第69話無能の王

 

 夜が気持ちいいと感じる。



 ファーニスクリークの町、デスリバーダンジョンに続くメインストリートを骸骨たちと練り歩く。


 町のネオン、頭の上に大きく見える半月の月明かり、黒の合皮のハーフパンツのポケットに両手を突っ込み猫背気味に歩く俺。


 俺を囲むように歩調を合わせ進む骸骨たち。


 骸骨たちはそれぞれが個別で、ツンはツンで、ウメはウメで、今までそう思っていたが今は違う。


 俺を中心にした一つの生き物のように感じる。


 それくらい強い繋がりを感じるし、俺が外部に溶けだすような、自分が俺の体と言う枠を超えてしみ出したような感覚。





 そう、俺の形が定まらないような感覚。






 浮遊感。





「おい! その顔止めろ!! その顔を夏目の嬢ちゃんに見せられるか!? 見せられる顔だけしろ!!」


 瓜実氏の声にハッとし顔を上げる。


 一気に町の喧騒が鼓膜に、冷たい空気が肌にぶつかり俺は形を取り戻す。


 歩みが止まる。


 骸骨たちも一斉に歩みを止める。


 俺の肩に手を置いている瓜実氏がこんな近くに近づいていたことを今初めて知る。


「ちょっとリラックスしようや。お前さんはこう、すぐ視野がギューとなりやがる。何のためにダンジョン行くんだ? 早く帰るためだろ? 早く帰って夏目の嬢ちゃんに会うためだろ? 目的を忘れるなよ? とりあえずガムでも噛めや」


 瓜実氏が真ん丸なデカいチューインガムを二つ口に突っ込んでくれる。


 くちゃくちゃ噛むとりあえずマズすぎこのガム。


 俺チューインガムふくらますの得意なんだよね。


 俺がプーと自分の頭と同じくらいのふくらみを作ると、姫が驚きでいつも持っている真っ赤な孔雀の羽根でできた扇子をポトリと落とすほど驚き口を開いたままになる。


 ハナは高速で寄ってきて顔を傾けながら好奇心いっぱいに俺が膨らませたチューインガムをあらゆる角度から眺める。


 センは何が嬉しいのか大きく手を叩き、センの周りに浮かぶ青白い骸骨たちがスタンディングオベーションのように一斉に拍手をくれる。


 横で俺の頭の二倍ほどチューインガムを膨らませる瓜実氏。


 何その顔?


 いや別に悔しくないですけど。


 そもそも別に競ってないですけど。


 なにニヤニヤ目線だけこっちに向けてるんですか?


 チューインガムでっかく膨らませられたって一ミリも生産性ありませんし、あーやだなー、大人が躍起になって誰かと競う姿とか醜いなー、大人には余裕とか持ってほしっすよね、あーがっかりしたなー、瓜実氏がそんな大人でがっかりしたなー。


 俺は膨らませたチューインガムの中にもう一つ風船を作る。


 二重風船だ。


 骸骨たち大歓喜。


 アオジロなんて後ろ足で立ちあがっちゃってる。




 どや!!




 ちらっと瓜実氏を見ると、にやにや笑みを浮かべている。


 瓜実氏の唇がムニムニいやらしく動く。


 俺の頭の二倍はあるチューインガムの風船の中に、同時に二つの風船が生まれふくらんでいく。


 え? 人間の口ってそんなことできんの?


 最初の風船の中が新しく生まれた風船二個でパンパンになるまで膨らませ、むしゃむしゃ風船を潰し口の中に戻す瓜実氏。


「それじゃ、いこうや!」


 ニコニコ俺の肩を叩く瓜実氏。


 きー! くやしー!


 なに大人の余裕見せてんだよ!! もっと熱くなれよ男だろうが!!


 俺はチューインガムを潰し口の中に戻す。


 もういいや、しらけた。


 さっきまでの一体感も、さっきまでの浮遊感もないが、ツンもウメもそこにいるし、今までと何も変わらない。


 別に普通の夜だ、気持ちよくもなんとない。


 さっさと仕事を済ませて常夏の島に帰ろう。


 夏目も待ってるしね。


 俺は歩みを再開する。


 ダンジョンウォーカーだ歩く以外能がない。


 骸骨たちの行進、周りには多くのアメリカの探索者たちが怖いもの見たさかな? 多くの探索者たちが集まり遠巻きに見ているがどうせこいつらと二度会うこともないだろう、気にしない。


 メインストリートの端、大きな白い観音開きの門が見える。


 へー、デスバレーダンジョンじゃ、入り口が外に露出してるんだ。


 まあめんどくさくなくていいよね。


 ジロとシロジロが門をくぐり、それに続きアオジロに乗ったアロハとハナが門をくぐる。


 姫とサキュがふわふわ浮かびながら門をくぐると俺が一花さん仁香さん鈴村さんに囲まれながらセンに手を引かれ門をくぐる。


 その後ろから瓜実氏と人間遣い、その後ろから青白く光を放つ何十体もの骸骨がふよふよ浮かびながら門をくぐる。


 最後はツンとウメ。


 俺たちはダンジョンに入っても歩みを止めない。


「敵は見つけ次第殺して、殺しながら下に下に進もう」


 俺がそう言うとツンがスピードを上げ、俺を追い抜きアロハとハナと並び、三体が草刈り機の刃のように目の前い現れる敵の命を刈り取っていく。


 敵の感じはゴブリンに黒い狼、オークがいてどこも変わらないんだなって思う。


 敵が落とした魔石を姫が拾って俺の元に持ってくる。


 うん、普通に魔石、前に富士氷穴ダンジョンではクズ魔石だったから姫に拾わなくていいと言ったが、今回は普通に魔石だ。捨てるにはもったいない気がしてきた。

 

 うーん、どうしよう?


 足を止め、姫と二人魔石の処理をどうしようか悩んでいると、


「一か所にまとめておいてくれたら、あとからウチの人間が回収するわよ」


 と、人間遣いが言ってくれたので、姫とサキュとセンが出した青白く光る骸骨たちの空飛ぶ組がするすると魔石を拾いダンジョンの中所々に魔石の小山を作りながら進む。


 うん、確かに敵は多い気がする。


 それに今はダンジョン一階部分、普通なら敵は出ない場所だ。横浜ダンジョンなら魔石堀りたちの縄張りだし、松山ダンジョンでは都市になってる場所。


 ここまで敵が上がってきてることは溢れの前兆なんだろう。


「瓜実さん地下二階層くらいまで掃除すればいいですかね?」


「だな、それ以上は俺らの仕事じゃないぜ、だが、普通の湧きだな? 星持ち六人もいて対処できないほどか?」


 俺もそう思う。


 富士氷穴ダンジョンのほうが全然敵の数も多かったし。


「地下三階層と地下二階層を繋ぐ階段に化け物が出たのよ」


 人間遣いがなぜ星持ち六人で溢れを防げなかったのかを教えてくれる。


 ほへー。それあれだな、富士氷穴ダンジョンで出てきた燃える大女みたいな奴かな? ウメが弓でワンショットキルしたやつ。


 まあいいや、見たらわかるだろ。


 俺たちは地下一階層に下りる、そこは一階部分とは違いデスリバーダンジョン特有の敵が犇めいている。


 恐竜。


 ラプトルが集団で走ってきてツンとハナとアロハとアオジロにミンチにされる。


 たまに体のデカいトリケラトプスが突進してきてミンチにされる。


 パキケファロサウルルスが頭突きの姿勢で特攻してくるがミンチにされる。


 恐竜の血飛沫で真っ赤に霧が生まれるほどだ。


 とりあえずその六人の星持ちを撤退させた怪物のところまで行ってみよう。


「ジロ、シロジロ、とりあえず下に下りる階段探して」


 俺がそう言うと、先行するジロとシロジロが大きくジャンプし了解のサインを出す。


 それじゃみんな、ジロとシロジロの案内で行こう。


 俺は二頭の骨犬の尻尾を目印に歩み続ける。


 くちゃくちゃガムを噛む。


 このガムはまずいが、ダンジョンアタックの時ガムを噛むのは良い。気がまぎれる。なにせ俺はダンジョンウォーカー、歩くだけだから暇なのだ。


 さっき瓜実氏がやって見せた風船の中に二つの風船を出す練習をするが全くできない。どうやってんだあれ?


 でも教えてもらうと負けな気がするから絶対にきくことはしない。


 俺のチューインガムチャレンジになんの成果も出ない中地下一階層と二階層を別ける階段にたどり着き、階段はギチギチに恐竜が詰まっていて恐竜たちも前に進めないし、俺たちも進むことができなくなっている。


「鈴村さん」


 俺がゴールドジムのタンクトップと黄色と白のピンストライプ柄のイージーパンツをはいている鈴村さんを呼ぶ。


「やっちゃって」


 サムズアップする鈴村さん。


 十本の指先を全て階段に詰まっている恐竜に向ける。


 全ての指先から氷の弾丸が溢れ出す。


 毎分六千発の弾丸を吐き出すⅯ134ガトリングが全ての指についているような氷礫の超高速連射。


 ギチギチに詰まっていた恐竜たちの命を紙切れのように千切り飛ばしていく。


 一分ほど連射を続けた鈴村さんが射撃を止め両手を下ろす。


 うん、階段がある穴の中、恐竜の死体でいっぱい。


「一休みしようか、ダンジョンが死体を吸収するまで」



 俺がそう言うと姫が数十体の骸骨がもつれ合う彫刻が彫られた高さ五メートルを超える背もたれがついた豪奢な椅子、もう玉座としか呼べない真っ黒な椅子を魔法で出し、俺がそこに座る。


 ジロとシロジロが俺の足元に寝転がり、アロハが下りたアオジロも俺の足元で四本の足を折り頭を伏せる。


 サキュがお茶を入れてくれ、俺はチューインガムを口から出し耳の後ろにくっつけお茶をいただく。


「瓜実さん、どんくらいでダンジョンに吸収されますかね?」


「あー、一時間あれば通ることはできるんじゃねーか?」


 姫がテーブルと椅子を出してやり、サキュがそこに座る人間遣いと瓜実氏にお茶を出してやっている。


 ここに夏目がいればおやつが出てきたのだが、今日はいないから仕方がない。


 サキュが入れてくれたお茶はおいしい、なんというかすごくしっかり紅茶の味がするのに苦かったり渋かったりしない。


 でも甘いものまで求めちゃうのは貪欲な人間の性なんだろう。


 左手を伸ばすとジロが鼻先を俺の手のひらに押し付けてきて甘える。


 カワイイ。


 シロジロがズリズリ腹ばいで擦り寄り俺のスリッポンに包まれた足の甲に顎をのせる。


 カワイイ。


 ハナが四本の腕で俺の頭を撫で、冷たい骨の頬で俺の頭に頬擦りをする。


 姫が近づいてきて俺の膝に座る。


 センは俺の玉座のひじ掛けに腰掛け足をプラプラしている。


 みんなカワイイ。










「ねえ、彼、なんなの?」



「王だな、自分じゃなんもできねえ無能の王だ、癇癪持ちでビビりでワガママでお人好しであったけえ血の通う王だ。


 それ以上の物にすんじゃねえぞ?


 お前ら責任とれんだろ?


 だからほっとけ、触れるな、わかったか?



 あいつの無能は人類への福音だぞ?」

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