第70話ゴチゴチの悪口


 そろそろいいかな?



 伽藍堂の骸骨たちと戯れていたら地下一階層から地下二階層に下りる階段を埋め尽くしていた敵の死骸が四割がたダンジョンに吸収されていた。


 まあ、死体を踏みながら進めば通れそうだ。


「そろそろ行きましょうか」


 いつの間にか仲良くなっていそうな瓜実氏と人間遣いに声をかける。


「あいよ」


 瓜実氏が腰を上げ、人間遣いも無言で椅子を立つ。


 なに? なにその人を化け物みたいな感じで見る目、態度、凄く傷つくんですけど。


 人間遣いがなんか目を合わせずチラッチラッと見ては目を逸らす感じ、さっきまでそんなんだったけ? まあいいや、このダンジョン出たらもう一生会わない人だろどうせ。


 ハナが俺の足に敵の血がつかないように抱き上げてくれる。


 ジロとシロジロを先頭に死体で埋まった階段を下りる。


 俺たちの後ろをついてくる瓜実氏と人間遣い。


 いやー、ギチギチに詰まってたんだな、デスバレーダンジョン特有の敵である恐竜の死体が階段の最初から最後までぎっちりだ。


 地下二階層に下りるとツンとアロハがゴリゴリ恐竜を殺していく。


 地下二階層は溢れにふさわしく恐竜たちがモッシュするように湧きまくっていた。さすがアメリカ合衆国唯一のメジャーダンジョンだ、富士氷穴ダンジョンの時より敵も大きいし多い。


 でもそれだけだ。


 アオジロに乗ったアロハとツンの前では別に何も変わらない。普通のダンジョンアタックみたいなもんだ。


 姫やサキュ、センの出した青白く光る骸骨たち飛べる組は次々生まれる魔石を拾い集めるのに大わらわ、敵を殺す組より忙しそうに見える。


 俺はもうすでにダンジョンすら歩いていない。ハナに抱っこされてチューインガムを噛んでいる。


 見てる見てる、ハナがチラチラ俺がガムを噛む俺の口元に視線を向けてくる。期待させちゃったかー、しょうがないここは期待に応えよう。


 ぷくーっと大きくチューインガムを膨らませるとハナが大喜びでぎりゅんぐりゅん蛇の下半身をうねらせる。


 こらこら、そんなに動くとハナの黒髪にガムくっついちゃう。


 俺の風船を見たいのだろう、アオジロがこっちを向いちゃって上にのっているアロハが動きにくそうだ。


 魔石拾う組も手を止めて俺の口元で見事に膨らむチューインガムに夢中だ。


 こりゃ仕事にならないのでガムを噛み口の中に戻す。


 うん、がっかりした雰囲気が骸骨たちから伝わるが、今は仕事仕事、さっさと済ませて後でいくらでも見せてあげるからね。


 骸骨たちは渋々殺戮に戻る。


 そんな中、チューインガムが諦めきれないのは俺を抱いているハナだ。


 俺を抱いたまま上から覆いかぶさるように俺の口元を覗き込む、骸骨の指で俺のほっぺをつついたり唇を触ったりしている。


 ハナ、あとでね。


 そう言うと一瞬顔を上げて少し進むのだが、すぐ俺の口元に視線が行き、進みを止め上から覆いかぶさるように俺の口元を覗き込みだす。


 ハナ、今敵がいるでしょ? これがいなくなったら、たっぷり見せてあげるから、今は我慢して先に進んでね。


 俺がそう言うと、ハナは落ちていて、まだ拾われていないソフトボール大の魔石を拾い上げ、体をよじり、オーバーハンドで魔石を恐竜犇めくダンジョンの通路に向かい投げつける。

 ハナの強力な腕力で投擲された魔石は一瞬で音速を超え、ソニックムーブを巻き起こしながら目に見える全ての敵をダンジョンの壁のシミに変える。


 骸骨たちは素知らぬ顔でソニックムーブを受け流している。


 ウメが一歩前に出る。


 コンパウンドボウをかまえると光が矢の形になる。





 ビン。






 浄なる弦音が響き、光の矢が壇上の虚空に消えていく。


 かまえていた弓を下ろすウメ。


 頭の中にファンファーレが響く。


『15/16』


 頭の中に文字が浮かぶ。


 レベルアップした。


 つまりはウメが星持ち六人をもってしても倒せなかった怪物と呼ばれる敵を倒したのだろう。


 ちょっとどんな奴か見たかったけど、この軽い興味で松山ダンジョンまで行き痛い目を見たのでグッと我慢だ。あとは間引いて終わりだ。


「みんな、あとは適当に間引いて終わりだ、さっさと済ませて帰ろう」


 俺がそう言うと、一花さんと仁香さんと鈴村さん、ツンとアオジロに乗ったアロハ、ジロとシロジロが一斉に走り出しダンジョンに消えていく。


 センが出した青白く光る骸骨たちがわらわら皆を追いかけるように飛んでいく。魔石の回収もばっちりだろう。


 俺の元に残ったのは姫とサキュとセンとウメ、それに俺を抱きしめているハナだ。


 俺はハナから下り、


「伽藍堂、入り口を開け」


 と、口にすると、目の前の空間が陽炎のように揺らぎ、一体の骸骨が出てくる。


 身長は二百センチほど、だが腰が大きく曲がり両手それぞれに杖を突いていているから、シャキッと立てば三百センチはありそうだ。


 体をボロボロなローブで隠し、頭部が異常にデカい。


 頭蓋骨がデカいと言うより、顔の上、脳が収まる部分だけが普通の数十倍デカく、その重さを支えるために背中から六本の腕が出て支えている。


 うん、頭が良さそう。


「オタマ、これからよろしくね」


 頭がデカすぎてボールみたいだからオタマ。


 玉がのろのろ俺に近づき、右手の杖を地面に突き刺し、空いた右手で俺の頭を撫でる。


 大きく張り出たでこを近づけ、俺のでこにこつんと当てる。


 俺とタマはオデコをすりすりして親愛を交換する。


『16/16』


 頭の中の文字が消える。


 これで俺もレベル十一、上澄みじゃね?


 うれしくなりチューインガムの風船をオタマの前でぷくーっと膨らませる。


 オタマが驚き、腰を抜かしたようにへたりこむ。


 なんというか、オタマ、今までで一番おばあちゃんぽい。杖ついてるし。


 ウメに手を貸してもらい立ちあがったオタマが興味深そうに俺の顔の前で膨らむチューインガムをまじまじ見る。


 そのしぐさも初めて携帯電話を見たおばあちゃん感がありほほえましい。


「それじゃ帰りましょうか」


 俺は瓜実氏と人間遣いに声をかける。


「おう? もう終わったか?」


 はい、あとは間引きだけです、それもすぐ終わりますよ。


「じゃ、帰るか!」


 瓜実氏が金歯を見せ笑みを浮かべる。


「あの、怪物は、もう死んだんですか?」


 なんか急に他人行儀になった人形遣いがきいてきたので、


「そっすね」


 と、こっちも他人行儀にこたえる。


 そう言えばこの人さっき会ったばっかりのゴリゴリ他人だった。だからこれが正解な気がしてきた。


 出口に向かい歩き出す。


 みんな少し移動しても俺を見つけてくれるだろう。俺が歩くスピードに合わせ骸骨たちも移動を始める。センに手を引かれる俺と同じ速度で進むオタマ、コンパスは大きく違うんだが、それでも老人感丸出しのオタマと進む速度同じなことショックを受ける。


 地下二階層から地下一階層に上がる階段は死骸が消えていたので自分の足で上がる。地下一階層ではまた恐竜がわらわら集まってくる。


「オタマ、力を見せて」


 俺がそう言うと、オタマがトンと右手に掴んでいる杖の先で地面を軽く叩く。



 ばじゃ。



 目に見えている恐竜が一斉に破裂する。


 うわー、オタマ省エネ。


 後ろを振り向くと瓜実氏と人間遣いは破裂してないから破裂する相手は選べるのか、いいじゃん。


 チラチラ伽藍堂の目でこっちを見て、どうだった?的な視線をぶつけてくるオタマに向けてオデコを出すとオタマも嬉しそうにオデコを出しすりすりする。


 俺たちが出口に向け歩いていると、一人また一人と骸骨たちが間引きを終え帰って来る。最後にツンがバスケットボール大の魔石を小脇に抱え帰ってきた。それ、ウメがワンショットキルしたやつ? 俺がそうきくとこくんと頷くツン。


 ダンジョン出口から出る。


 外にはものすごい数の探索者がぎっちり囲んでいる。まるで外タレ扱いだな。その探索者を掻き分けるように軍服を着た二十人ほどの男たちが前に出てくる。


「お前らは国際探索者協定に違反している!!」


 あー、最初についたときクリーチ航空基地で韓国の星持ちさん二人を自信満々でけしかけて返り討ちにあって人間顔がこんなに青くなるのってくらい青くなってた軍人さんじゃないですかちーす。


 俺の嫌味も気にせずにやりと笑みを浮かべる軍人さん。


「もう大統領令は出んぞ!! 大統領は我ら軍部と考えを同じくすると、言質が取れたのでな!!」


 大統領令? あー『嘆きの野薔薇』使うかどうかってやつね、何周周回遅れな話ししてんだよこいつ、もう終わったよ、全部。


 それよりさっさとハワイ行きの飛行機用意して、今すぐ帰るから。


「舐めるな黄色い猿ふぜいが!!」



 軍人さんが腰にフォルスターから拳銃を抜く。



 銃口の向かう先は俺の心臓。



 ダン。



 銃声が鳴り、



 軍人が眉間から血を剥き出し倒れこむ。


 

 銃声がした方向に目線を向けると、人間遣いが両手で拳銃を握りこみ、銃口を軍人の眉間があった場所に向けていた。


 鬼気迫る表情で。

「無能の王よ、我が合衆国は王との敵対を望みません。この弾丸をもってその証となれば幸いです」


 人間遣いが肩で息をしながらそう口にする。


「無能の王よ、合衆国は絶対に敵対いたしません。絶対に」


 自分に言いきかすように、何べんも同じ言葉を繰り返す人間遣い。


 敵対しないのなら結構なことですわ。


 それよりもう帰りたいので、飛行機の手配お願いします。


 瓜実氏が俺の肩を叩く。


「これで帰れるな!」



 うん、もうアメリカこりごり、二度と来たくないわ。



 それより瓜実氏、無能の王ってなに?

 


 ゴチゴチに悪口じゃない?



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