第67話デスバレーダンジョン
アメリカに行きたくない。
マグロを二尾も釣り上げてテンションが上がりすぎてアメリカ本土に行く約束をしてしまった。
やってしまった。
とりあえず、ハワイには一週間の滞在を予定をしている。
この間にアメリカ本土の仕事を終え、できれば二日くらいは余裕をもってハワイに帰ってきて常夏リフレッシュをし日本に帰りたい。
ハワイから横浜に帰って、それからもう一度アメリカ本土とか絶対に嫌だ。
夏目はニックの実家訪問をすこぶる楽しみにしていたし、母親をあの山賊たちの中に一人残していくわけにもいかないから今回は同行をお願いできない。
でも一人で行くとか絶対に嫌だ。
みんなが常夏の島で楽しんでいる中で一人こんなキツイ仕事、誰か道連れがいないと俺の精神が崩壊しそうだ。
希来里さん……はパスで、キツネ耳の豊川は借りを作るとなん十倍の返済を求められそうだし、栗鼠崎さんは頬袋に木の実を詰めるしか能がないからダメで、銀太郎さんは小間使いとして希来里さんが手放さないだろう。
うーん、これは一人しかいないな。
そんなわけでハワイのパールハーバー基地から高速輸送機で本土に向かう。
「俺はなんでここにいるんだ?」
俺の横で輸送機の座席にシートベルトで固定された紫色のアロハシャツを着た瓜実氏が俺にきいてくるが無視だ。
そもそも俺だってなんでアメリカ本土に行かなきゃいけないのか分からないんだから、俺にきかれても困る。
「四時間ほどでつきます」
ダークスーツの男たちが教えてくれる。
俺は目を閉じる。
上空は寒い。
米軍さんにフライトジャケットを借りててよかった。
ダークスーツたちもベンチコートを着ている。
「なあ、すげー寒いんだけど」
それは危機管理能力が欠如してた瓜実氏の自己責任なんで俺は知りません。
「なあ! すげー寒いんだけど!!」
瓜実氏の戯言を子守歌に眠りにつく。
夢なら覚めて欲しい。
目を開けたら、自宅の布団の中で、夏目の猫っ毛に鼻先をうずめたまま二度寝をしたい。
そんなことを夢に見ながら、俺は眠りについた。
夢は見なかった。
◇◇◇◇
クリーチ航空基地に着陸した輸送機から下りた俺と瓜実氏。
あたり一面砂漠だ。
岩山と荒廃した大地。
強烈な砂っぽさに顔をしかめる。
「ここがカリフォルニア州デスバレーダンジョンに一番近い基地になります」
と教えてくれて、俺からフライトジャケットを受け取る。
瓜実氏はこんなに日の光が強いのガタガタ震えている。やはり老体は暑さ寒さがバグるときくが本当のようだ。
「とりあえず、中に」
と、ダークスーツたちに勧められるまま基地の施設に入る。
応接室のようなところに通された俺と瓜実氏。
応接室にはダークスーツ三人と軍服を着た外国人一人の四人と、俺と瓜実氏がいて、ソファーに座っているのは俺と瓜実氏だけだ。
「それで、俺たちに何させたいんですか?」
軍人が口を開く。
「自分の立場が分かっているのかね?」
はあ、乞われてきた、それだけですけど?
「君は、国際探索者協定に違反している可能性がある」
もうその話いいよ、建前はいいんだよ、俺は速く常夏の島に帰りたいの、さっさと本題に入れよ。
そこに男女のペアが入ってきた。
男は青と赤のストライプ柄のプロテクターを身に着け弓を持っている。
女は同じように青と赤のストライプのプロテクターに拳が異常に大きく作られた小手を装備している。
二人とも探索者丸出しの東洋人。
二人の胸には韓国国旗と米国旗がプリントされている。
「ありゃ、同盟国から無理やりレンタルしている星持ちだな」
瓜実氏が俺の耳もとに口を近づけ教えてくれる。
二人の星持ちは俺に話しかけていた軍人の後ろに立つ。
俺に向かい、見下すような笑みを向ける軍人。
「君たちは、もしかして、自分たちのほうが、武力があると、思っているのかね?」
つまらないこと言い出したので、
「ツン」
ツンを呼ぶことにする。
ツンが飛び出し、男の星持ちに飛び膝蹴りを食らわし失神させる。
驚いて動きを止めた女の星持ちに瓜実氏が接触、体に触れる。
「トランスフォーム」
女の首から上と右肩から先がゴキンゴキン音が鳴りぐりゅんと入れ替わる。
「なによこれ!!」
女の星持ちが自分が置かれている状況を理解できずあたふたしている間に瓜実氏が腹に掌打をぶち込む。
右肩から生えた顔の口から泡拭いて白目をむく女の星持ち。
膝から崩れ落ちピクピク痙攣する。
ツンが俺を持ち上げ、胸の中に抱き、俺と瓜実氏が座っていたソファーに座る。
瓜実氏はツンの横に、付き従うように立つ。
「で?」
俺がそう言うと、軍人の顔を見る。
こんなに青くなるってほど真っ青になった軍人の顔色。
その後ろでダークスーツの男たちが天を仰いでいる。
「少将、席を外していただいても?」
ダークスーツの男の一人が軍人に声をかけ、腕を掴み部屋の外に連れ出す。
もう一人のダークスーツが星持ちの二人を一人づつ部屋から運び出す。
最後に残ったダークスーツの男が俺の前に立つ。
「お願い、きいてもらえますか?」
話の内容によりますね。
「説明します」
ダークスーツの男は、封筒に入った書類を俺と瓜実氏に手渡し、説明を始めた。
◇◇◇◇
つまりは、ダンジョンが溢れそうだって話しだ。
カリフォルニア州デスバレー自然公園の中にあるデスバレーダンジョン。
砂と岩に囲まれたこのダンジョンはアメリカ合衆国の中にある唯一の採算が取れるメジャーダンジョンで、そこが溢れ富士氷穴ダンジョンのように溢れそうになっている。
俺らはメジャーダンジョンでない富士氷穴ダンジョンですら星一つを四人集め対処した。メジャーダンジョンは敵の量が多いため、被害はメジャーダンジョン以外の数倍になるらしい。
土地柄か、アメリカ合衆国国民には星持ちがいない。
日本の二倍以上の人口を持つアメリカさん、確率的に日本の二倍は星持ちがいてもおかしくないのだが、全然いない。
探索者数は日本の倍いるらしい、そこは人口比率さんが働いているのに、星持ちはいない。
メジャーダンジョンも一つだけ。
インドネシアは国内に三つもメジャーダンジョンがあるらしく星持ちも十五人を超えるらしい、やはり土地柄としか言えない偏りがあるようだ。
星持ちがいないアメリカさんは同盟国から星持ちを借りている。
経済的援助やら、なにやらで瓜実氏が言うには六人ほどの星持ちを借りているらしい、日本からも一人星一つの人が貸し出されているらしい。
さっきの星持ちも韓国から貸し出された星持ちさんだろう。
それで、各国から貸し出された星持ちを全員集め、デスバレーダンジョンの溢れ予防対策に挑んだ結果、六人のうち二人が死亡、一人が重体、半分の戦力を失い撤退したらしい。
「そこで、『嘆きの野薔薇』の使用の話が出まして」
なるほど。
「しかし、デスバレーは合衆国唯一のメジャーダンジョン、『嘆きの野薔薇』により汚染されると、大きな問題が生じます」
確かにね、ダンジョンでしか取れない物資が、国産できなくなるからね。
「そこで、松山ダンジョンで使用された『嘆きの野薔薇』に対処された事例が出て、こちらにも対処できないかと」
なるほどなるほど、俺に『嘆きの野薔薇』の後始末をしてほしいわけね。
「できますか?」
できます、早く『嘆きの野薔薇』をぶっ放してください。
早く帰りたいので。
ダークスーツとの話がつき、これはさっと済ませられる仕事の臭いがしてきた。
爆弾ボン、ウメがピカーで終わりだ。
二秒で終わる。
すぐやりましょう。
俺を抱いているツンが立ちあがると、ダークスーツがむにゅッと困った顔になる。
「それが、軍部の反対が強く、まだ大統領のゴーサインが出てませんで……」
え?
それじゃないんで俺のこと呼んだの?
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