりビシッと止まっていたから全然飛行機飛んでなかったから。


 しかし成田は離着陸をガンガンやってる大人気空港だ。俺たちのハイジャック機が突っ込む余地なんてないのではないだろうか?


 途中で飛び降りるか。


 東京湾に墜落させりゃさほど問題にならんだろ。


 みんなー、飛び降りる準備してー。


 夏目をドラメイドが、おばあをサキュメイドが後ろから抱きかかえ、俺は姫を抱っこする。


 この三体はふわふわ浮いてるのを見たことあるからパラシュート代わりになりそうな気がする。


 一花さんは飛行機を運転しているけど、一花さんは墜落ぐらいじゃかすり傷も受けないだろうからそのまま残ってもらい、俺たちは高度を下げてもらって飛行機のドアを開ける。


 うをー! 風がスゲー!


 だいぶ高度が下がってるから目下には桜木町から海側、横浜ダンジョン地区が見える。旋回しながら飛行機は高度をどんどん下げていく。


 もう、ダンジョン地区の一番高いビルに飛行機の腹を擦りそうだ。


「いくのじゃー!!」


 夏目とドラが飛行機の外にダイブする。


 一瞬で風に流され見えなくなる。


 怖えー!


 「お先にー」


 おばあとサキュメイドが笑顔で飛行機の外に飛び出す。


 一瞬で風に流され横に消えていく。  


 いやいやいや無理無理無理!! 怖い怖い怖い!!


 飛び降りるとか全然できない!!


 そもそもサキュメイドとドラメイドは夏目とおばあの体をしっかり後ろからホールドしていて安心感合ったけど姫は小さすぎる! 盛ってある白髪を抜いたら身長百十センチつくらいしかないからね! 子どもな体形だからね! そもそも姫を抱いているのは俺だ! なんか違う! なんか成功しない気がする!!


 姫は不思議そうに俺の顔を見上げているが俺には飛行機から飛び降りる度胸がない。そもそも夏目とおばあがおかしいのだ、あの二人はなんであんなに気軽に飛び降りられるんだ、マジでクレイジー、飛び降りられない俺のほうがまともだろう。


 俺がモジモジしている間に飛行機が旋回しながら水面に近づいていく。


 このままいけば墜落に巻き込まれる!


 でも飛び降りらんない!


 助けてハナ!!


 ハナが俺の後方の空間から飛び出し、俺を四本の腕で抱きしめそのまま上空に飛び出した。


 ハナー! 助けて欲しいって言ったけど背中を押手とは言ってないよー!


 上空二百メートルにハナに抱きしめられたまま放り出された俺は恐怖から姫を思いっきり抱きしめ落下していく。


 姫は浮こうとしてくれてる感じはする、俺一人なら浮いたのかもしれない、でも全長十メートルを超えるハナの巨体ごとは浮けないらしく、落下していく。


 どんどん海面が近づいてくる。


 あーこれ死んだかも。


 俺は目をつぶり、海面衝突の衝撃の予感に体を緊張させる。

 

 

 

 衝撃は来なかった。




 目を開くと、四枚の七色に輝く羽を広げた俺の姫騎士アロハがハナを海面スレスレでピックアップしホバリングしていた。


 金の粉を振りまきながら羽を動かすアロハの羽は動物の羽ではなく、一枚の膜が広がったような、蜻蛉のような羽で美しい。


 ホバリングしていたアロハがそのまま陸地に海面スレスレを飛び、ダンジョン地区の道路に俺をハナごと下ろす。


 シュルシュルと背中に巻き取られるように収納されていくアロハの七色の羽。


 俺がアロハに抱き着くと、アロハがやさしく抱きしめ返してくれる。


 まだ膝がふるえる。


 マジで怖かった。


 次からアロハに最初からお願いすることにする!


 姫とハナには悪いけど、アロハに抱きしめられている今の俺の心の安定感が次に高いところから飛び降りる時のパートナー第一候補として彼女を認めてしまっている。


 別にハナや姫への信頼が下がったわけではないが。


 遠くの海上で飛行機が墜落して沈んでいくのが見える。


 ひと時アロハの胸の中で安心感に浸ったのち、全員を呼ぶ。


 一花さん、仁香さん、鈴村さん。


 セン、シロジロ、オタマ。


 アオジロ。


 ツン。


 アロハと姫とハナはもう出てきているし、サキュとドラがおばあと夏目を連れてふわふわ飛んでくる。


 タロとジロとウメは母親と父親の元にいる。




 それじゃいこうかみんな。

 練り歩こうか。




 シロジロを先頭にツンとハナとアオジロが横に並んで歩く。


 その後ろに姫とサキュメイドとドラメイドが三角形を作り歩く。


 センが俺の手を引き、一花さん、仁香さん、鈴村さんが俺を逆三角形に囲む。


 最後尾はオタマとアロハ。


 上空にはセンが出した数十体の、数百体の青白く光る骸骨たちが手を叩き、踊り、飛びまわる。


 俺をおばあと夏目が挟む。


 俺は歩く。


 同じリズムで。


 足を前にスウィングし、出した足が数センチ空中に浮く。


 その足が落下し、地面につくとともに、体重が乗り、体を引き寄せる。


 スウィングとフォロー。


 永遠と続く上昇と落下。


 背中を苛立つ猫のように丸め、両手をポケットに突っ込む。


 シロジロ、まずは金デビと合流しよう。


 シロジロがポンと跳ね、クルっと一回転し返事をしてくれる。


 道路を走る車は関係ない。


 避けろ避けろ、骸骨様のお通りだ。


 さくら通りを逆走し、ショッピングモールを超え、どんどんダンジョンから遠ざかっていく。金デビの自社ビルからも遠ざかっていく。


 桜木町の駅を超え、国道十六号を横浜駅方面に片側三車線の道路を全面通行止めにしながら歩く。


 国道一号とぶつかる交差点でシロジロが足を止める。


 ん?


 一軒のマンションの入り口で前足を一本曲げポイントする。


 エントランスに入り、オートロックの前に立つ。


 シロジロが鼻で206と数字を押し、呼び鈴を鳴らす。


『あ~タカシくんだ~』


 お久しぶりです豊川さん。


 インターホンからキツネ耳の豊川さんの声がきこえる。


『今開けるね~』


 マンションの入り口が開き中に入る。


 俺とシロジロと夏目とおばあでエレベーターに乗る。


 二階に上がり、六号室のインターフォンを押すと、ドアが開き、顔中に血が滲んだ包帯を巻き、片手を三角巾で釣った豊川さんが招き入れてくれる。


「お豊さん!! 大丈夫なのじゃ!?」


 夏目が豊川さんの怪我を心配している。


「ん~、このままじゃ全滅~」


 にこやかにピンチを宣言する豊川さん。


「こっち来て~」


 奥に誘われる。


 2LDKの一番奥の部屋を開くと、大きなベッドが置かれていて、四肢を切断されてこの世の全てを恨む目で俺を睨みつける瀕死のメスライオンこと希来里さんがいた。


「手酷くやられましたね希来里さん」


「そうね、イタリアのクソ野郎、今銀太とパパを探してるわ」


 銀太さんと瓜実氏がカンピオーネの今のターゲットらしい。


 豊川さんが困った顔で、


「カンピオーネのスキルで傷が治らないのよ~」


 へーそれはキツそうなスキルだ。


 でもそんくらいの相手、希来里さんの敵じゃなくないですか?


「スキル「幻想を断ち切る剣」、これが厄介なの~」


 豊川さんいわく、スキル「幻想を断ち切る剣」は剣ではなく、カンピオーネが発する光の名前で、その光に当たると全てのスキルが無効になり、ただの人になっちゃうらしい。


 回復しないのも「幻想を断ち切る剣」の範囲内で攻撃されると、傷が自己回復系のスキルや回復魔法などのスキルを受け付けなくなるらしい。


 血も止まらないのか、大量の輸血を受けている希来里さんの顔色が白を超えて紫色だ。


「あんたの骸骨たちも、スキル、つまり「幻想」でしょ? 「幻想を断ち切る剣」はあんたの天敵よ。ケツまくるなら今じゃない?」


 つまらなそうに吐き捨てるようにそう言う希来里さん。


 希来里さんは基本優しき人だ。きっと今でも俺へのアドバイスだし、俺に逃げる選択肢を提示し、気づかせてくれる。


 シロジロを触る。


 こいつは幻想なんかじゃない。


 この手触りは幻なんかじゃない。


 だからこいつらは消えないよ希来里さん。大丈夫。


「まあ、ゆっくり休んでてください」


 俺はそう言うと、踵を返す。


 おばあにはここにいてもらおう。おばあは正にど真ん中「幻想」だろう。エルフだし。


 それじゃ、対面といこうやカンピオーネ。


 マンションを出た俺は夏目と共に近くにある掃部山公園のジャングルジムの上に昇り、座る。


「ここで待つのじゃな?」


 そ。


 夏目も俺の横に座りイタリアで買ったスコップの先端を砥石で研ぐ。


 伽藍堂の骸骨たちが俺の周りを囲む。


 ハナはジャングルジムに蛇の下半身を絡め、俺のことを覗き込み四本の腕で四つの手のひらで俺を撫でまわす。きっと俺の精神がグラグラ沸き立っているのが分かっているのだろう、何とか俺の心が落ち着くように、頭を撫でまわす。


「来たのじゃ」


 夏目の言葉に、ゆっくり目線を上げる。


 黄金色に輝く金版鎧に玉ねぎ型のフルヘルム、バイキングヘルムに銀色に輝くチェーンメール。血だらけにされた瓜実氏と銀太郎さんを引きずって現れたのは老人だった。


 禿げあがった頭としわくちゃな顔、細い体をトーガが包んでいる。


「お前が骸骨使いか?」


 そうだね、きっと俺のことだ。


「散々迷惑かけてくれたな若造」


 あんたもな、老害。


「少し良いスキルを手にして付け上がった猿が、思い知るがよい」


 老害の体が発光する。


 けっこう眩しい。


 目を閉じ、目を開く。


 俺の周りにいた伽藍堂の骸骨たちが一体もいなくなっていた。


 汚くボロボロの歯を剥き出しにし大声で笑う老害。


「骸骨使い、ご自慢の骸骨は全部消えた、お前は、終わりだ」


 そう言いながら、俺に近づいてくる老害。



 はは、こいつマジで頭おかしいんじゃねーかな?



 俺が今ここにいるだろ?


 俺は二十年の時間を巻き戻り、パラレルワールドに降り立った、時間と空間を飛び越えた、最高に「幻想」な存在だぜ?





 俺程度の「幻想」を消せない糞が、彼女を消せるはずないだろ。

 



 ツン。




 俺の前の空間が陽炎のように歪む。





 やっちゃって。


 



 歪んだ空間から身長二百五十センチの長身、体中をヘナタトゥーで飾り上げ、ラマ着の下に胴巻きを巻いた原始の骸骨。


 俺の頭を最初に撫で、俺の体を最初に抱きしめた原初の溺愛。


 音速を超えた飛び膝蹴りがソニックブームすら置き去りにし、老害の顔面にめり込む。




 ツンが俺を置いてくたばるはずないだろ。



 

 「幻想あい」を舐めるなクソが。 

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無能の王と覇道の軍団 大間九郎 @ooma960

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