第76話漁村
うん、ソファーで寝るのもたまにはいいモンだね。
イタリアの片田舎、いや実際はここはどこだか分かってないわけだが、そこに一軒ぽつんと建つおばあの家でイタリア最初の朝を迎えた。
キッチンではおばあとツンが朝ご飯の準備をしている。
物が煮えていると、実際体に熱を感じるくらい近くじゃなくても、なんとなくあったかい感じがする。
俺に重なるようにソファーで寝ていた夏目も目を覚ます。
「おはようなのじゃ……」
目を手の甲でさする姿が顔を洗う猫のようだ。
おはよう夏目。いい朝だね。
外を見ようと窓に向かい首を伸ばす夏目。
「本当じゃ!!」
飛び起きた夏目はおばあの家の庭に出ていく。
庭と言ってもニワトリが放し飼いになっていて、草木が自然に生えまくっている場所だが、夏目は楽しそうにニワトリに餌をやり、花を眺め、空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。
夏目は和歌山の山奥の限界集落が限界を迎え横浜に来ている。そもそもは山育ちだ、きっと本当はこんな生活が好きなのかもしれない。
はしゃぐ夏目を窓の中から見ているとツンがキッチンから手招きをする。朝ご飯ができたようだ。
夏目を呼び、手を洗わせて、キッチンのテーブルに俺と夏目とおばあが並ぶ。
おばあが何やら神に祈りを捧げているが無視してテーブルに並んだ甘いクロワッサンを食べる。
甘い。めちゃくちゃ甘い。ハワイで食べたドーナッツとタメ張るくらい甘い。
こりゃたまらんとコーヒーを飲むとこれもむっちゃ甘い。
ツンが水を出してくれて飲むと、これが硬い、むっちゃ硬くて喉がイガイガするくらいだ。
イタリア、俺、苦手かも。
夏目を見るとむしゃむしゃクロワッサンを両手に掴み爆食いだ。
目を細め猫のように笑っている。
おばあを見ると激甘クロワッサンをすました顔して食べて激アマコーヒーをすました顔で飲んでいる。
俺だけがイタリアに馴染んでいないようだ。
朝食の後、嫌がる夏目を説得し、交換条件として一緒にシャワーを浴びる。
久しぶりに夏目の頭を洗っていると大きな円形脱毛にもう短い毛がビッシリ生えていた。さすが夏目、生命力が溢れている。
夏目は目を閉じ鼻歌を歌う。
俺もつられて鼻歌を歌いながら夏目の頭にお湯をかけ泡を流す。
シャワーを出ると夏目はチャンピオンの白のスウェットとパーカーのセットアップに黒のプラダスポーツのダウンを着る。
足にはお気に入りのミハラヤスヒロのオレンジ色のスニーカー。
頭に靴と同じオレンジ色のニット帽。
俺はギャップのロンティーにディッキーズのダブルニーの紺、その上に白のプラダスポーツのダウンを着る。足元はいつのもスリッポン、頭には黒のバケットハットをかぶる。
夏目の左手の人差し指には母親とお揃いで買った14Kのハワイアンジュエリー薬指には俺とお揃いのピンクゴールドのハワイアンジュエリー。
首には二人ともシルバーのフェザーを革ひもでぶら下げている。
おばあがなぜか外行きっぽい紫色の革のコートを着て、頭に余所行きっぽいスカーフを巻いている。
え? おばあも行くの?
おばあが軽自動車っぽいカクカクした赤いフィアットを出して、俺と夏目が後部座席に乗る。
助手席にはなぜかボロボロのダークスーツを着た伽藍堂の骸骨である仁香さんが乗って、地図を開き、おばあに行先を支持している。
おばあが発進し、俺と夏目はどこに行くかも分からずイタリアのボロボロのアスファルトの道をガタガタゆられてどこかに運ばれていく。
「くぁwせdfrtgyふじこ」
「そうじゃ! ワシは夏目じゃ!!」
「くぁwせdrftgyふじこ」
「ピザとスパゲッティーが大好きじゃ!!」
絶対会話は成立していないはずなのだが夏目とおばあは会話を止めない。
たまに二人同時に笑い声を上げたりしているのでもしかして!?とか思うのだが絶対、少なくとも意味のある会話は成立していない。
人間意味の分からない会話を永遠きかされ続けるとどうなるか? 眠くなるのだ。
しかし前日タクシーの中で眠っちゃったためこの田舎に連れてこられ破落戸に追い剥ぎされそうになったことを俺は忘れていない。
今日は寝ないぞ!
そもそもさっきまで寝ていたわけだ。
睡眠時間はたっぷり取ってある。
絶対に寝ないぞ!!
少しだけ目を閉じる。
大丈夫目を閉じるだけだ。
全然寝る気がしない。
目を閉じるだけ。
俺は目を閉じた瞬間、眠りに落ちて行った。
◇◇◇◇
目を覚ますとなぜか漁港にいた。
それも結構寂れた感じの漁港。
漁港と言うより漁村だ。
おばあが走らせるフィアットの車窓から見える寂れた漁村。
桟橋があるがそこに停泊している漁船はボロボロだし、小さい。
海岸沿いに走るボロボロのアスファルトの道沿いに数軒の家があるが、レンガ造りで、良い様に言えばオシャレで趣があるが、ぼろい。
一応俺と夏目はイタリアローマを目指し飛行機に乗ったはずなので、この海はティレニア海だろうか? アドリア海だったらどうしよう。
おばあがフィアットを止め、砂浜で網の手入れをしていたおじいの漁師に話しかけに行く。
なにかじっくり話し込んでいる。
おっ、おばあがこっちに帰ってきた。
「くぁwせdfrtgyふじこ」
「お金が欲しいらしいのじゃ」
ほんとか夏目?
俺が財布をおばあに渡すと、おばあはその財布をもっておじいの漁師の元にまた歩いて行った。
おばあと漁師のおじいがまたじっくりと話し込んでいる。
俺と夏目はその姿を止めてあるフィアットの中から見つめている。
おっ、おばあが俺の財布の中から、ごっそり札を出して漁師のおじいに渡した。
けっこうな量だった感じがするが、大丈夫なのだろうか?
おじいの漁師がまた手を出す、おばあがもう一度俺の財布からごっそり札を出す。さっきより多い気がするが大丈夫か?
おばあとおじいの漁師が握手をしたので何かの取引が成立したのだろう。
俺の金で。
おばあが帰ってきて、俺に財布を返すので中を確認したら、一万六千五百ユーロはあった中身が二千ユーロしか残っていなかった。
おばあが車を出し、近くの寂れたレストランに入る。
客は俺たちしかいないし、店員もブスッとした顔のおじいが一人だけだが大丈夫なのかこの店?
カリフラワーに衣がついた揚げ物と、マグロだと思われる魚の切り身にパン粉をはたいて焼き揚げたものが出てくる。
無論注文はおばあ。
白ワインが運ばれてきて、俺にはオレンジジュース。
おばあと夏目は白ワインで乾杯し、料理を食べ始める。
うん、カリフラワーの揚げ物はうまい。なぜ今までカリフラワーに衣をつけて揚げなかったんだ俺たち日本人は?って後悔するくらいにはうまい。
いくらでも食べられちゃう。
マグロっぽい魚は、食べなれた味なので、そこまで驚きはないが、思った通りの味なので安心安定のおいしさだ。
軽くはたかれたパン粉がザクッとしていて、食感が楽しい。
パンもおいしいし、出してくれたチーズもおいしい。
なんかコロッケが出てきた。
今日はなんか揚げ物だらけだな。
コロッケをナイフとフォークで割ると中にはサフランご飯とミートソース。
「ご飯じゃ!!」
夏目も大喜びでライスコロッケにかぶりつく。
俺もかぶりつく。
チーズがトロリでおいしい。
イタリア、俺、大丈夫かも。
俺とおばあと夏目の三人でねっとりゆっくり飯を食っていると外は暗くなって、ブスッとした顔の店員おじいがテーブルに蠟燭に火を入れてくれ、無駄にロマンティックにライトアップされるおばあ。
ダラダラ飯を食い、ダラダラデザートを食い、ダラダラコーヒーを飲み終わると、おばあが手を出す。
「お会計じゃ」
俺がおばあに財布を渡すと、おばあが立ちあがり、店員の元に行き会計をする。
なぜテーブルチャックをしないのか?
まるで俺から会計の瞬間を隠しているように感じるのは俺の懐がミジンコより小さいからだろうか。
おばあが帰ってきて財布を返してくれるので中身を確認すると百ユーロ消えていた。
百ユーロ。
この時代のルートで一万二千円くらい。
うーん、適正か? いや、たくさん食べたし、おばあと夏目はワインも数本飲んでいた、そう考えると逆に安いか?
三人で店を出ると、あたりは真っ暗だった。さすが田舎だ。
センが出てきて俺をおばあのフィアットまで手を引いてくれる。
そのままセンが助手席に座りフィアットで桟橋までやってきた。
さっきの漁師のおじいが桟橋で待っていて、俺と夏目とおばあをボロボロの漁船に乗せ、船が出航する。
悲しそうな顔で陸を見つめるおばあ。
仕事人の顔になり、船を操舵するおじい。
甲板に大の字になり高いびきを掻き始める夏目。
夜の海は暗く、水の中に吸い込まれそうだ。
甲板に座る俺の頭をやさしく撫でるセン。
いや、なんで俺、出航したんだ?
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