第71話銀太郎さん、あんた男だよ
ハワイよ私は帰ってきた!
船でマグロを釣った午後にハワイを出て夕方にアメリカ本土到着、砂漠を走行中の車の中で一泊。
二日目は夕方までホテルで寝て夜から飯食ってダンジョンアタック、深夜クリーチ航空基地から四時間かけてハワイのパールハーバー米軍基地までフライトの途中寝て、早朝朝焼けと共にハワイに到着した。
弾丸ツアーを超える弾丸ツアーだったわけだが、まだハワイに滞在する時間は十二分にある。
なんだったら延長したっていいんだ。なにせ俺たちゃダンジョン探索者、その日暮らしの根無し草なのだ。
とりあえず帰りの高速輸送機もアロハ一つで乗り込む蛮勇をした瓜実氏はBPM230くらいの速さで震えているがまあ自己責任なので放っておく。
なぜかハワイまで一緒に来た人間遣いが運転してくれて金デビが抑えているペントハウスがあるホテルまで送ってくれる。
ホテルの最上階までのエレベーターが開き、ペントハウスに入るとニックと母親が二人で料理をしていた。
「あら、タカシちゃんおかえりなさい」
うん、ただいま。
母親がキッチンからお盆に乗せて豚汁を二つ出してくれる。
おいしい。あったかいし。
寒い熱いがバグっている瓜実氏がガツガツ湯気立つ豚汁を三日ぶりの飯くらいガッツいている。
二人だけ? ほかは寝てる?
ペントハウスの中にはなんとなく人の気配がしない。
炊き立てのご飯と香の物を出しながら母親は困った顔をする。
「みんな、今ちょっとね~」
母親が言葉を濁すと、スパムエッグを焼いているニックが、
「今みんな牢屋! 捕まってるよ! 銀太郎は入院!」
と、教えてくれた。
なに? ハワイの地回りでもバラしちゃった? 俺がそうきくとニックが難しそうな顔になる。
え? マジでバラしちゃった?
◇◇◇◇
ニックの話によると、昨日の出来事らしい。
夏目と母親は二人でワイキキビーチにある有名ホテルのモアナサーフライダーウェスティンにある有名なアフタヌーンティーをしに行った。
夏目と言えばお茶である。姫からの影響で英国式お茶文化にハマりまくっているので十時と三時のお茶は欠かさず、ダンジョン内でも必ず甘い物を携帯しているくらい気に入っている。
有名なアフタヌーンティーを出す場所があると知れば、行きたくなる。
母親も夏目に誘われホテルのビーチが見えるテラスで二人優雅に三段重ねの軽食やお菓子を楽しんでいたらしい。
このテラス、ホテルの一階部分にある。
つまりビーチからホテルに帰って来る客から、テラスは良く見えるのだ。
夏目とお茶を楽しむ母親。
そこに、観光で来ていたのだろう、外国人の男六人が声をかけてきた。
年のころは四十台から上だそうだ、がっちりした鍛え上げられた体系から軍人や警察官、それか探索者だと母親は思い、問題にならないよう、つたない英語であしらった。
娘と静かに過ごしたいので。
そう言っているのに男たちはナンパを続ける。
夏目は頭の上を飛び交う英語に最初はなにが行われているか分からなかった、しかし男の一人がテラスの中に侵入したところでスイッチが入る。
今までケーキを食べていたフォークを男の喉仏に突き付け、
「いね」
と、言った。
そこで男たちが引けばよかった。
なんだったら、夏目にボコられていればよかった。
ここで、このストーリー最大の問題がやって来る。
「なに? 夏目、どうしたの?」
野生と暴力と傲慢と不遜を百九十センチを超える肉体にねじ込んだタイマン最強のメスライオン、希来里さんが真っ赤なヒョウ柄のビキニに身を包み現れたのだ。
メギツネとイキリリスと荷物持ちの銀太郎さんを率いて。
ワイキキビーチでナンパ待ちでもしていたのだろう。
絶対に誰も引っかからない罠をはっていたところに、その野生動物も裸足で逃げだす暴力感知能力に夏目の殺気が触れ現れたのだろう。
夏目が悪いわけじゃない、だが夏目はこのメスライオンに絶対きかせてはいけない言葉を吐いてしまった。
「お母様がナンパされてウザいのじゃ」
メスライオンは荒れた。
まず、ナンパ野郎たちを一瞬で半年は病院のベッドから起きられないくらいに撫でて、
「なんで! 人妻で! 四十台がナンパされてあたしがされないんだよ!!!!」
と、叫びながら撫でた男たちの仲間がわらわら集まってくる中に突っ込み地獄を見せたらしい。
最終的に州警察じゃ止められず州兵が出動、希来里さんを押さえようとしていた銀太郎さん、キツネ耳の豊川さん、栗鼠崎さんと夏目が全員逮捕されて連れていかれたらしい。
最後はマッコウクジラを一瞬で眠らせられる麻酔弾を二十六発撃ち込んで少し鈍ったメスライオンを銀太郎さんが決死の覚悟で抑え込んだらしい。
全身四十か所以上の骨折と三つの内臓を破裂させながら。
銀太郎さん、あんた男だよ。
◇◇◇◇
「派手にやったなー」
瓜実氏が朝ご飯をモリモリ食べながら自分の子どもが一人入院、一人は逮捕されているのに他人事のように話す。
あんたの娘でしょうが、ちょっとは責任感じなさいよ。
「私がきっかけを作ってしまい、申し訳ありませんでした」
瓜実氏に深く頭を下げる母親。
「気にせんでください、暴れるのはあれの趣味みたいのもんですから」
いやな趣味だわ。
ニックがもくもくとスパムおむすびを作っている。
どでかいタッパー三つ分、炊き出しでも行くのかな?
「差し入れ行くよ!」
ニックがタッパーをカバンに入れ、母親が鍋いっぱい作った豚汁を大きな魔法瓶数本に移していく。
俺たちは全員でレンタカーに乗り、みんなが捕まっているホノルル警察署に向かう。
運転は一花さん、助手席には仁香さん。
ホノルル警察署前に車を止め、一花さんがおむすびを持ち、仁香さんが母親から捕まっている人数分の魔法瓶を受け取り持つ。
俺、瓜実氏、母親、ニック、一花さんと仁香さんが警察署のロビーに入るとなぜか人間遣いがいた。
「面会の準備ができてます」
そう俺に言う人間遣い。
いやいやいや、あんた警察の人じゃないでしょ?って思うが、ささ、ささこちらへと案内してくれるのでするする警察署内部を進み留置所までくる。
うん牢屋。
ザッツ牢屋。
牢屋の一室に牢名主のようにベッドの上胡坐をかいたビキニ姿の希来里さん。その周りを囲むビキニのキツネ耳の豊川さんと栗鼠崎さんと緑色のワンピースを着た夏目。
ギラリと俺を睨みつける希来里さん。
「あんた、笑ったら殺すわよ」
ひっ、ひゃい、笑いましぇん。
ものすごい殺気に恐怖で膝どころか腰までがくがく笑った。
洩らさなかっただけ褒めて欲しいくらいだ。
「なっちゃん!」
「お母様じゃ!」
夏目と母親が鉄格子越しに手を取り合う。
「ごめんね、こんなことになっちゃって……」
「いいのじゃ! 無事でよかったのじゃ!」
夏目の頭を撫でる母親、夏目はハイビスカス柄の緑色のベアトップワンピースを着ている。きっと大好きなアフタヌーンティーだからおめかしをして出かけたんだろう。
俺は夏目に近づき、頭に手を置く。
「大変な時にいれなくて、ごめん」
「いいのじゃ、ワシこそお母様を危険な目にあわせちゃったのじゃ……」
ドンドン声が小さくなる夏目、責任を感じているのだろう。
母親も夏目も無事でよかった。
鉄格子越しに夏目の猫ッ毛に鼻先を埋める。
「ここを出たら、アフタヌーンティーにまた行こう。案内して」
俺がそう言うと、夏目は鉄格子から腕を伸ばし俺の腰を抱きしめる。
ゴンッ!
希来里さんが牢屋のコンクリートの壁を殴り壁一面に亀裂が走っている。
「あんたら、牢屋でいちゃついてんじゃないわよ」
ひゃい。
母親と俺はみんなにスパムおむすびと豚汁を差し入れする。
ニックが作ってくれたスパムおむすびはけっこう大きいのだが、希来里さんは片手で二個一気に掴み、一口で食べる。
俺に影のようについてきている人間遣いがその野生が爆発する食事風景を見て、
「ひっ」
と、小さく悲鳴を上げる。
いつの間にかいなくなっていた瓜実氏が警官と共にやって来る。
「飯食ったら帰るぞー」
なにかの取引があったのだろう、一緒にやってきた警官が牢屋のカギを開ける。
炊き出しかってくらいあったスパムおにぎりを食べきり、豚汁が入った魔法瓶をスポドリでも飲むみたいにサラサラ飲みながら希来里さんが牢屋から出てくる。
希来里さんが纏った邪気が牢屋から廊下に溢れ出しなにか、魔人の封印を誤って解いてしまったモブのような心境になるが、俺の力じゃこの生物は止められないので世界が滅ぼされようがしょうがないのだ。
「パパ、遅いわ」
まず牢屋を出て一言目が人を責める言葉なところが希来里さんらしい。
「こちとら溢れダンジョン処理してきたんだぜ、無理言うなや」
ヘラッと笑う瓜実氏。
俺のことを睨む希来里さん。
「タカシ! 仕事が遅い!」
無茶言わんでよ、これでも超特急だよ。
瓜実氏からアロハを剥ぎ取り上半身裸にした希来里さんは戦利品であるアロハを肩に羽織り、先頭を歩き威風堂々警察署を出口に向かい練り歩く。
それに付き従うように進んでいると、人間遣いが瓜実氏にこしょこしょ話をしている。
「まあ、そりゃそうだわな」
「お願いできますか?」
「あいよ、でも俺は残るぜ、息子が入院してるからな」
「はい、とりあえず、あの方たちさえいなくなれば……」
人間遣いが俺と希来里さんを順番に指さす。
「だな」
瓜実氏が頷く。
警察署を出ると瓜実氏が俺と希来里さんの肩に手を置く。
「とりあえず、希来里とタカシはすぐに帰れ」
えー! 希来里さんはそりゃ責任取って帰るべきですけど俺関係なくないですか!?
「なに全部あたしのせいにしてるのよ!!」
いや全部あんたのせいだろうが!!
「嬢ちゃんはどうする?」
瓜実氏が夏目にきく。
「……帰るのじゃ、タカシがいないとつまらないのじゃ」
と夏目が悲しそうに言う。
いや、別に残ってもいいよ夏目、ニックの実家だってあんなに楽しみにしてたじゃん、母親だって残ったていい。別に二人は全然責任ないんだから。
いや俺にも全然責任はないと思うんだけど。
「なっちゃん、お正月にパパも連れてみんなで来ましょう」
母親がそう言って夏目の頭を撫でる。
「ウム! 今回は下見なのじゃ!」
夏目は顔を上げ、母親に抱き着く。
「いいじゃない、お正月のハワイ」
希来里さんが不穏なことをつぶやく。
「銀太に言っといて、お正月はハワイよ。パパも予定空けときなさいよ」
来る気満々じゃん!!
家族で旅行させてくれよ。
まあいいか、父親もなぜかこの山賊たちを気に入っているし、母親も笑みをこぼしているし、夏目が笑顔になったから。
それじゃ帰りますか。
横浜に。
俺はかわいい緑のワンピースを着た夏目を抱き上げる。
「そのワンピに合ってるよ」
「嬉しいのじゃ! 本当は一番に見せたかったのじゃ!!」
夏目は猫のように目を細め笑った。
「大好きだよ」
俺がそう言って抱き上げた夏目の胸に顔を埋めると、
「ワシもじゃ」
と、夏目が俺の頭を抱きしめてくれた。
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