第62話ダンジョンマスター



 御前は機嫌が悪そうだ。



 ダンジョン地下八階層のダンジョンアタックを終え、地下三階層と地下四階層を別ける階段の地下三階層部分でビバークしている御前の元に帰ってきた。


 終わりましたよーとシロナガスクジラの出した一メートルほどの魔石を御前に渡し、失神している青鼻のクラウンもついでに渡す。


 そしてちょっとお話が的な感じでテントの中に御前を誘い、俺と夏目と御前で事の一部始終を話す。


 きっと黒の烏骨鶏のモヒカンの吉田君を殺したのは鬼龍院。


 動機は不明。


 地下八階層で鬼龍院に襲われた。


 動機はむしゃくしゃして?


 鬼龍院はなんか爆弾的な、


「嘆きのなんとか? とか言ってたのじゃ」


 そう、その嘆きのなんとかで大爆発して死にました。


 と、ここまで説明すると御前の顔は梅干しみたいにくっしゃくしゃになって目を閉じ長考に入る。


 一分三十秒ほど考え、最初に御前の口から出た言葉は、


「あなたたち、なぜ生きてるの?」


 だった。


 いやなんか、ウメが発光して守ってくれました。


「ゲーミングウメじゃな」


 そそ、そんな感じで。


 怒りの縦皺であみだくじができそうな額になった御前が、


「指先を見せて」


 と、言ってきた。


 俺と夏目はグローブを取り指先を御前に見せる。


「舌も見せて」


 と、言われたのでベーと舌を出す俺と夏目。



「嘆きの野薔薇はその爆発の後、有害物質をまき散らすの、少しでもその物質に触れると、ダンジョンの敵だろうが探索者だろうが苦しんで死んでいくわ。


 まず触れてすぐ、初期症状として指先と舌に三日月型の黒い斑点が重なる様にいくつも出るわ、これが小さな薔薇に見えるから、『嘆きの野薔薇』と呼ばれる所以ね。


 そしてこの症状が出た後一時間ほどで指先と舌から黒い有害物質をまき散らし、ゾンビのように自我を失う。


 まだそこでは死んでないわ、その後数時間、ゾンビのように徘徊し、感染者を大量発生させ、最後はミイラのように骨と皮だけになって息絶える。


 アメリカが作った最低最悪のダンジョン攻略兵器よ。


 有害物質の除去には二百年はかかるらしいわ」



 ここまで一気に喋った御前が、もう一度俺と夏目の舌と指先を確認し、安堵のため息を漏らす。


「せっかく攻略してもらったのに、地下八階層は封印ね」


 と、言った。


 そうか、汚染されてるかもだもんね。


 と俺はここで気がつく。そう言えば俺たち以外にもう一人あの場所に居合わせた人物を。


 テントを飛び出し白プロテクターの人間数人に介抱されている青鼻のクラウンに勢いのまま馬乗りになり、左手で顎を鷲掴みにし、左手で口をこじ開け舌を引っ張り出す。


 舌には黒い三日月型の斑点が重なりながら無数に存在していた。


「ウメー!」


 俺が叫ぶと俺の後ろの空間が陽炎のように歪みウメが現れる。


「今すぐ浄化!! この階層から下も! 全部浄化!! 浄化ー!!」


 俺がそう叫ぶと、ウメが太陽のように発光し出す。


 もう目を閉じていようと開けていようと関係ないくらいの光量で発光するウメ。


 刺激としてはすごい量だが、なんとなく暖かく、安らいだ気持ちになっちゃうウメの後光を浴びること数十秒、ウメはその発行を止め、あたりは普通の世界に戻る。


 俺はもう一度青鼻のクラウンの舌を引っ張り出すと、そこにはピンク色の健康そなタンがベロンしていたので次に真っ白な薄い手袋をひん剥いて指先を確認、そこも健康そうなピンク色の爪があるだけで黒い野薔薇は咲いていない。


 俺は一安心。


「各自自分の指先をチェックして! あとお互い舌を見せ合って! 少しでも異変があるやつはウメに浄化してもらって!! ハリアハリア! ムーブムーブムーブ!!」


 俺がそう叫ぶと赤も黒も白も関係なく舌を見せ合い、指先を確認する。


 誰も騒がないところを見るとしっかり浄化されているんだろう。


 ほっと溜息を一つつくと、頭の中でファンファーレが鳴り響く。

 

 それも三回。


 頭の中に『12/15』の文字が浮かぶ。


 三回レベルアップしたのか? それなら俺はレベル十ということだ。


 一回のレベルアップで一体の骸骨が増えたのだろうか? それなら数が合う。


 ウメは何を浄化したのだろう? けっこうな大者だろうレベル三つも上がってるしね。


「伽藍堂、入り口を開け」


 俺の前の空間が陽炎のように歪む。


 そこから三体の骸骨が出てくる。


 身長は百八十センチ無いくらいのボロボロのダークスーツが二人。最後に出てきた一人は二メートルを超える大男で両脇に軽機関銃を二丁持ちしている。


 俺は走り出し、三人に抱き着く。


 三人も俺を抱きしめてくれる。




 おかえりなさい一花さん仁香さん鈴村さん!




 俺は強く三人を抱きしめ、三人は優しく俺の背中を撫で、やさしく抱きしめ返してくれた。






 

◇◇◇◇







 夏目が口に咥えていたスプーンをポロンと落とす。


「一にい仁香ねえクソマッチョじゃ……」


 そう、三人が帰ってきましたよ。


 夏目は手に持っていたおやつのカップケーキを投げ出し、一花さんと仁香さんに抱き着き、大声を上げ泣き出した。


「あの時助けられなくてごめんなさいなのじゃ!! ワシは!! ワシは!!」


 夏目は後悔を懺悔を一花さんと仁香さんにぶつけ、二人を抱きしめた。


 二人はそれを許すように優しく抱きしめ返し、やさしく夏目の頭を撫でる。


 鈴村さんは自分が陰でクソマッチョと悪口を言われていたことを今知り呆然と立ち尽くしている。


 感動の再会、それに水を差すように俺の頭の中には変な文字が浮かんでいる。


 それはウメが浄化をして、俺がレベルアップした瞬間から浮かんでいたのだが、無視してればそのうち消えるかな?と思い無視ししてたら全然消えないのでそろそろ解決しなければならない。





『ダンジョンが攻略されました。新しいダンジョンマスターの権限を誰に付与しますか?』





 うぜー。


 この文面から、自分ではなれない感じか? いや全然なりたくないけど。


『ご自身に付与することもできます』


 うぜー! 話しかけてくんなや!!


 面倒だな、とりあえず御前でいいだろ、俺と夏目はここから横浜に帰るし、俺の骸骨たちに付与しても、ここに残らなきゃいけないとかになったらかわいそうだ。


 俺は目の前にいるダンジョン内に姫が出してくれた机と椅子で、梅干しみたいな怒り皺を顔面中に浮かび上がらせたままカップケーキを食べている南蛮御前を指さす。


『承認されました、個体エイダ・ピンチョンにダンジョンマスター権限を付与します』


 御前、そういやそんな名前だったわ。


 俺に指さされた午前の体がビクンと跳ね、目を見開き、そして俺を見る。


 頭の中の文字が消える。いやいや一安心だ。


 夏目~俺にもカップケーキ頂戴~、とカップケーキをもらいに行こうとする俺の肩を縮地かってスピードで近づいた御前が掴む。


「これ、なに?」


 いや、なに言ってるか分からないんで。


「いや、頭の中の文字に、討伐者ってあなたの名前が出てるの、そして付与したのもあなた、説明してもらえるわよね?」


 なにやってんだよ頭の中の文字!! こっそりやれよ!! 証拠のこっちゃってんじゃねーかよ!!


「説明して、もらえるわよね?」


 俺の肩を掴む御前の手に力が入りすぎて骨がきしむ。


 御前の暴力により俺は事の全容をゲロり、そして御前に土下座した。








◇◇◇◇








 御前いわく、ダンジョンマスターは御前らしいが、その上にダンジョンオーナーがいて、それは俺らしい。つまり御前は雇われ店長みたいな感じか。


 ダンジョンマスターの権能はまずダンジョン全体の地図が分かる。


 この松山ダンジョンは地下二十四階層もあったらしい。


 その最下層に今までのダンジョンマスターがいて、そいつを倒すとダンジョンオーナーになり、次のダンジョンマスターを指名できる。らしい。


 ウメがダンジョンを浄化して、それで今までのダンジョンマスターが浄化されちゃったらしい。


 ウメの光、凄すぎだろ。


 次のダンジョンマスターの権能、それはリポップ。好きなタイミングで、好きな場所に、好きなダンジョンの敵を配置できる。


 最後のダンジョンマスターの権能はダンジョン内をどこにでも瞬間移動できる。


 もう松山ダンジョン内じゃ最強じゃないっすか御前。


「ダンジョンごと浄化されたら私は一瞬で消滅するわ、もう私ダンジョンの一部みたいなもんだし」


 大丈夫っす! もう松山ダンジョン浄化しないんで!!


「それと、」


 御前は俺と夏目を自分のテントの中に誘う。


 俺と夏目と一花さんと仁香さんが御前のテントに入ると、御前は白い短冊を自分の背嚢から出し、握る。


 御前の握った手の端から見える短冊がスカーブルーから青、藍から炭黒、光沢が一切ない漆黒に染まり、手を開くとそこに真っ白な星が三つ並んだ漆黒の短冊があった。


「おめでとうございます三柱目様」


「おめでとうなのじゃ三柱目様」


「あなたたち、絶対に自分が星三つだと認めないつもりね」 


 なに言ってんだこの人?的に俺と夏目は首をかしげる。


 溜息をつく御前。


「星が増えて分かったわ、タカシさん、あなたのスキルは異常よ、星三つになっても、そこにいる骸骨一人にも勝てる気がしないわ」


 御前が一花さんを指さす。


 そう言えば一花さんて獲物どうします? いつも何使ってましたっけ?


 一花さんと仁香さんにこれから使う獲物をどうしようか相談していると、御前がゆっくり膝を突き、頭を下げる。


「オーナー、これからどのようにこの松山ダンジョンを運営しますか? お言葉を」


 と、言った。


「それじゃ、良い感じで」


 俺がそう言うと、御前はため息をつき、立ち上がり、腰に手を当て、


「それじゃ、今まで通りでいいわね」


 と、言った。


 うん、その辺はマスターに任せるんで。


 よし、これで松山ダンジョンでのお使いは済ませた。



 帰ろう。



 横浜に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る