第73話精神的限界! 気力も尽き果て!


 夏目の機嫌が鰻昇りだ。


 マックのプチパンケーキにこれほどの魔力があるとは知らなかった。


 確かにマックのプチパンケー一パックの内容量は少ない、でももう五パックは食べてる。


 一パックに五枚入ってるプチパンケーキを二、三枚一気に掴み小さい口にむにむに押し込み、むしゃむしゃ食べる夏目の姿はかわいいわけだが、一パック食べ終わるたびにうるうるした目でおかわりを要求してくる。その目で見つめられるともうこれ以上食べると晩御飯が食べられなくなるよとか、そもそも今からキツネ耳の豊川さんが来てパフェの店に行ってパフェ食べられなくなるよって思うのだかそれも言い出せない。しかたない、俺はマックでミニパンケーキを買い続けるマシーンになるしかないのだ。


「おいしい?」


「やっぱりマクドナルドは最高じゃ!!」


 もうパフェの店に行かなくてもよくない?ってくらいマックで大満足の夏目の笑顔を見ていたら筋骨隆々の四十代くらいの高そうなスーツの男がマックのセットのがのったトレーをもって俺と夏目の座っている席の前まで歩いてきて、じっと夏目を見つめる。


 なんすか?


「…………」


 無言でジッと夏目を見つめる男。


 マジでなんすか?


「……ダイヤの原石」


 ぼそりと男が何かをつぶやく。


 男が俺の横の椅子に許可なく無言で座る。


「ねえあなた、今いくつ?」


 俺のことを無視し、夏目に質問をぶつける夏目。


「ワシか? 今ハタチじゃ!」


「成人してるの!? 良いじゃない、仕事の幅が広がるわ~」


 男はニヤニヤ夏目を見つめ、胸ポケットからカメラを取り出しパシャパシャ写真を取り出した。


「むこうむいて、目線はこっちね」


「顎に手を当てて、そう、首をね、そう、こくんと、そう!」


「ちょっと立ってみて、良いじゃない! あなた最高よ!」


 夏目は男に命じられるまま写真を撮られていく。


 男は俺の存在を完全に無視し、次々写真を撮っていく。


「よし! これくらい撮ればアー写のデモはいいわね、それじゃ事務所に行きましょうか」


 男が夏目の手を取り連れ出そうとする。


 ちょいちょいちょい、おっさんそこまでにしようか。


 夏目の手を取っているおっさんの手首を掴む。


 なにしてんのおっさん?


「なに俺の体に障ってんだガキ」


 男が俺を睨みつける。


 うぜえ、マジで。


 俺の手を振りほどこうと腕を振る男、しかしこちとら探索者、いくらスキルによるバフが皆無でもレベル十一の上澄みですよ。そりゃいくら筋骨隆々のおっさんであっても俺の手は振りほどけない。


「お前探索者か?」


 男がきいてくる。そりゃそうでしょ、こんだけ力強いんだから。


「探索者が一般市民に暴力をふるっていいと思っているのか!!」


 どなるなや、どならなくてもきこえるわ。


「お前、タカシの敵なのじゃ?」


 夏目の目が座る。


 男も夏目の機嫌が崩れるのはよろしくないと思ったらしく、笑顔に変わり、


「大丈夫よお嬢さん、私が全部良い様にするから」


 と、言った。


 夏目の表情がより険しくなる。


 夏目の手を取る男、男の手首を掴む俺。


 三竦みみたいな感じになっちゃった。


 一般人か、ツンに出てきてもらうのもな、でもこのままこいつがイキリ散らかすようなら誰か出てきちゃいそうなんだよな、ハナとかハナとかハナとか。


 ハナ出てきて暴れたらこの男どころかこのマックごとこの地域が壊滅しちゃう。それはさすがに俺の心が申し訳なさで沈んじゃう。


 どんどん夏目の目も剣呑な感じになっていってるし、ハナより先に夏目が暴れ出しそうだ。


 そんな中、この三竦みをぶち壊す女神が降臨した。


 と、思った。  


 そう、一時の解放を願うばかりに、俺と夏目は一番面倒くさい人に下駄を預けてしまい、この後のとんでもない苦痛を背負うことになるのだ。


「は~い、おまた~」


 なぜか清楚っぽいロングのプリーツスカートに清潔感溢れる白のブラウスを着たキツネ耳の豊川さんが計算されつくした胸の前で軽く手を振る動作と共に登場したのである。


「あれ~? こちらの紳士は~?」


 夏目の手を掴み俺に手首を掴まれている四十代の筋骨隆々な高そうなスーツを着た男に興味を示す豊川さん、きっと高そうなスーツに反応したのだろう。


 男は豊川さんをつま先から耳先までじっくり舐めるように見て、無視する。


「とりあえず、ウチの事務所まで行きましょう? 悪いようにしないわよ」


 男は夏目にやさしく話しかけるが、夏目は完全に男を敵認定しているの剣呑な視線を外さず無言だ。


 夏目の反応が芳しくないことが分かると、男は標的を変え、俺に、


「おい、お前が彼女を縛るな、お前が手を引くことが彼女にとって一番の幸せなんだ、彼女はスターになる、お前は彼女を一流にできるのか? できんだろう? だったらさっさと失せろ」


 と、俺に言い放つ。


 いやいやいや、夏目は世界中の探索者の中でも二百人はいない、日本では俺を抜いて六人しかいない星持ちの一人でお前や俺がどうこうする前に一流だ。上澄み探索者だぞ。


「え~、芸能関係かな~? もしかしてなっちゃんのことスカウトの途中ですか~、すご~い」


 と、豊川さんが気の抜けた声で夏目の手を掴む男に話しかける。


 男は無視する。


「わたし~、なっちゃんと仲良しなんですよ~、今度なっちゃんを事務所に連れて行ったりできるんだけどな~」


 豊川さんの言葉にピクリと反応する男。


「今ここでごねるより~、後日じっくり私となっちゃんと三人でお話しししたほうがいいと思うけどな~」


 男が豊川さんのほうを振り向き、


「うそじゃないな?」


 と、念押しをし、


「本当ですよ~」


 と、豊川さんが胡散臭くにっこり笑うと、男が夏目の手を離したので俺も男の手首を放す。


「それじゃ、また今度会いましょうね」


 と、夏目に笑顔を見せ、豊川さんに名刺を渡し立ち去る男。


 夏目は男の背中に殺気がこもった視線を向ける。


 豊川さんはキツネ耳をピクピクさせ、名刺を見ている。


「ほへ~、凄く大きな事務所だよ~、それも部長だって、大者じゃん~」


 ほへーさすが大者、俺とか全く無視だったし。


 夏目は不機嫌な顔を崩さず、ずっと男が去ったマックの階段を睨みつけている。


「なっちゃん、芸能人デビューするってこと~? すごいじゃん」


「しないのじゃ」


「え~、すいればいいじゃん~、楽しいよ~、きっと~」


「しないのじゃ」


 かたくなな夏目。


 この後豊川さんの案内でパフェ屋に行ったが、定休日で締まっていて夏目の不機嫌はなおらず二日は目の険が抜けなかった。







◇◇◇◇








 あれから毎日家にキツネ耳の豊川さんが来る。


 夕飯時を狙ったように現れ、我が家の一家団欒に乱入し夕飯をたかって、夏目に、


「え~、なろうよ芸能人に~」


 と、そそのかしてくる。


 夏目は毎回その誘いを断り、ウザったそうにしている。そのウザそうな夏目の態度を気にせず毎日、毎日夏目を勧誘しに来る豊川さん、ウザいことこの上ないのだが、父親も母親も夏目のお姉ちゃんくらいに豊川さんを捕えているらしく全然苦にしていないどころか、楽しんでしまっている。


「タカシくんだってなっちゃんがアイドルとかになったらうれしいよね~?」


 いや全然。


「口ではそう言っても、心は喜ぶと思うな~」


 いやマジで、全然。


「なっちゃんだって、タカシくんが嬉しいと嬉しいよね~」


 いやだから、俺はうれしくないから。


「そりゃ、タカシが嬉しければ、ワシはうれしいのじゃ……」


「でしょ~、だから行こうよ事務所~」


 マジで俺はうれしくないし、夏目がやりたいなら大いに応援するけどやりたくないことはやらないで欲しい。特に俺のためにとか、やらないで欲しい。


 と、この時は思った。


 夏目だってこの時は絶対芸能事務所なんていく気はなかっただろう。


 しかし豊川さんはウチに毎日泊まる。


 俺と夏目の部屋で三人川の字になり寝て、ダンジョンに行けば三人パーティーのように振る舞い、家に帰ってきても夏目と一緒に風呂に入り家族の団欒に交じり、夜は俺と夏目の中間に収まり川の字で眠る。


 毎日毎時ずつと豊崎さんに話しかけられる生活。


 最初に根を上げたのは夏目だった。


「行くのじゃ……」


 豊川さんがいなくなるなら。


 俺も豊川さんストレスが限界まで来ていたので夏目の自己犠牲の提案に口をはさめなかった。俺もそれだけ豊川さんストレスに心が弱っていたのだろう。





 夏目はこの翌週に出るファッション雑誌で、表紙を飾ることになる。



 豊川さんと共に。



 超新星、ダンジョン最前線探索者アイドル・ディグリーズのナツとトヨとして、ブリブリのフリフリゴスロリ衣装を着た夏目が不機嫌ですって頬を膨らませた写真は日本国民の心臓を射抜き、一夜にしてトップアイドルとして日本全土に認知されるのだった。

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