第75話マルゲリータピッツァ
「ビールおかわりじゃ!!」
イタリア、フィウミチーノに向かう飛行機の中夏目はスポンジが水を吸収するようにアルコールを飲み、機内食を食べドンドン元気になっていく。
「やっぱり飛行機は最高じゃ!!」
スナックをぼりぼり食べながら。
金デビが用意してくれたファーストクラスの席は広く、夏目は俺の席に上がり込んでぴったり俺にくっついて離れない。
なんで、相談してくれなかったの?
「タカシに頼らず、自分で何とかしたかったのじゃ……」
そう、今度から一緒に何でも解決しようね。
「そうするのじゃ……」
ギュッと俺に抱き着く夏目。
瓜実氏からもらった夏目をいたぶっていた芸能事務所の資料に目を通す。
なるほどね~、組織自体はデカいが、別段日本に強い武力を持っているわけじゃないらしい。
だがその代わりに、多くの弁護士やマスコミ関係者を抱え、少しでも探索者が武力で自分の組織を潰そうとすると法律とマスコミの力で黙らせ、そのあとイタリア本国からゴチゴチの星持ちがやってきて潰すって手口だったわけね。
豊川さんはあのヤクザ芸能事務所の男の顔を見た時点から、夏目をずっと守ってくれていたわけだ。
確かに俺も夏目も全部力技で物事を解決してきたし、力技しか知らない。法律やマスコミの対処なんてわからん。そもそも俺はパブリックエネミーだったわけだし。
だが、なぜ相手の懐に飛び込むような真似をして、アイドルになったんだろう?
「お豊さんは、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言ってたのじゃ」
なんでよ?
「お豊さんは、アイドル仕事にはノリノリだったのじゃ」
あの人アイドルになりたかっただけだったんじゃ……。
まあいい、その辺はもう過ぎ去ったことだ。
夏目、アイドルどうだった?
「最悪じゃ……」
夏目の目のハイライトがどんどんなくなっていく。かなり辛かったようだ。
座席をフルフラットにしてもらって、夏目を抱きしめ横になると、夏目はストレスでギュッと俺のティーシャツを掴むこともなく、俺の二の腕に頭をのせ俺の胸の鼻先を埋める。
良かった。
俺は心からそう思った。
イタリアにつくまでの十四時間、夏目はトイレに行くとき以外ずっと俺にくっついていた。
◇◇◇◇
無論俺も夏目もイタリア語は喋れない。
俺のつたない英語で何とか空港から出ると、俺も夏目もぐったりしていた。とりあえず金をユーロに変えるのが大変だった。
この時代の一ユーロは百二十円くらいで、とりあえずおろしてきた二百万をユーロに変えたら一万六千五百ユーロくらい、あとなんか小銭。なんかすごく少なくなって悲しくなる。
今回も瓜実氏に青天井クレカをもらってきたのでこれでサクサク会計していきたい、とりあえずローマ市内までタクシーに乗る。
運転手がめちゃくちゃイタリア語でなんか言ってくる。
よく分からんのではいはい、イエスイエスと答えて、アイ・ゴー・ローマ!!と何回か大声で言うと運転手がコクコクと頷きやっとタクシーが動き出す。
マジで疲れた。
「タカシ、ピザの口なのじゃ……」
申し訳なさそうに上目遣いで俺に伝えてくる夏目。
機内食俺の分も食べてたじゃん。スナックも出るだけモリモリ食べてたし。
「でも、本場に来たのじゃ、もうピザの口なのじゃ……」
本場来ちゃったからか、もうそれならしょうがないか。
運転手にアイ・イート・ピザ!!と三十回くらい大声で言うと、運転手がピッツァ!?ときいてきたので、イヤー!と言うと運転手がコクコク頷きアクセルを踏み込む。どうやら伝わったようだ。
それから俺は目を閉じる。
疲れた。
「タカシ」
ん? 寝ていたらしい。
夏目に声をかけられ目を覚ます。もうピザ屋ついた?
タクシーの外を見るとなんというか、凄い田舎感。
草原に線路、まばらに木が生えている。
どこよここ?
運転手がすごい早口で喋りかけてくるのがうるさいのでドアを開け外に出ると破落戸風のイタリア人が四、五人手に鉄パイプやナイフを持って立っている。
運転手が車から降りてきて破落戸たちの何か話しかけ、握手をし、金を受け取り、車に戻り、走り去ってしまう。
何この破落戸、ピザ屋なの?
そりゃないか、シェフにしては衛生的ではなさそうなカッコをしてるし。
ため息が出る。
イタリアさん、確かに俺たちゃお上りさん丸出しの言語もつたない旅行客だけどさ、いきなりこれはないんじゃないんですか?
追い剥ぎじゃん。
ここは戦国時代かよ。
「ツン」
俺がツンを呼ぶと、伽藍堂からツンが飛び出し破落戸の一人に飛び膝蹴りを食らわせる。驚く破落戸たちを次々膝でノックダウンさせていくツン。
誰一人死んでいない感じなので、さすがツン、手加減が絶妙だ。
破落戸全員をノックダウンした後、ツンが夏目を片手で抱き上げる。夏目も久しぶりにあったツンが嬉しいようで首っ玉に抱き着く。
ツンは夏目を抱き上げた左手と逆の右手で俺の左手を握り歩き出す。
その姿は長男の手を引き、次男を抱き上げて幼稚園に向かうお母さんのようだ。
とぼとぼ三人でイタリアの田舎道を歩く。
だんだん日が落ちてきて夕日が俺とツンと夏目の影を進行方向に伸ばす。
一時間くらい歩いただろうか? 一軒の煉瓦でできた民家の前にたどり着いた。
ツンが足を止める。
え? ここが終着点? 民家じゃん。
ツンが俺の手を放し、民家の木でできた腰ぐらいまでしかない高さの門を開き勝手に民家の敷地内に入っていく。
庭、と言えばきこえはいいが、ニワトリとか放し飼いにされてるし、田舎感満載だ。
家からかわいらしい黄緑色の花柄ワンピースを着た老婆が出てきて、
ツンを見て、
分厚い眼鏡の奥の青い瞳が真ん丸になるくらい見開き、
手に持っていたジョウロをぽとりと落とし、
白目をむき、ぶっ倒れた。
ツンがなぜか俺に向かい親指を突き立てる。
いやダメじゃないこれ。
◇◇◇◇
とりあえずおばあを家の中のベッドに寝かせる。
おー、家の中に薪オーブンがある。
なんというか、さすがイタリア、老婆一人暮らしの田舎の家でもおしゃれ感がある。ソファーにかかったキルトとか、床に置かれたブックラックとか、良い雰囲気なのだ。
俺と夏目が勝手にソファーに腰を下ろすとツンがキッチンで料理を始める。
薪オーブンに火を入れ、粉を混ぜる。
勝手に冷蔵庫から作り置きのトマトソースを出し、庭からバジルの葉を取ってきて作った生地の上にモッツァレラチーズと共に乗せる。
マルゲリータピザだ。
薪オーブンの蓋を閉めず、木のへらで方向を変えながらピザを焼くツン。
夏目ももう何ができるの気がついたようでウキウキ笑顔でキッチンから視線を外さない。
ツンが手招きするのでキッチンに向かい、テーブルの上にのった一人一枚のマルゲリータピザとフォークとナイフ。
ツンが俺の前にあるピザをフォークとナイフで器用に切り、丸め、俺の口の運ぶ。
うん、おいしいです。
夏目もツンのまねをしフォークとナイフでピザを切り、丸め、口に運ぶ。
「さすが本場じゃ! 最高じゃ!!」
ホクホク顔の夏目。
いや、ツンが作ってるから本場なわけじゃなく、何なら家でも食えるものなんじゃとも思うが口には出さない。
ガタ。
物音がしたキッチンの入り口を見るとさっきぶっ倒れたおばあが立っていて、口に手を当て、また眼鏡の中の青い目を見開いてツンを見ている。
ヤバい、また倒れちゃう。
俺が焦っていると、ツンがおばあに向かい手招きする。
おばあは私?的な感じで自分を指さす。
ツンはコクコクと頷き手招きをする。
恐る恐るツンに近づいていくおばあ、ツンは薪オーブンからピザを一枚出し皿に乗せおばあに差し出す。
おばあはテーブルに座り、フォークとナイフで器用にピザを切り、丸め、口に運ぶ。
「くぁwさえdrftgyふじこ!!!!」
おばあが、きっとイタリア語だと思われる言語で叫びながらツンに何か質問をしている。
ツンは分かっているのか分かってないのか分からないが頷いたり首を横に振ったりしている。
おばあの目からぽろぽろと涙がこぼれ、眼鏡をはずし、顔を両手で覆いおんおん泣き始めた。
ツンがおばあの元まで行き、背中をさする。
おばあはツンの胸に、胸と言って胴巻きを装備しててカッチカチの胸に顔を埋め泣き崩れる。
なんだこれ?
夏目は勝手に冷蔵庫からワインを出しラッパ飲みを始めているし、おばあはツンと抱き合って大声で泣いている。
外では何か野生動物の遠吠えがきこえる。
いや、この空間で、おいしく何かを食えるほど、俺は人間出来ちゃいねーよ。
そもそもそのおばあ、誰だよ?
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