第74話私、お母様のほうが歳が近いんだよ~
夏目が日々ぐったりしていく。
夏目のアイドル活動は日々激化の一途をたどっている。
毎朝五時ごろキツネ耳の豊川さんが迎えに来て、朝食も食べていない夏目を黒いワンボックスに乗せ、深夜三時過ぎにぐったりした夏目を我が家に送り届けてくる。
豊川さん、あの人いつも元気なんだけどいつ寝てるんだろうか?
毎日毎日アイドル活動に出かけて行く夏目がどんどんヘニョヘニョになっていく中、嫌ならやめてもいいんだよ。辛いなら俺が全部やめにさせるよ。と、いつも言っているのだが、
「まだだいじょぶじゃ……」
「いけるのじゃ……」
と、弱弱しい声で呟き答えてくれるだけで、俺にできることは、風呂にも入らず布団に包まる夏目の日々やせ細っていく体を抱きしめることしかできない。
ぐったりし布団の中で体を丸め、横で寝る俺のティーシャツを強く握りこみ、硬く眉間に皺寄せる夏目を、俺は毎晩抱きしめることしかできない。
母親も父親も、夏目の衰弱をとても心配し、豊川さんに、
「なっちゃん、お仕事もう少し楽にできない?」
とか、
「夏目くんのこと、働かせすぎじゃないかな?」
とか、きいているのだが、
「大丈夫ですよ~」
と、豊川さんは軽くかわし、全く受け付けてくれない。
俺は辞めさせたい。
でも夏目がやめると言わなければ辞めさせられない。
見守るしかない。
そんな日々がもう一か月は続いていた。
そんなある日、いつもの同じように豊川さんがボロ雑巾のようになった夏目を家に送り届けて帰っていった。
俺はもう俺に抱きしめられても言葉も発しない夏目を抱きしめ布団まで運ぶ。
「夏目、もうやめよ? もう見てらんないよ」
俺がそう言うと、夏目は力なく首を横に振った。
いつもと同じように布団の中で体を丸め、俺のティーシャツを探し伸ばす腕。
俺は夏目を抱きしめ、ぱさぱさになった夏目の猫ッ毛に鼻先を埋める。
その時寝室の暗闇の中でもはっきり見えるほど大きく、夏目の後頭部に円形の脱毛を発見した。
夏目の小さな頭に、五百円玉より大きな脱毛が数個存在している。
よし、潰そう。
もう夏目の意思とか関係ない。いや、夏目の意思に関係ないところでこのアイドル活動が潰れてしまえばいいのだ。
夏目が知らないうちに、俺がやったと分からないように潰せば問題ない。
俺は夏目を抱きしめなければいけないから、とりあえず骨犬のシロジロに豊川さんを拉致ってどこかに監禁するよう命じる。
あとあの芸能事務所の部長かなんか、あいつも拉致ろう。
それは骸骨の中でも体が小さく小回りが利くセンに頼む。
出かけなくてはいけないから、夏目を母親の布団に移し、全身タイツのようなダンジョンアタック用の防護服を着て、フーディーとスポーツギアのハーフパンツに着替える。タクティクスベルトに脇差を刺し、グローブをつけバラクラバをかぶりいつもダンジョンにはいていく黒のテニスシューズ。
頭にドイツ軍型のヘルメットをかぶる。
家の玄関を出ると、ぼろぼろのダークスーツを着た二体の骸骨、一花さんと仁香さんが待っていた。
目の前に瓜実氏のマッコウクジラのようなベンツエスクラスが止まっている。
「パチったの?」
一花さんにきくと、肩をすくめて、さあ?的なジェスチャーをする。
まあ拾ったことにしよう。
一花さんが運転席に乗り込み、仁香さんが後部座席のドアを開いてくれるので乗り込む。
運転席に一花さん、助手席に仁香さん、後部座席に俺。
深夜の暗闇を泳ぐようにマッコウクジラは静かに動き出す。
◇◇◇◇
マッコウクジラのような瓜実氏からパチったベンツエスクラスがついた先は横浜ダンジョン入り口の白い三角形の建物の前だった。
拉致った人間を連れてきた先はダンジョンだったらしい。
受付とかどうしたんだろう? 超高速でサッと入ったのかな?
そんなことを思ってダンジョン受付がある建物の中に入ると、人間がこの中に入ってなきゃおかしい大きさの真っ白いマユのような糸の塊を二つ背負い、シロジロの上に跨ったセンが待っていた。
俺が手を上げると、センも嬉しそうに片手を上げてくれる。
それじゃ行こうか。
俺がダンジョン入り口に向かい歩くとシロジロに跨ったセンと一花さんと仁香さんが続き、俺たちはダンジョン内に入っていく。
一階部分を通り過ぎ、地下一階層の端の端、誰も探索に来ない場所まで進む。
ハナ……はすぐ殺しちゃいそうだからアロハ……もすぐ殺しちゃいそうだからツン……はつかめないところがあるから、誰も出さないでいいか。
あーオタマ、身長二百センチ、曲がった腰を伸ばせば三百センチはありそうな骸骨で、頭部、脳が詰まっている場所が異常に発達していて通常の数十倍はデカい。その頭部を支えるため背中から六本の腕が生えていて、曲がった腰を支えるため両手に杖を突いている。
オタマは頭が大きいので、なんとなく頭がいいような、理性的な感じがするので今回は呼んでみた。
センが俺の腰から脇差を引き抜き、人が入ってそうなくらいデカい真っ白なマユに刃を入れ、切り裂く。
中から体中が縛られた猿轡もされた豊川さんと芸能事務所の筋骨隆々な男が出てきた。
二人とも意識はあるらしい。
センはまずキツネ耳の豊川さんの猿轡を切る。
「よく今まで我慢したねタカシくん~、見直しちゃったよ~」
ニヘラと笑う豊川さん。
横でムームー猿轡越しに叫ぶ芸能事務所の男がうるさいが一旦無視していると、オタマが杖の先でいきなり男の腹を突いた。
オタマー! 殺しちゃダメー!
オタマも殺しちゃいそうで怖いので伽藍堂の中に帰す。
少しハプニングもありましたが豊川さん、お話うかがいましょう?
「まずはこの横の男、こいつヤクザ、芸能事務所はフロント」
あーね、それで?
「こいつの組のバックはうちらの業界の人間なんだよね~」
うちら? 探索者がバックてこと?
「そ、そいつがめんどくさいやつなの~」
そいつぶち殺せば解決?
「簡単にブチ殺せない相手だとしたら~?」
ん?
「タカシくんて~、星三つがこの世界に何人いるか知ってる~?」
松山の御前が三柱目だから、三人でしょ?
「あ~、タカシくん的にはそうなるのね~、分かった~、その世界観で行くと確かに三人なの~」
それで?
「イタリアに一柱、インドに二柱目、松山の御前が三柱目、こいつの組はイタリア最大のマフィアの傘下なのよ~」
あー、そゆこと。
「そ、ついでに言うと、なっちゃん、このクズにお母様のこともお父様のことも脅されててね~、何とか自分で解決したかったみたいよ~。
ハワイで、お母様を揉め事に巻きこんじゃったの、凄く気にしてたみたい~。
だから、今回はタカシくんに頼らず自分の力で~的な?
けなげだよね~。
私はこのクズたちがなっちゃんに無体なことしないか~、なっちゃんが無茶しすぎないか~、横でついて見張ってたってわけ。
アイドル活動も楽しかったけどね~」
豊川さん、いつからこいつがヤクザで、バックが星三つだって気がついてたんですか?
「最初からだよ~、マックでこのクズの顔見たときから~。
私、情報通だから~
最初はなんか丸く収めようとしてたんだけど~、ほら、なっちゃん、凄い勢いで売れちゃったから~、こまった~」
豊川さんはニヘラと笑う。
センが豊川さんの拘束を解く。
立ちあがった豊川さんは口元に不自然に手を当て、大きなあくびをする。
「ここだけの話し、私タカシくんよりお母様のほうが歳が近いんだよ~。毎日睡眠時間二時間は辛かった~」
と、全く辛そうな感じを見せずいただかれるために計算されつくした仕草であくびをもう一つ。
「なっちゃん、タカシくんがめんどくさくなるの、凄く気にしてたよ。色々あるかもだけど、きっとタカシくんに火の粉が降りかからないように、自分を犠牲にしてたんだと思う。
いいよね~。
お互いがお互いを思うが故の勘違いした我慢と努力と愛の物語~。
ほら~、金のチェーンと髪飾りの童話とか~、私だ~い好き。
だからなっちゃんに協力しちゃったんだけど~、このクズヤクザ、凄いセクハラでパワハラなの、分かる? こいつ、私のお尻とか、ただで触ってくるの、金も払わず、上から、高圧的な態度で、ほんと私我慢の限界なの、タカシくんこの件動くんでしょ? ゴールデンデビルのケツ持ちやってよ、私このクズヤクザ、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてもう限界なの」
豊川さんの顔が狐の形に変化していく。
鼻先が伸び、牙が鋭く尖る。
ケツ持ちますよ、俺の名前ガンガン出してください。俺じゃ足りなかったら松山の御前の名前出してくれて大丈夫なんで。
俺がそう言うとキツネ顔に変化した豊川んの口が三日月のように吊り上がる。
それじゃ、楽しんで。
俺は豊川さんとクソヤクザを残してダンジョン入り口に向かう。
「ねえ、人間て肉をどれだけ失っても、生きてられるのか、私に教えて」
男の猿轡ごしの悲鳴が背中にきこえるが、気にしない気にしない、俺はグロとかゴアとか苦手だからこっから先は豊川さんに任せよう。
ダンジョンを出て、マッコウクジラのようなベンツエスクラスに乗り込もうと路駐した場所まで行くと、ベンツのボンネットの上にベンツの持ち主である金デビ総帥瓜実金太氏が腰をかけて待っていた。
「よう、車にはGPSがついてて、盗まれると場所が分かるんだぜ?」
盗んでいません、落ちてたので拾っただけです。
「家の駐車場に止めてある車は落ちてると言わないんだぜ、まあいいや、ウチのケツ持ち、おねがいしてもいいんだな?」
そっすね。どうせトップはこっちが潰すんで。
「そうか、それじゃこっちはお前さんが帰って来るまでに大掃除しとくわ」
瓜実氏はそう言いながら細長い封筒を俺に差し出す。
受け取り中を見ると、成田フィウミチーノ間の航空券が入っていた。
フィウミチーノってどこ?
「ローマだよ、イタリアで一番デカい空港だ」
なんでチケットが二枚?
瓜実氏がにやりと笑い、ボンネットを降り、マッコウクジラのようなベンツエスクラスの後部座席のドアを開ける。
そこから、ガリガリに痩せた夏目が出てくる。
目は泣いていたのだろう、真っ赤に充血している。
「タカシ……、ワシはみんなに心配かけて、間違っていたようじゃ……」
いや、間違っちゃいない。
夏目がやりたいようにやっていいんだ。
だから、今回も間違いじゃない。
まだ途中じゃん、イタリア行って、星三つぶち殺してフィニッシュだ。
俺が両腕を広げると、夏目は泣きながら飛び込んでくる。
俺は抱きしめて、いつまでも泣く夏目を、ただただ抱きしめ続けた。
夏目の涙が、俺の服を濡らしていく。
ガリガリになった夏目からまだこんな水分が出るのかと驚くほど。
イタリア野郎、お前、この涙の代償はデカいぞ。
絶対に殺す。
ツンが。
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