第80話時間稼ぎ
イタリアにはダンジョンがない、らしい。
基本イタリアの探索者はマルタ島にあるダンジョンに行くか、スイスにあるダンジョンに行くらしい。
イタリアの星三つ、カンピオーネさんもこの法則にしたがい、マルタ島のダンジョンを主戦場にしているらしく、今はマルタ島に出張中。俺との面会は帰ってきてからってセバスチャンが説明する。
パレルモ、グランドホテルワーグナーのセミスイート。
俺と夏目が座るソファーの横におばあが立つ。
全員フーディーにスポーツギアのハーフパンツ。
目の前に立つ執事服の老紳士はカンピオーネからの使いだ。
なるほどね、とりあえずカンピオーネは俺たちに待ってろと言いたいわけだ。
ふざけるなよ?
お前の都合とか関係ない。
話したいなら今すぐ来い。こないならこちらから行って、殺す。それだけ。
「少々横暴ではないですかな?」
セバスチャンはそう言って口の端を吊り上げる。
くだらない。
先に手を出したのはお前らだ。横暴はお前らだろ? 小銭稼ぐために夏目にちょっかいかけて、それでごめんなさいもなしに待ってろだ?
くだらない。
お前らヤクザの理論に巻き込むなよ。
お前らヤクザの理論が俺に通用すると思うなよ。
「カンピオーネは地中海を制する星三つですぞ?」
セバスセバスセバス、くだらないこと言うなよ。
その星三つが、泡食ってお前を使いによこしたんじゃないのか?
話をしたいって言い出したのは俺か? ちがうよな? お前の主様だよな? これが答えだろ? 分かるか?
俺が最後まで言い切ると、セバスは黙り込んだ。
俺も言うことはもうない。だから黙る。
夏目はセバスをじっと見つめている。
おばあは青い瞳でゼバスを物を見るように、冷たく見つめる。
「ご家族の安否は気になりませんか?」
ならんね、骨犬のタロとジロ、今回はウメもおいてきたし。
「パレルモの地を生きて出られるとお思いですか?」
ふふ、誰が俺を殺す? 誰が夏目を殺す? 教えてくれよ。
「三人で、我々全てを相手にすると?」
一花さん、仁香さん、鈴村さん。
セン、姫、サキュとドラ。
シロジロ。
ツン。
俺の周りを伽藍堂の骸骨たちが囲む。
大きさ的に出せないこたちは、手を伽藍堂から出し、俺の頭を撫で、腿に手を置き、俺の手に手を重ね、つま先に顎をのせる。
三人だけ? 勘違いするなよ?
「つまりは、全面戦争じゃな? 今と変わらんのじゃ」
夏目の言ったままだ。今までと変わらない。
そうだおばあ、マルタ島ってここから近いの?
「フェリーか飛行機ね、船は二十時間くらいかかるわよ」
けっこうかかるね。
よし、セバス、明日の今、この時間にカンピオーネが来なかったら俺から行くよ。殺しに。
話し合いたかったら明日の今、ここに来ること。
そうカンピオーネに言っといて。
それじゃ、バイバイ。
セバスを部屋から追い出す。
「よかったの?」
おばあが俺が待つって選択をしたことに疑問を投げかける。
今から全面戦争じゃ、せっかく四百八十ユーロ払ったこのホテルのベッドを堪能できないじゃないですか。
四百八十ユーロだ。マジで安い部屋じゃない。俺はここを堪能したいし、明日の朝食ビュッフェも楽しみにしている絶対に食べたい。
「朝食バイキングじゃ!!」
そう!! 朝食バイキング!! 絶対これは食べたい!!
「ここはバーが有名なの、映画「山猫」にでてきたって」
いや映画知らんし。酒飲まんし。
夏目、バー行きたい?
「ピザじゃ!」
きっとピザはないよ。明日食べようね。
「それじゃ寝るのじゃ!」
そうしようね。
キングサイズのベッドに転がる様に飛び込む夏目。
おばあはシングルで一人寝してもらい、俺と夏目はキングサイズのベッドで眠る。
猫のようにベッドの上で丸まる夏目の外苑を縁取る様に俺は体を寄せる。
細い猫ッ毛に鼻先を寄せる。
俺は夏目と二人眠りに落ちた。
◇◇◇◇
イタリアでは朝ご飯が甘い。俺おぼえた。
朝食バイキングは菓子パン祭りだった。
「ドルチェっていうのよ」
おばあが菓子パンの正式名称を教えてくれながらモリモリ菓子パンを食べる。
夏目ももりもり菓子パンを食べる。
俺は甘くないクロワッサンとスクランブルエッグをいただく。
「刺し盛りがあったのじゃ!」
夏目に手を引かれ見に行くと、本当に刺し盛りとしか言いようがないカルパッチョ盛り合わせが置かれていて、夏目がガパッと皿に取り、菓子パンと一緒に食べている。
おばあも気にせず刺し盛りと菓子パンを食べる。
他の客も結構刺し盛りと菓子パンを一緒に食べてる。
すごいねイタリア。
朝食を食べ終わったら、部屋でゴロゴロももったいないので「ウミクロ」パレルモ店に行き、全身タイツのような防護服を三人分買う。
グローブとソックス、バラクラバも買う。
おばあが革サンダルだったので、フィラのテニシューも買う。
夏目にスコップを買い、砥石を買う。
おばあに武器として、暖炉の火かき棒を買う。
「ピザじゃ!」
夏目はさっきあれだけ菓子パンと刺し盛りを食べたのに、もうピザが食べたいらしい。
「ピッツァトリアね」
と、おばあがピザ屋さんに連れてってくれる。
夏目とおばあがガンガンワインを飲み、ガンガンピザを食べる。
ピザはおいしい。でももうちょっと朝食とのインターバルを開きたかった。
この時間に夏目がダウン。飲み過ぎだ。
夏目を背負い店を出ると朝からずっとついてきている影が二つ。
片方はチンピラさんなのであれはカンピオーネの手下だろう。
もう片方は誰だ?
見たことないスーツの男だ。
「あれ、この前来た人間遣いのお使いさんだわ」
お使いさんに向かい手を振るおばあ。
俺のウィルコムが鳴る。
『ウチの職員は監視のためについているわけじゃありません。我々合衆国中央情報局は無能の王を監視などいたしません。我々は絶対に無能の王と敵対する意思はありませんのでそのことお忘れなきよう』
人間遣いから息継ぎなしの弁解の電話だった。
いや別にいいけど、お金が足りなくなったら近くにいたほうが借りやすいし。
それより、今日の夜カンピオーネと面会するよ。
一応教えておこうかと思って。
『…………無能の王、カンピオーネは今、日本に向かっております。きっとその会合は時間稼ぎの口実かと』
電話を切る。
おばあ、すぐ日本行きのチケット取って!
夏目を背負ったままパレルモ空港までタクシーを拾おうとすると一台も止まらない。さすがアウェイ、統率取れてるじゃんイタリアヤクザ。
ハナ。出てきて。
俺の体の前の空間が陽炎のように歪む。
身長三百五十センチ四本の腕と蛇の下半身、全長十メートルを超える巨体とうねる烏の濡れ羽色。愛情深い俺の骸骨ハナが夏目を背負った俺とおばあを抱き上げ高速で移動を始める。
おばあの指示に従い空港に向かうハナ。
空港についた俺たちは財布をおばあに預ける。
空港のカウンターに走るおばあ、数分して、むずかしい顔になったおばあが戻ってくる。
「国際線は全部止まっているわ、ここだけじゃない、イタリア中の国際線が止まってる」
なるほどね。
俺たちをイタリアに釘付けにして、日本に残った人間を狙うわけね。
父親と母親はタロとジロがいるし、ウメもいるから絶対大丈夫だと思うけど、金デビのことまでは考えてなかった。
誰か死ぬかもしれない。
それが分かっているのに、ここから動けない。
怒りで鼻の奥が痛い。
この島ごとぶち壊したくなる。
俺が何か横浜に変える方法はないか頭の中でぐるぐる考えていると、ポンと俺の肩を叩く手がある。
真っ白な骨の手のひら。
ボロボロのダークスーツに黒のネクタイ。
一花さんだ。
ん? 何かいい方法思いついちゃいました一花さん?
一花さんは止まって搭乗口がくっついている航空機を指さす。
いやあれじゃ帰れないですよ、成田行きじゃないし。
サムズアップする一花さんは搭乗ロビーに勝手に入っていく。
一花さんが向かった先から搭乗客が走って逃げてくる。
職員も逃げてくる。
パイロットも逃げてくる。
仁香さんが伽藍堂から出てきて、俺の手を引き、航空機搭乗ロビーに誘う。
誰もいなくなったジャンボジェット機の中に誘われ、とりあえずファーストクラスに座る俺とおばあ、夏目はまだ寝ている。
うん、ハイジャック。
いや、飛ぶ前からのっとったからハイジャックじゃないかもしれないが。
飛行機が動き出す。一花さんが運転しているんだろう。
飛行機は滑走路を滑り、飛び立つ。
仁香さんがオレンジジュースを持ってきてくれる。
「私、パスポート持ってないわ」
いいんじゃない? どうせ前のパスポートじゃ姿が変わりすぎて使えないだろうし。それより、庭のニワトリたち大丈夫?
「放し飼いだから、野生に戻るだけよ」
そう、それならよかった。
とりあえず、一花さん、なる早でお願いします。
俺たちは横浜に帰ることになった。
イタリア来て、追い剥ぎに合って、おばあがエルフになって、刺し盛り食べただけの旅だった。
何のために来たんだイタリア?
まあいい、決戦の地は決まった。
横浜だ。
たのむ、ツン。
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