第65話ワイハ
瓜実氏の熱海の別荘には暖炉がある。
暖炉のリビングを借りて俺はソファーに座る。
ニックのお寿司?が食べたいと夏目が言ったので無理してきてもらった。
無理したのは俺ではなく今目の前で立っているダークスーツの外国人さん三人だ。なので無理してもらった分くらいはお話を伺うことにした。
俺はソファーに座り、ソファーの後ろに一花さんと仁香さんが後ろ手に腕を組み立つ。
ダークスーツの一人が口を開く。
「あなたが新しい星持ち、夏目さんですか?」
うん?
話が最初からアッチに行ってっぞ?
違います。
俺が違うと言うと、ダークスーツたちは驚き、焦りだ出す。
「松山ダンジョンで使用された『嘆きの野薔薇』を処理したのはあなたですか?」
まあ俺だね。
「横浜ダンジョンで鬼龍院氏を倒したのは夏目さんだとうかがいました」
そうですね。
ダークスーツたちは考え込むように顎に手を当てる。
「つまり、鬼龍院氏を倒した夏目さんと、松山ダンジョンで『嘆きの野薔薇』を処理したのは別の人間ですか?」
そ。
で?
ダークスーツたちが携帯でどこかに電話をする。
英語で色々話している。
こちとら今は中卒だが、二十年進んだ世界じゃ英文科を出ている。卒論は何百回何千回と擦られつくされたシェイクスピアだ。先輩のボツ論文「夏の世の夢から見た西洋中心主義」に少し手を加えて「夏の世の夢から見た西洋中主義とその界面」という取って付けた名前の論文でギリギリ卒業した。
つまりちょつとだけ英語が分かる。
それはそうとニックの日本語は完璧だった。
あいつ、できる。
ダークスーツは電話で、話しが違う!とか、どちらを連れて帰ればいいんだ!?とか言っていると思う。完璧には分からない、地方国大の英文科の実力はこんなもんだ。
こいつらの話しでは、俺か夏目をアメリカに連れて帰りたいらしい。
行きたくないよアメリカ。遠いし。松山だってあんなに遠かったのに。
俺はそろそろニック分くらいはお話したかなと思うので、もうお帰りいただこうかなって思っていたら、
「タカシ! ニックがハワイに連れて行ってくれるのじゃ!」
と、夏目が興奮しながら俺に抱き着いてきた。
夏目の後を追うように常夏の楽園を食い荒らしそうなメスライオン希来里さんもニコニコ顔で歩いてきて俺の座っているソファーに腰掛ける。
「タカシ、ニックの実家がハワイらしいわ」
そう希来里さんが満面の笑みで話す。
「ニックがハワイの実家に招待してくれるのじゃ!!」
うん、良いねハワイ、俺も行きたい。でもいきなり行ったらダメなんじゃない? ニックだって仕事は厚木基地内いでしてるんだろうし。
「ニックは横浜に店を出すから基地は辞めるのじゃ!!」
あー、その話まとまったの? 瓜実氏、マジで金の臭いを絶対に逃がさない嗅覚してんな。
「一回里帰りしてそれから横浜永住らしいのじゃ! だから一緒にハワイに行きたいのじゃ!!」
ハワイね~、いくらぐらいかかるんだろ?
「お金はウチが出すわよ、なんならご家族の分も」
希来里さんが頼もしいことを言ってくれる。
父親と母親にハワイ旅行のプレゼントか、悪くない。俺も行きたくなってきた。
そこでダークスーツたちが動き出す。
「旅費は、私たち合衆国中央情報局が持ちます」
え? いいよ別に、金デビに出してもらうから。
俺が断ると、焦り出すダークスーツたち。
「飛行機はファーストクラスです」
「うちだってファーストクラスで行くわよ」
希来里さんが茶々を入れる。
「ホテルはハレクラニを用意できます」
「うちはペントハウス押さえてるの、いらないわよ」
さすが金デビ、強い。
「最高のガイドをつけます」
「ウチのお豊にガイドさせるわ、あいつひっかけた男にしょっちゅうハワイ連れてってもらってるから、けっこう詳しいのよ」
豊川さんも行くのか……。
「リスも連れてくわ、あいつ使い勝手いいし」
栗鼠崎さんもか……。
山賊再結成だ、あまり一緒に行きたくない……。
「銀太! パパ! あんたらも行くから用意しときなさい!」
まだキッチンでニックとこの先の計画を話し合っていた銀太郎さんと瓜実氏にハワイ旅行参加の決定事項を大声で叫ぶ希来里さん、マジ山賊。
焦りまくるダークスーツに向かい、
「あんたらいつまでいるのよ! 早く帰んな!」
と、追い出し、
「姉さん! さすがに三人とも国外はまずいですよ!」
と、文句を言いに来た銀太郎さんの脳天をライガーに変化した腕でぶん殴り失神させる、希来里さん。
失神している銀太郎さんを見て、ぶるぶる震えるニック。
「ニック、あんた今日ここに泊まりなさい」
と、言い放った希来里さんに、
「イエスマム!!!!」
と、大声で答えるニック。
逆らえれるはずもない、俺だって逆らえない。
「ハワイか! あがってきたわ!!」
と、あがっている希来里さんを止められる生物はこの地上、少なくても熱海にはいないので俺たちはハワイに行くことが決まった。
◇◇◇◇
俺と夏目は無論、父親と母親もパスポートを持っていない。
それに父親がいま大きな現場が入っていてさすがに急なハワイには行けなかった。かなり落ち込んでいて、それなら私も行くのやめますと母親が言ったが、父親に正月に家族でハワイに行こう、その下見をしてきて欲しいと言われ、渋々ながら行くことにする。
パスポートは金デビが手を回してくれて、どう手を回したのか知らんが、速攻で発行され、家事がさほどできない父親のためにドラメイドと、さみしさを紛らわすためタロを残し俺と夏目と母親は成田に旅立つ。
飛行場で瓜実氏、希来里さん、銀太郎さん、キツネ耳の豊川さんと頬袋に木の実を詰め込むことしか能がない栗鼠崎さんと合流し、飛行機に乗る。
今回は全員ファーストクラス。
俺と母親が隣の席で、通路を挟んでむこう側が夏目だ。
夏目は窓際がいいと駄々をこねた結果、母親と席を代わってもらった結果こうなった。
「楽しみね」
母親がそう言う。
「ね」
俺はそう答える。
母親のほころぶように漏らした笑みに、来てくれて良かったと思う。
すごく迷惑をかけていると思う。
ツンとウメや一花さんと仁香さん、ドラとサキュや姫やセン。俺の骸骨たちは勝手に出てくる。夏目だって勝手に連れてきて居つかせてしまった。俺はすごくワガママな息子だが、母親は文句ひとつ言わず俺の希望をきいてくれる。
今回の旅行だって、いやだったらどうしようと思っていたから、楽しみだって言葉がきけて、心からよかったと思う。
飛行機が飛び立つ。
夏目は窓に顔をつけ地面を見てる。
飛行機が安定すると夏目はベルトを外し、CAさんに、
「ビールじゃ!」
と、声をかける。
CAさんはにっこり笑いながら夏目の前にオレンジジュースを置く。
「なんでじゃ……」
いきなりぺしょぺしょの夏目。
そこで母親がCAさんに声をかける。
「その子はウチの娘です、未成年ではないですから、お酒を出してあげて」
と、言う。
CAさんは驚いた顔になり、夏目に詫びてビールを出してくれる。
夏目がにっこり笑いごくごくビールを飲み干す。
「飛行機最高じゃ!!」
と、満面の笑みを見せてくれる。
母親もその笑顔を見て、嬉しそうに微笑み、
「私も久しぶりに頂こうかしら」
と、ビールを頼む。
夏目が一人通路を挟んでいる席がさみしくなったのだろう、俺の席に移動してくる。全然広いからいいんだけど、俺と母親の間に座り、
「お母様楽しいのじゃ?」
ときく。
「ええ、なっちゃんもいるしね」
と、夏目に笑顔を見せる。
後ろの席から、メスライオンとメギツネとイキリリスの酒盛りの喧騒がきこえてくるが無視無視。
俺と夏目と母親は三人で快適な空の旅を楽しんだ。
◇◇◇◇
ニックの実家はマウイ島にあるらしい。だがまずハワイの玄関口と言えばオワフ島だ。観光客が犇めく空港を下り、迎えのリムジンに乗り込み金デビが抑えているのペントハウスに向かう。
ワイキキビーチの面したホテルの最上階に金デビ所有のペントハウスがあり、そこで一休み、希来里さんとキツネ耳の豊川さんと栗鼠崎さんははっきり言って機内で飲み過ぎだ。三人ともベロべロだ。
瓜実氏は体中に巻いてたギプスも全部取れ、杖もついていない。
鬼と竜が踊る紫アロハシャツを着て首には七五三縄かよってくらいブッとい金のネックレスをつけ短パンにビーサンで下品に笑う。
「やっぱワイハはいいわ! 気候がなんか違うよな!」
ご満悦である。
銀太郎さんはスカイブルーの麻のジャケットを着てここでもさわやかを崩さない。
ニックは山賊三人にガバガバに飲まされダウンしている。
俺と夏目と母親は三人でショッピングに出かける。
夏目と母親はおそろいでハワイアンジュエリーのリングを買い、父親にシックな黒のアロハをお土産に買っていた。
俺は地元の人に腕の骸骨が地球を支えているタトゥーを誉められ恥ずかしい気持ちになる。
夏目がおそろいのリングが欲しいと言うので、ピンクゴールドの伝統的模様が彫られたリングをお揃いで買う。
夏目は左手の人差し指に母親とおそろいのリングをつけ、薬指に俺とおそろいのリングをつけご満悦で、何度も左手を出してはニマニマ眺める。
三人でペントハウスに戻ると山賊宴会が繰り広げられていた。
瓜実氏と銀太郎氏と回復したニックはもくもくと備え付けのキッチンで料理を作っている。
「夏目! こっち来い!」
希来里さんに呼ばれていく夏目。
母親はニックの手伝いに行き、一番手際が悪かった瓜実氏がキッチンからはじき出される。
俺と瓜実氏はキッチンの端の椅子に座り、山賊宴の乱痴気騒ぎをぼうと見ている。
瓜実氏がやおら口を開く。
「ニック、希来里と夫婦になれや」
「ノウ! ヤダよ!」
ニックは完全拒否。
小動物のように目を潤ませニックを見つめる瓜実氏。
希来里さんが立ちあがりワインボトル二本を口に突っ込み上を向き、一気に二本のワインを飲み干している。
怪物である。
「ニック……」
「ノウ!」
一キロはあるハムの塊を自慢の咬力で食いちぎる希来里さん。
怪物である。
「たのむでニック……」
「ノウ!」
静かな攻防が続くキッチンの中、母親がチーチクやキュウチクをサッと作り、皿に乗せもっていく。
山賊たちはチーズやキュウリが入ったちくわをナッツでもつかむようにワサーと握り、口に突っ込む。
希来里さんが夏目の左手のリングに気がつきサッと俺の左手を見て、親を俺に殺されたのかよって眼力で俺を睨む。
こええよ。
ニック……。
「ノウ!」
俺はそっと視線を逸らし、ちびちびサキュが入れてくれた紅茶をいただく。
瓜実氏が俺にだけきこえるように呟く。
「それでどうだった?」
いましたね。
「しつけえな」
溜息をつく瓜実氏。
そう、俺と夏目と母親がショッピングをしている時も、何なら飛行機の機内や成田空港でも、ダークスーツの外国人たちが遠目から俺と夏目を監視していたのだ。
バカンスじゃん。
ほっといてくれよアメリカ。
俺がため息をつくと、瓜実氏が、
「あいつら、誰か、希来里もらってくんねえかな?」
と、アグレッシブなことをつぶやいた。
逃げたほうがいいですよアメリカさん。
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