第78話疾風迅雷



 漆喰で固められたレンガの壁に真っ赤な血の花が咲く。


 シチリア島ココはなんて町だっけ?


「パレルモよ」


 おばあが浅黄色のプロテクターを着た探索者の後頭部を鷲掴みにし、漆喰の壁に顔面を擦りつけながら教えてくる。 


 おばあ凄い腕力。





 旧市街地の裏路地、行く手をプロテクターを着た探索者三人に塞がれた。


 細い道、引き返してもいいのだけど、もうエンカウントしたし、このままボス部屋まで一直線でいいかなって思う。


 早く家に帰りたしね。


 ツンに出てきてもらおうかと思っていると若返ったおばあがボキボキ首を鳴らし始め、膝の屈伸を始めやる気満々。


 おばあ、元々探索者?


「いえ? 夫は探索者だったわ、けっこう稼いでて、胸毛が生えたアランドロンって仲間に言われるくらいいい男だったのよ」


 御馳走様です。


 それじゃ戦闘経験は?


「皆無、でも大丈夫よ、私の中の女王の意思が、闘争を欲しているの」


 まあそれならお願いします。


 おばあはゆっくり優雅なモデルのようなウォーキングで三人の探索者に近づいていく。


 探索者は三人とも浅黄色のプロテクターを着ている。


 手には三人とも刃渡り百二十センチほどの先端が平たくなっている処刑人の剣を持っている。


 頭にはバケツ型のフルヘルム、これも三人お揃いだ。


 おばあの接近に、処刑人の剣を両手で構える探索者たち。


 おばあは暴力が、殺意が、真正面から体を襲うこの裏路地を、まるでランウェイのように優雅に歩く。


「まず一人目」


 おばあはそう言うと、オーバーハンドスローのように右の拳を大きく振りかぶり、残像が残るほどの速度で振り下ろす。


 俺の視力では追いきれないおばあの右の拳はガードした探索者の左ガードをぶち破り、硬い浅黄色のプロテクターをぶち破り、左鎖骨が解放骨折して飛び出るほどのパンチを探索者の胸にぶち込む。


 バケツ型のフルヘルムの隙間から血反吐はいて一人目が蹲る。


 先制攻撃を受けた探索者たちは、二人同時に処刑人の剣をおばあの頭に振り下ろす。おばあは全力で振り下ろされた二本の切っ先を左右の手のひらで受け止める。


 人間より頑丈なダンジョン内の敵を殺すために作られた剣の一撃を、探索者でもないおばあが素手で受け止める。


「二人目」


 おばあが剣を振り下ろした二人の探索者のうち、右の男の腹につま先蹴りをぶち込む。


 血反吐が噴き出すバケツ型のフルヘルム。


 腹を守っていた浅黄色のプリテクターは粉々に砕けている。


 腹筋が裂け、はらわたが零れ落ちる。


 うずくまる様に膝から崩れ落ちる探索者。


 うずくまった探索者の足物に広がる血だまりと臓物。


「最後の一人くらい、お顔を見たいわね」


 おばあは左手で処刑人の剣の一先を掴み、右手を伸ばし最後の一人のフルヘルムに手をかける。


 ムシャリ。


 粘土でも千切る様に、バケツ型フルヘルムの前面部を毟り取るおばあ。


 金属が千切れ、探索者の顔が見えると、完全に震えて、戦意喪失していた。


 おばあはその最後の一人に、慈愛がこもった笑みをにっこりと送る。


 そしてフルヘルムのてっぺんを掴み直すと、ブリンと海老の殻をむくように全て毟り取った。


「いい顔してるじゃない、夫にはかなわないけど」


 毟り取ったフルヘルムを投げ捨て、ビンタ一閃、ぱしおーん!! いい音が響き渡り、たたかれた頬を押さえ最後に残った探索者の男が蹲る。


 おばあはうずくまった探索者の後頭部を鷲掴みにすると、顔面を漆喰の裏路地の壁に押し付ける。


 そのまま横移動。


 漆喰の壁に鮮血の帯がおばあが横移動するスピードと同じ速度で生まれていく。


 最初は暴れていた探索者の男も、鮮血の帯が三メートルを超えるころには痙攣すらしなくなった。


 うんグロい。


 本当にきっついわ。俺グロとかゴアとか苦手なんだけど。


 一人目二人目はまだいい。


 アクシデント感がある。


 力の加減が分からなかったで納得しよう。


 しかし三人目の鮮血ペイントはシッカリガッツリグロを前面に押し出してますやん。おばあの趣味ですやん。


 にこやかに、さわやかにほほ笑むおばあ。


 今度からグロとゴアを少な目で。


 そもそも三人とも殺しちゃったらこの先のヒントとかなくなっちゃうでしょ?


 俺がそうおばあに言うと、


「大丈夫よ、シチリアはカンピオーネの根城だから、すぐに追撃が来るわ」


 とアッケラカンに笑う。


 次は一人残してね。

 






◇◇◇◇








「タカシ! コロッケの中にご飯が入ってるのじゃ!!」


 昨日の夜も食べたじゃんライスコロッケ。


 夏目は露店で買ったライスコロッケをホクホク顔で両手に持ちかぶりついている。


 山済みになっている浅黄色のプロテクターで揃え、ダウンした探索者たち。


 死んでるのもいれば生きてるのもいそうだけど、三メートルはある山の頂に、にこやかに笑みを浮かべるおばあがファッション誌の表紙のように華麗に立つ。


 俺はシロジロを出し、伏せてもらって腹を背もたれに足を投げ出す。


 俺の足の間に座り込み、ライスコロッケをホクホク食べる夏目。


 おっ、また来た。


 浅黄色のプロテクターを着た処刑人の剣を持つ男たちが今度は十人以上裏路地に走りこんでくる。


 おばあー、来ましたよ。


「はいはい」


 おばあは屍の山から飛び降り、新しく来た敵の探索者を素手で、けっこうグロくなぎ倒していく。


 このウェーブもおばあの完勝のようだ。


 もうツンすらいらない。おばあ一人で十分だ。


 もうこの旧市街から出る必要もない。入れ食い状態である。


 何もしなくても敵があっちからやって来る。


 俺はあくびをし、夏目はライスコロッケをぱくつくだけである。


 気になることは、おばあの攻撃方法がグロ&ゴアであることぐらいだろうか。


 一ウェーブ軽くこなしたおばあが倒した敵を山の上方に投げこみ、山の高さをより高くする。


 そろそろボスキャラ登場するかな? 


「まだじゃない? ラスボスの前に、エリアボスが出てくるわよ」


 ここパレルモのエリアボスのこと知ってる?


「星二つ、カンピオーネの右腕、ロシア系の大男バラトウェンスキー、私の夫を直に殺したのはこの男」


 へ~、それじゃ胸毛のアランドロンの敵討ち、ここでゆっくり待とうか。


 俺がそう言うと、にっこりわらうおばあ。



 

 そのおばあが、いきなり血反吐をまき散らしながら探索者たちの屍の山に向かい吹き飛んだ。




「おばあ!?」


 返事がない。


 俺と夏目は立ち上がり、気配のない路地の入口に向かい目線を向ける。


「来るのじゃ」


 路地の入口に、巨大な魔法陣が浮かぶ。


 その魔方陣から、浅黄色のプロテクターに処刑人の剣を持ち、頭にバケツ型のフリヘルムをかぶった、今までの探索者たちと同じ、だがそのサイズがまるで違う、今まで見た人間の中で一番デカい身長三メートルはありそうな探索者が浮かび上がってきた。


 暗殺者の剣も今までの探索者たちが持っていたものの一、五倍はある。


 デカい探索者が、バケツ型のフルヘルムの隙間から、夏目と俺を睨みつけているのが分かる。


 夏目が一歩前に出る。


 手には食べかけのライスコロッケ。


 それ以外武器も何も持っていない。


「ワシは夏目、星一つじゃ、お前はバラトウェンスキー、星二つか?」


 夏目はライスコロッケの残りを口にほうり込み、両手の人差し指を立て前に出す。


 大男は、巨大な処刑人の剣を正眼にかまえる。


「星二つ殿、格上相手手加減はできん、ワシは疾風迅雷、初手から手加減なきよう頼むのじゃ」


 そう言い終わると、夏目が消えた。


 白い煙だけを残して。


 大男の両肩に足の裏をつけ立つ夏目。手のひらを重ね、バケツ型フルヘルムの頭頂部に触れている。


「スキルローリングを発動させている状態で体を制止させると、膨大な移動エネルギーが体にたまり続けるのじゃ、今ワシは、お前の肩の上で超々高速ローリングを二万三千回以上繰り返しておる、分かるか? これが対御前用最終兵器、ローリングアクトⅢじゃ!!」





 ボン!!





 夏目の重ねた手の平の下、バケツ型フルヘルムがものすごい衝撃波で首までめり込む。


「終わりじゃ」


 夏目は立ったまま動かない。頭が亀のように体に食い込んだ大男も動かない。


 風が裏路地に吹く。


 肩から先が首の中にめり込んだ大男の体がゆっくりと倒れていく。


 夏目は地面すれすれでローリング一閃、俺の横にまで戻ってくる。


 俺を見上げる夏目。


 その眼には決意の光が煌めいていた。


「ワシはGPSでもタカシの重石でもないのじゃ!! タカシの伴侶じゃ!!」


 そう俺に向かい宣言した。


 あーね、きいてんだ、おばあとの船で話したこと。


「ウム! 奥さんと答えればよいのじゃ!!」


 ふふ、ごめんね。


 俺は夏目を抱きしめる。


「そうじゃ! 今回はタカシが悪いのじゃ!!」


 ブリブリ怒りながら俺の腹を噛む夏目。


 ごめんね夏目。


 俺と一生一緒にいてくれますか?



「当り前じゃ!!」



 夏目は俺の首っ玉に絡みつき、脳天に噛みついた。

 

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