第79話シチリア名物ブシアータ
いずれ俺も死ぬ。
死に方は選べない、路傍の石のように転がる死体となるのだろうとも思う。
だから死は考えない。
死を考えると、生きることのに脚をすくませながら歩かなきゃいけなくなるからだ。
なら生き方は選べるか?
俺はこの世界に来て、どのように来たかも分からないが、とりあえず偶然的にこのダンジョンがある世界に来て、探索者以外の生き方を選べたとも思えない。
夏目だって、あの特別職能訓練施設横浜校の教室で俺に出会わなければ、今のように笑顔を浮かべていられたか分からない。
俺の手を取らなければ、生きて行けなかったかもしれない。
生き方は、環境と社会のルールにより選べない。
いつか死ぬ。
死に方は選べない。
今を生きている。
生き方は選べない。
俺にできることは、大河の中、尾びれや胸びれを精一杯動かし、流れに抗うことだけだ。
濁流のような大きな流れにひれがボロボロになり千切れても、ほかの人から見れば奇妙な、滑稽なダンスだったとしても、そもそも踊ろうが踊らなかろうが濁流のような流れに流されていることは変わらなかろうとも。
俺にできることは、醜く踊り、笑われながら抗い続けることだけだ。
それか、全てを拒絶し、死ぬまで腹を上に向け、動かず、死ぬまで死のまねごとをし続けることだけ。
だから俺には、夏目が必要だ。
夏目は俺と共にこの世界で、一緒に醜く踊ってくれるからだ。
生きることはくだらないね。
人間は劣等だね。
世界は反吐が出るほど汚いね。
それを、一緒に笑ってくれるからだ。
一緒に笑った後、俺は一人だと全部拒絶してしまう。
でも夏目は、拒絶せず、俺の胸びれをその小さな胸びれを重ね、さあ踊ろう!と、この世界で踊ろう!と小さなその体で踊り出してくれる。
ボロボロの胸びれをビロードのようにはためかせ、千切れそうな尾びれで剃刀のように濁流を切り裂き、俺と夏目は、抵抗のダンスを踊る。
死のまねごとではなく、流されるだけの生ではなく、拒絶ではなく、あきらめでもない。
糞とゴミの上で四つ打ちに合わせ二人で跳ねる。
生きるとはそう言うことで、夏目は俺に生を与えてくれる。
◇◇◇◇
パレルモの旧市街、裏路地に高く積まれたイタリアの星三つカンピオーネの配下の探索者の死体、死体? 生きてるのもいるかも知らないが、そこはよく分からん、死んでても生きててもどっちでもいい。
その死体の山に吹き飛ばされたおばあの安否を確認するため夏目に脳天を噛まれながら近づくと、おばあは四肢があっち向いたりこっち向いたりどれ一つ正常な位置にないくらいボキボキに折れていて体中の穴から血反吐が噴き出している。
生きてるかな?
夏目生きてると思う?
「大丈夫じゃ、エルフはこんくらいじゃ死なんのじゃ」
何そのエルフに対する絶対的信頼?
確かにおばあはこれくらいじゃ死ななそうだけど。
とりあえず病院とか連れてった方がいいよね?
「人間用病院でエルフは見てもらえるのじゃ?」
そこは大丈夫じゃない? 耳長いだけでしょ?
ハナ。
ハナが全長十メートルを超える巨体を伽藍堂から押し出し、四本の腕で俺を抱きしめて頭を撫でる。
ハナ、おばあを病院まで運んで。
ハナが二本の腕でおばあを抱き上げ、残った右腕で俺の腰を抱きあげ、残った左腕で夏目を抱き上げる。
するすると蛇の下半身で裏路地を出る。
パレルモの街行く人々が、エイリアンでもあったようにハナを見ると悲鳴を上げ逃げ惑っているがどうでもいい。
ハナがピタリと止まり、俺の顔を覗き込む。
あー、病院の場所が分からないのね。そう言えば俺も知らん。
夏目、
「知らんのじゃ」
も、知らない、と。
どうすっか? ハナも困って立ち止まっちゃってるし。
こんな時は頭がいい人にきくのが一番だ。
オタマ、出てきて。
俺の前の空間が陽炎のように歪む。
ずるり、身長二百センチ、曲がっている背中を伸ばせば三百センチはありそうな巨体。頭、特に脳が詰まっている場所が通常サイズの数十倍はあり、その大きすぎる頭部を支えるために背中から六本の腕が生えている。
頭貫衣のローブを引きずり、両手に杖を持つ骸骨。
俺がオデコを突き出すと、オタマも前頭葉を突き出し俺のオデコに擦り付け愛情を伝えてくれる。
頭がデカいオタマは、きっと頭が良いはずだ。
さあオタマ、病院の場所とか教えて!!
オタマがじっとおばあを見ている。
うんうん、そのエルフを病院を連れてきたいんだよ。
オタマが右手で突いている杖の先端をゆっくり上げる。
おっ? その杖の先で病院を指し示してくれるの?
ドキドキオタマの上げた杖の先端を見つめていると、先端はゆっくりとおばあの体を指し示し、ズン!とその腹を深々と突いた。
オタマー!! 何してんの!! とどめを刺せって言ってないでいしょ!? 俺はこのエルフ助けたいの!! 死に水取ってどうするのよ!!
俺が焦っていると、腹を突かれたおばあが、
「がはっ!!」
と、血反吐を大量に吐き出し目を開く。
「気を失っていたようね」
意識を取り戻したおばあの体がゴキゴキ音を立てて再生していく。
なん? まるでオタマが助けたみたいになってるけど。オタマも心持ちドヤ顔のような気がする。
まあいいか、病院行かずに済むし、そもそもエルフであるおばあが人間用の病院で処置できたか分からないしね。
それよりもハナとオタマが出てきたことにより、パレルモの旧市街のメインストリートは誰もいなくなってしまった。
遠くからパトカーが申し訳程度にこちらをうかがっているから、軽く手を振っておく。
「バラトゥインスキーは?」
そうきくおばあに、
「ぺしゃんこにしたのじゃ! 一撃じゃ!!」
と、胸を張り、エッヘンとおばあに報告する夏目。
おばあは目を見開き夏目を見つめて、目を細め、一筋涙をこぼす。
「そう、あいつ、死んだのね……」
そう言いながら、夏目の頭をやさしく撫でるおばあ。
夏目はくすぐったそうに、目を細め猫のように笑う。
「それとワシはタカシの嫁じゃ」
「そうなの? 彼、けっこう煮え切らない感じだったけど?」
「そこは折檻したからだいじょうぶじゃ!!」
「まあ! どうやったの!?」
「臍と脳天をガジガジじゃ!!」
口に手の甲を当て、大声で笑うおばあ。
一筋頬に残っていた涙も消し飛ぶほど大声で笑う。
体をよじり、腹を抱え、わらうおばあ。
ひとしきり笑ったおばあは、
「下ろしてくださる?」
と、ハナにきく。ハナは優しくおばあと夏目を下ろし、四本の腕で俺を抱きしめ撫でまわす。俺のことは下ろしてくれないらしい。
おばあは夏目に向かい両膝を折り、胸の前で手を合わせる。
「夫の無念、このパレルモの地で晴らすことができました。心からの感謝を」
と、頭を下げる。
夏目は胸を張り、
「星二つ撃破じゃ!!」
と、鼻息荒く、ムフーと下顎を突き出す。
「奥様も星持ち?」
「ワシは最強の星一つじゃ!!」
希来里さん怒るんじゃない? その言い方。
「瓜ねえは最狂の最凶の最恐の星一つじゃ!!」
確かに、怖いもんね……。
それよりも、おばあ、体中の穴から血反吐吹いてるから風呂だな。
ヤサが欲しい。
おばあ、良い場所知ってる?
「そうね、ここからなら、ワーグナーかしら?」
よく分からないけどそこに行こう。
おばあに連れられ、俺たちはヤサに向かう。
◇◇◇◇
グランドホテルワーグナーは市内にある一流高級ホテルだった。
まず一拍の宿泊代が四百八十ユーロ!!
俺の持ち金全部払っても三人じゃ一泊しかできない!!
と、ここで初めて金デビクレカが役に立つときなんじゃ!? と、出してこれで会
計できますか? と、きいてみたら、ホテルの人が機械にカードを通し、困った顔をして、おばあに何か言っている。
「このカード、使えないって。期限が切れてるって」
金デビー!! なに掴ませてんだよマジで!!
とりあえず一泊分だけ部屋を取る。
部屋はセミスイートくらいかな? 三人一緒の部屋だ。
おばあと、ついでに嫌がる夏目をおばあに託しがシャワーを浴びに行ってもらっているので、ウィルコムから金づるに電話する。
とりあえず銀太郎さんに電話。
『はい、今戦争中でして、手短に用件を言っていただけると嬉しいです』
銀太郎さんにしては余裕がない感じだ。結構日本は日本で大変なのかも。
『クレカ、期限切れなんですけど?』
『……きっとイタリア側の嫌がらせでしょう。こちらから現金を送ります』
『お金がつくのって時間かかりますよね? 今ホテル代払ったら、今晩の晩御飯も苦しい感じなんですけど?』
『……お力になれそうもありませんね』
『ですよね』
『帰ってきたら、タカシさんにはそれなりの保証をさせていただきます。このたびは誠に申し訳ありませんでした』
電話を切る。
瓜実氏にはあとで吹っ掛けよう。
次に、アメリカに電話。
『…………はい?』
すごくいやそうにアメリカ合衆国中央情報局エージェント人間遣いが電話に出る。
『今パレルモに来てるんですよ』
『うかがっております。イタリア星三つ、カンピオーネと戦争中だとか』
『ですです、それで、いますよね? アメリカ合衆国中央情報局の職員、このパレルモにも』
『…………無能の王は、我々に何を望まれておりますか?』
『俺が持ってる金デビのクレカ、使えるようにしてもらえません? なんとこのカードアメリカンエクスプレスって書いてあるんですよ、なら頼む相手はアメリカさんかなって?』
『…………今調べたところ、そちらのカード、失効扱いになっており、すぐには使えるようにできません、二日ほどお待ちになっていただければ、』
『それなら、パレルモにいる職員に現金届けてもらえません? 回収は金デビ瓜実氏にお願いします』
『…………………はい』
電話を切る。
そんな苦渋の決断みたいな声出さなくたってね?
夏目とおばあがシャワーを出たので、俺が入れ替わりで入る。
ここに来る前に世界の「ウミクロ」パレルモ店で下着とフーディースポーツギアのハーフパンツを買ってきた。
俺は黒、夏目はハーフパンツだけ赤、おばあは全身黄緑色だ。
本当は全身タイツみたいな防護服も買いたかったんだが、悲しいかな金がなかった。手持ちが少ないのは本当に悲しい。
シャワーを出ると三人スッキリ、そしてテーブルの上にパンパンの茶封筒が置いてある。
「さっき、人間遣いのお遣いさんと名乗る人が置いて言ったの」
仕事速いなさすがアメリカさん。そのまま立ちそうな茶封筒からユーロ札を取り出す。
ひいふうみいよ、数えると百ユーロ札が三百枚。合計三万ユーロだ。
日本円にすると三百六十万くらいかな?
とりあえず今日の晩御飯に困ることはなくなった。
三人で外に出て、近くのレストランに入る。
お金が入り、気が大きくなったので少し良さそうな店に入ろうとしたら三人ともハーフパンツで断られた。
しかたないので大衆食堂感、と言うか飲み屋のようなレストランに入る。
さすがにそんな店でもハーフパンツ三人衆は嫌な顔をされ、凄い端っこの席に通される。
おばあが白ワインを頼み、それからメニューからいろいろ頼んでる。
「おばあ! 魚じゃ!!」
「はいはい、注文しときますね」
夏目はお寿司が大好きで分かる様に魚が大好きだ。いや、肉も好きだし、チーズもうどんも蕎麦も何でも好きだな。
俺も魚は好きなので楽しみになる。
「おばあ! ピザもじゃ!!」
「ここはオストリアだから、ピッツァはないわね、代わりにパスタを頼みましょうね、おいしいわよ」
「スパゲッティーじゃな! 楽しみじゃ!!」
「スパゲッティーじゃないけどね」
まず、生ガキが出てくる。
それにマグロのソテー、刺し盛りとしか思えないカルパッチョのアラカルト。
「刺し盛りじゃ!!」
夏目もそう思うよね、俺もそう思ったもん。
夏目とおばあが白ワインを飲み、俺はオレンジジュース。
料理はどれもけっこうなボリュームなのでガツガツ食べる。
この後スパゲッティーも来ちゃうからね。
どれもおいしい。
夏目も目を細め刺し盛りを平らげていく。
五割がた食べつくしたかと言うときに、スパゲッティーが二皿到着。
「シチリア名物ブシアータよ」
おばあが小皿に極太スパゲッティーを取り分けてくれる。
一皿はムール貝のスパゲッティー、麵がうどんぐらい太い。
もう一皿は海老のトマトソースのスパゲッティー、こっちも面がうどんぐらい太い。もしかしてブジアータってうどんぐらい太いスパゲッティーのことなのかも。
ずるずるスパゲッティを食べる。うん、うどん。でもおいしい。
ムール貝のほうはニンニクがきいてておいしい。
トマトソースのほうは本場のナポリタンて感じでおいしい。
三人でもくもくと夕ご飯を食べて、腹いっぱいになる。
いい店だった。俺、けっこうイタリア好きになってきたかも!!
会計をして店を出てホテルに変えると、受付で、客がロビーで待っていると言われ、ロビーを見ると、うんセバスチャンった感じの執事服を着た老紳士が俺に綺麗なお辞儀をしてくれた。
「セバスチャンじゃ……」
夏目もそう思うよな。
まあこんなところじゃなんですしと、部屋まで来てもらう。
部屋に備え付けてあるソファに腰掛ける俺と夏目、それと夏目の横に立つおばあ。
セバスチャンは立ったままだ。
それでセバスチャン、なに用?
「主、カンピオーネから、伝言があります」
ほいほい。
「一度会ってお話がしたいと」
いいよ、お話し、しようよ。
お話し、ききたいんだよね。
夏目の円形脱毛、どう落とし前つけてくれるのか。
とかさ。
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