第59話用意万端


 夏目の頭を洗う。


 夏目は風呂が嫌いだ。猫みたいに。


 特に朝はいる風呂が嫌いで、仕方がないからどうしても朝風呂に入らなければいけないときは一緒に入って頭を洗ってやる。


 昨日の夜夏目は酔っぱらったまま寝てしまったので朝シャワーを浴びるように言うと、


「一日くらい入らなくても変わらないのじゃ」


 と、現代人とは思えないことを言い出したので、ごねる夏目を宥め賺し、一緒に入ってくれるならという夏目の言うことをきいて一緒にシャワーを浴びた。


 昨日の夜入っている俺にとってはなんとなく二度手間な風呂だが、別段俺は風呂ギライではないので、そのくらいは安いモンだ。


 朝、ホテルのシャワーを浴びて朝食を食べに行こうかとドアを開けたら赤兎馬の武田さんが片膝ついて待っていた。


「姐さん、お迎えの上がりました」 


 武田さんはそう言うと、夏目の斜め後ろにつき、影のようについてくる。


 真田さんに紹介してもらったお粥屋さんに行き、俺は昨日夏目が食べていた貝とエビのお粥、夏目は昨日俺が食べていたモツのお粥と油条を食べる。


 そこで背中から冷や汗が噴き出る。


 そう言えば俺はまだ素寒貧だった。


 昨日の夜食の鍋焼きうどんだって青鼻のクラウンにおごってもらったのに、一晩寝たら財布の中身が素寒貧なことを忘れてしまっていた。



 どうしよう。



 そうだ、御前が、私に付けといてくれればいいと言っていた。ここは御前の威光に頼るしかない。


 店員さんに声をかける。


「すいません、ここの払い、御前に付けといてくれますか?」


「は? お前頭ウジわいてんのか?」


 厳しい店員さんの返答に、そりゃそうだよなと思い、ウィルコムを出し御前に電話

する。




 …………出やしねえ。




 仕方ない、ここは素直に事情を話し、皿洗いでもして許してもらうほかない。


 俺が耐えがたきを耐え忍び難きを忍ぶ決意を決めたところで、武田さんがサッと財

布を出し会計をしてくれたので俺の中で赤兎馬の株が急上昇する。


赤兎馬の武田さんが、


「防具がそろったらしいので、見て欲しいとのことです」


 と、夏目に告げ、俺と夏目は一度拉致られた赤兎馬のビルに足を運ぶ。




 

 赤兎馬のビルの中、会議室のようなところに通された俺と夏目は、床に貼られたシートの上に並ぶ懐かしの防具たちと対面する。

 

ファストファッション界の雄「ウミクロ」で買った全身タイツのような安物の防護服の上下、ぶかぶかのフーディーとスポーツギアのハーフパンツ、肋骨と背骨のペイントが施された胴巻き、防護服と同じ素材で作られたグローブとソックス、バラクラバ。


 ドイツ軍型のヘルメット。


 タクティカルベルト。


 色が少し違うが俺と夏目はおそろいだ。


 違うのは俺は黒いテニスシューズで、夏目は真っ赤なバッシュだと言うとこぐらいだ。  


 俺は一端全てを身に着け、変わりないことを確認し、


「大丈夫です、運んでもらいありがとうございました」


 と、声をかける。


 夏目も確認したいようなので、赤兎馬の人たちには席を外してもらい、全部の装備を身に着ける。


「うむ、しっくりじゃ」


 夏目のほうも問題ないらしい。


「御前に言われ、武器が届かなかったとき用の予備の用意もできています」


 と、ドアの外から武田さんの声がきこえ、ついでなので見せてもらうことにする。


 会議室に持ち込まれる武器たち。


 夏目はいくつかの槍を手に取るが、やはり長すぎるようで、どれも気に入らない。最後に端に置いてるステンレス製のスコップを手に取り、


「これでいいのじゃ」


 と、言った。


 俺はもともと武器を必要としない。なにせダンジョンウォーカーだから。


 それでも一応脇差を手に取り鞘から抜く。


 ダンジョン鉱石でできた金属は通常黒く光るものだが、この脇差は刃が青白い。

「それはこの松山ダンジョンだけで取れる松山鋼の脇差です。通常の黒鋼より硬質で切れ味は高いですよ」


 と赤兎馬の武田さんが教えてくれたので、俺と夏目はおそろいでこの松山鋼の脇差を腰に差す。


 それと四十五口径コルトガバメントを二丁俺と夏目ようにいただき、そんなとこかと思っていたら、巨大なエストックに目が止まる。


 白い松山鋼で作られた刀身は真っ直ぐ細く、二メートル以上あり、美しく煌めいている。


「アロハ」


 俺が声をかけると身長三百センチを超える俺の姫騎士アロハが伽藍堂から出てくる。


「どうかな?」


 俺がエストックを見つめながらそう言うと、アロハがエストックを手に取り、じっと伽藍堂の目で見つめ、俺に視線を移し、コクリと頷いた。


 それじゃそれはアロハが使って。


 アロハが嬉しそうに腰にエストックを刺し、俺の頭を一撫でして伽藍堂に帰っていく。


 こんなところだ。


 本当に使う武器は夏目のスコップ一つだけ、それもそこらのホームセンターで売っ

ていてもおかしくないものだ。


 なんて安上がりなんだろう俺たち。

 

 


 それより、準備はそろった。

 


 ダンジョンアタック開始だ。



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